第26話
片倉が真面目に認めることは、ほとんどない。
「珍しく素直に褒めるね」
と言い、賢吾は頬杖をついたままニヤリとした。
「気持ち良く仕事をさせることや人の才能を引き出すこと、そして空気を読むことが抜群に上手いんですよ」
「ほぉ。それってコウのお家芸じゃん。コウが憑依したって言われるわけだ」
「だからこそ比較されるとかわいそうなんですよ。輝成さんはそれ以外の能力も兼ね備えていたチートですからね。変に周りから唆されてへこまなきゃいいんですけど」
そう、片倉は心配している気持ちを吐露した。
「そこはデカが守ってやればいいだろ」
「いやそうなんですけどね。性格がまるで違うのに相性が良いのか、守屋さんと渡辺さんのコンビが実にいいんですよ。渡辺さんは元々やる気に溢れた明るい子なんですけど、僕もここまで渡辺さんがやるとは思いませんでした。このダブルエースの成長を見ていたいって気持ちもありましてね」
「お前は高校球児を見守る監督か?」
「そうですよ。だからじっくりですね……」
片倉はわくわくしている様子だったが、賢吾は頬杖を解除し片倉を見据えた。
「あのさぁ……デカ。お前はソリッドのエースなんだよ。将来のエースを育てるのも仕事だろうが、エースとしてしっかり締めて完遂させるのが役目だろう?」
「嬉しいことを言ってくれますね。当たり前です、わかっていますとも!」
片倉は両手を腰につけ胸を張った。浮かれてはいるが、ブレてはいない。さすがだなと賢吾は改めて感心した。
「わかっているならいいよ。コウの後継者はお前だからな」
賢吾はそう言い、帰り支度を始めた。
「……は? え? もう一回言ってください」
「いやだから、コウの後継者はデカだってことだよ」
顔が紅潮している片倉に眉をひそめつつ、賢吾はもう一度同じ台詞を言った。
「えっと……嬉しいんですが、それはちょっと。輝成さんのランクが下がるみたいで、僕自身が嫌です。輝成さんの後継者なんか荷が重すぎて、誰にも務まりませんよ」
「コウの代わりがいないって意味なら俺も同意」
賢吾の返答に、でしょ、とでも言いたげな片倉の表情だった。しかし、賢吾は真剣な顔つきのまま話を続ける。
「だが、コウの後継者は誰だと聞かれたらデカしかいない。俺自身がそう思っているだけじゃないぞ。コウも業務が拡大したら、半分はデカに任せるって言っていたしな」
「え? 初耳なんですけど? 本当ですか!」
「ええい、顔が近い! 本当だよ。コウが生きていた時の右腕はお前だろ? 聞いていなかったのか?」
鼻息を荒くして至近距離まで来た片倉を振り払い、賢吾はそう言った。
その後、片倉は俯いたまま後ろへと下がった。一分近く黙りこくっているので、賢吾は不思議に思い声を掛けようとした。
その瞬間。
突如、始まった。
「ふっふっふっふぅうううおおおおおおおおおお!」
片倉は仰け反りながら雄叫びを上げた。
気が狂ったとしか思えない行動に、
「怖い怖い怖い! どうしたどうした!」
賢吾はビクッとして捲し立てた。
「輝成さん! 見ていてください! 僕が必ずこの会社を日本一にします!」
片倉は叫んでからガッツポーズをし、
「はぁ……」
と最後に恍惚な表情。
「何なんお前?」
賢吾の問いに、片倉は火照った顔を向けた。
「ほぼイキかけました」
「やかましい。特殊な自慰を見せつけるな。日本の英雄に泥を塗りやがって気色悪い!」
片倉の奇怪な行動に対し、賢吾は厳しくツッコミを入れた。
「付き合ってらんね。十二時過ぎてるし、俺は帰るぞ」
賢吾は嘆息した後、帰る準備を終えたので立ち上がった。
「僕も帰るんでちょっと待ってくださいよ」
「じゃあ、休憩室で待ってるわ」
賢吾は面倒くさそうに言い、休憩室へと向かった。それから休憩室で五分ほど待っていると、支度を終えた片倉がやってきた。
「お待たせしました。終電が終わってるし、僕の車で送りましょうか?」
「……え?」
誘われたことがなかったので、賢吾は疑うような視線を片倉へ向けた。
「おっと、勘違いしないでください。僕がゲイだからって男なら誰でもいいわけじゃありませんよ。社長はそこそこ好きだけどタイプじゃないんで……」
「さっきもここで同じ台詞を聞いたなぁ!」
同じ轍を踏んでたまるか、と賢吾は食い気味に言った。
「あー、渡辺さんですか?」
片倉は含み笑いをした。
「何で俺は勝手に振られるわけ?」
「やっぱり童貞が原因なん……」
「黙れ」
賢吾が即座に反応すると、片倉は指をバッテンにして口につけた。その態度に、賢吾はイラつきを通り越し呆れていた。
社内を出た賢吾と片倉は、エレベーターホールへ向かった。
「社長。気分がいいんで飲みにいきましょうよ」
二人揃ってエレベーターに乗り、そのタイミングで片倉が言った。
「やだ。気分がいいのはお前だけだろ。そもそも、俺は気が滅入った時にだけ仕方なく飲むって決めてるし」
「じゃあ、しょうがないですね。トーカでも誘って新宿二丁目に行きますか」
「お前今から新宿って、凄いバイタリティしてんな。石橋さんも迷惑だろ?」
「いやもう……だってね!」
輝成の後継者と言われたことが、相当嬉しかったんだろう。片倉は、今までに見たことがないくらいハイテンションだった。
「それにトーカはお酒が大好きなんで、多分今もどこかで飲んでます。誘ったらすっ飛んで来ますよ。あ……もう返事がきた。僕が輝成さんに後継者だと言われていたって、自慢しよっと。トーカの泣き叫ぶ様を眺めながら、美酒に酔いしれたい!」
「お前……性格わっる! しかも女性を新宿二丁目に連れ回すとか大丈夫なの?」
「逆に女性の方が安全ですよ。相手にされませんからね」
安全なことはわかったが、今から石橋が飲む酒はさぞかしまずかろうと、賢吾は内心石橋に同情した。
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