第27話
片倉は携帯電話をしまうと、何かを思い出したかのような所作をする。
「あ……そうだ。僕がゲイだってこと、引き続き絶対に口外禁止ですよ。知っているのは社長、瀬戸夫妻、トーカ、松井さんの五人だけですからね。ゲイだとバレたら仕事に支障をきたしますので、注意してください」
そう釘を刺してきた片倉に、賢吾は冷たい視線を向ける。
「お前、女性社員を弄んで楽しい?」
「だから言ってるじゃないですか。僕に好意を抱いて業務の効率が上がれば、それは素晴らしいことでしょう。僕は女性に興味がありません。彼女を作ったり、裏切ったりするようなことはない。完璧ですよ」
「いや、ゲイで最終的には結ばれるわけがないのに、私もいけるんじゃないかって期待させる方が罪じゃね?」
「まぁ、ある意味アイドル活動に似ていますよね」
「いいように解釈すんな」
「なので、秘密厳守でお願いします」
また、指をバッテンにして口につける片倉であった。賢吾の疲れ切った息と共に、二人はクイーンズスクエアを出た。
よこはまコスモワールド観覧車の時計は、0時38分を表示していた。
「真利亜さんも愛されていましたね。だから会社をここに移転したんでしょう?」
賢吾がぼんやり眺めている姿を見ていたのか、後ろから片倉の言葉が聞こえた。
「ああ。立ち上げ当初は、竜次のコネで借りた上大岡の安い雑居ビルだったからな。デカも移転する前に入ったから知ってるだろ?」
「はい、ボロボロでしたね。あそこ」
片倉がそう嘲笑する場所は、ワンフロア二十五畳で三階建てのビル。一階分を丸々サーバー室にしていたため、実質二階分しか使えない。そんな中で、社員二十から三十名ほどが窮屈に仕事をしていた。
松井は起業の時からいたので当たり前だが、片倉と石橋も上大岡時代に入社したため、松井と片倉と石橋は新参者達の中でも、上大岡組と呼ばれている。したがって、古参者達ともほとんど軋轢がない。というか、輝成を除く古参者達を顎で使っていた。
賢吾はみなとみらいの風景を眺めながら、話し始める。
「俺の家から近所だったこともあり、港が見える丘公園、元町、山下公園、赤レンガ倉庫等々、みなとみらい周辺をいつも真利亜がコウを連れ回していたよ」
「羨ましい話です」
「だからだろうな。業績が軌道に乗り始めて、コウがここに移転したいって言った時、俺は泣きそうになった」
「……今、泣いてますよ」
「泣いてねぇよ!」
手で目を拭って鼻水をすすり賢吾は気を張ったが、片倉にはバレていたようで口元が緩んでいた。
「社長、二フロアとかそんなみみっちい話じゃなくて、クイーンズスクエア丸ごとをウチが買い取ってやりましょう!」
「大きく出たな」
賢吾が言い返すと、片倉は更に得意げな表情になった。
「僕がやってみせます! なぜなら……」
そう言って溜める片倉。これから言うであろう言葉が賢吾にはわかり、
「輝成さんの後継者だから!」
「輝成さんの後継者だから!」
片倉と同時に言った。
片倉は賢吾もノッてくれたと親指を立てた。
「はよ帰れ!」
賢吾が半目でそう言うと、片倉は敬礼してから去っていった。
疲れと多少の高揚感を抱え、賢吾は帰路を辿る。歩いて間もなく、先程まで輝成と真利亜の話をしていたからか、賢吾の脳内で勝手に過去の記憶が呼び起こされる。
きっかけは賢吾の最後の家族である妹、真利亜が亡くなり悲嘆にくれていた墓地の前。自分以上に精神的にやられていた輝成を見て、賢吾が何気なく放った一言だった。
『真利亜の墓、この墓地で一番でっかくしたいな』
『……そうですね』
しんみりした返事の輝成だったが、少し目に光が戻ったように賢吾は思えた。
このまま輝成を腐らせてはいけないと思い、賢吾は輝成にやる気を出させようと、
『俺、社長になろうかな。そしたら真利亜、驚くぞ』
そんな軽い気持ちで口にした。
『そうしましょう』
輝成は無表情のまま即答した。
輝成に活力を取り戻すための嘘。言わば、ただのほら吹きが実現に向けて動き始めてしまった。
この時、賢吾はまさか自分が社長になるとは全く想像もしていなかった。
当時賢吾は二十二歳、輝成は十七歳。二人共定時制の高校に通っている最中だった。状況的にも能力的にも、あまりにも現実からかけ離れた話だったわけである。
だから、輝成が賢吾と同じ職場を辞し、IT企業へアルバイトをしにいったことが理解できなかった。
けれども、既に輝成は賢吾を社長をにする、真利亜の墓をでかくするために始動していたのだ。
一方、しっかり計画を練っている輝成とは反対に、賢吾は適当なことしか言わなかった。バイクショップを経営したいとか、中古の外車販売をしたいとか。自分の趣味の一環を述べたり、その場のノリで答えたりしていた。
しかし、賢吾の提案は一瞬で却下されていくことが繰り返された。
一年以上そういったやり取りが続き、鈍い賢吾も薄々気付き始めた。輝成は自分を社長にすることを真面目に考えており、実行しようとしているのではないかと。
『コウ。前に俺が社長になりたいって言った話。本気にしているのか?』
『はい。賢さんが社長になって、真利亜さんのお墓をでっかくして、真利亜さんをびっくりさせてあげましょう』
平然と受け答える輝成に、賢吾は絶句した。
まさか、本気だなんて思っていなかった。
輝成のことをバカにしているわけではない。輝成はいい奴だし、頭が切れる。賢吾は輝成のことを高く評価していた。それでもやはり、到底叶わぬ夢物語だと賢吾は思っていた。
しかしながら、諦観をしていた賢吾とは反対に、輝成の活動はエネルギッシュだっ
た。
輝成はアルバイトしていた会社でノウハウを学び、スマートフォン向けアプリで起業すると宣言した。
軍資金の調達は賢吾に蓄えがあったので何とかなったが、問題は人材である。
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