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第18話


 奇怪であり、雲をつかむような話だ。向坂が俯いていくのも理解できる。


「その、受けていただけるという仮定の話で恐縮ですが、どれくらいの費用になりますか?」

 賢吾が聞くと、向坂は顔を上げて目を合わせた。


「そうですね。捜索は時間別となりますし、その他雑費も計上させていただきます。しかも、依頼内容がこれなので……最低でも百万は覚悟してください」

 ……最低でも百万。


 この条件で依頼をするのだ、これくらいは当たり前か。と、賢吾は思った。


「とりあえず、現段階では保留でもよろしいでしょうか? 私も受けるからには完遂したいので、一旦知人や同業者に掛け合ってみた上で返答したいと思います」

 向坂は真摯な態度で言った。


「わかりました。こちらとしては、依頼者の名前をお伝えできるか確認しますね」

 賢吾が柔和な表情で返すと、

「そうですね。依頼者の名前がわかれば、そこから辿ることもできます。また、賃貸借契約書のコピーをください。担当者は辞めているとのことでしたが、見つかるかもしれません。どうかよろしくお願いいたします」

 そう言ってから向坂も表情を緩めた。


 お互いに頭を下げ合い話が終わり、賢吾は腰を上げた。


 刹那、賢吾は向坂に確認すべきことがあると思い出した。


「あの、依頼とは全く関係ない話なんですが」

 賢吾は座り直し、話を切り出した。


「はい、なんでしょう?」

 向坂は無下な態度をせず、賢吾と一緒に座り直した。


「藤方さんと自分達は親しくさせてもらっていました。達と言ったのは、そこには私だけではなく、当時10.5の被害者の会の副会長をしていた、波多野輝成という男もいたからです」

 波多野輝成という名が出た瞬間、向坂の眉がピクッと動いた。その所作を見逃さず、賢吾は追及を始める。


「輝成……コウは休日になると、一人でどこかに出掛けることが多々ありました。藤方さんとコウは、10.5の被害者の会で繋がっています。そして、藤方さんはこことも繋がりがあった。だから、コウは楽々あなたにコンタクトを取れたはずです」


「何が仰りたいんですか?」


「コウは常に鉄恭一の情報を探し、執着していました。あなたはコウの活動に加担していたんですか? であるならば、コウが何をしていたのか教えてくれませんか?」

 賢吾は射貫くような視線を向けるが、向坂は咄嗟に逸らした。


「申し訳ありませんが、依頼者の名前、内容については全て守秘義務でお答えできません。そういう生業ですので……」


「本人はもう事故で亡くなっています。藤方さんと懇意であり、興信所をやっているあなたが知らないはずはない。秘匿する必要がありますかね?」

 向坂の言いたいことはわかるが、もう時効だろうと賢吾が言葉を重ねた。向坂は難しい顔となり、タバコに火をつけ紫煙を燻らせながら唸る。


「んー、すみません。一つ確認してもよろしいですか? 仮に私が波多野さんから依頼を受けたとし、鉄……でしたか? その情報集めを手伝ったとします。今更それを聞いて、大宮さんはどうされたいんですか?」


「ただ、知りたいだけです。そうすることがあいつの幸せだったのかどうか……を」

 向坂の質問に賢吾はすぐさまそう答え、

「笑わないで聞いてもらえますか?」

 と真面目な顔つきで訴え掛けた。


「勿論です」

 賢吾の顔を見て向坂も感じるものがあったのか、表情を引き締めた。


「コウは私にとって特別な存在でした。絶対に悲惨な目や、不幸の不の字も与えたくない。それほどまでに大切な存在でした。けれど、10.5でコウの心に傷を増やしてしまった。自分と関わらなければ、コウは10.5の絶望を受けることもなかったんです。それからコウは鉄への怒りからか、鉄本人への執着をし始めました。そんなことがライフワークになっている姿を見て、私は当然焦りました。悲しみに暮れすぎるのは毒であり、コウのために良くないのは明白でした。直ぐにでも止めるべきだったとわかっていましたが、そうすることでこれ以上コウが壊れてしまったらどうしよう……という怖さがあり、結局止めることはできませんでした」

 嘆く息を漏らし賢吾は続ける。


「コウは……あいつは絶対に幸せにならなくちゃいけない奴だったんです! だから、せめてそのライフワークがコウの幸せだったのかどうか、それが知りたいんです!」

 賢吾が思いの丈をぶちまけると、向坂は思案顔でタバコを吸い続けた。それから向坂がタバコを吸い終わるまで部屋は無音だったが、

「ちょっと、今から独り言を言います」

 と言ってタバコを消し、俯きながら向坂は語る。


「波多野さんが幸せだったかどうかは、波多野さんにしかわかりません。だから幸せだったのかは私にもわかりません。仰った通り悲嘆に暮れ続けるのは毒です。とはいえ、負の感情を持つこと全てが悪だと私は思いません。嫉妬や怒りも負の感情と思われがちですが、それを持つことで抗い、反骨の精神で上手くいくことだってあります。負の感情が、必ずマイナスに作用するとは限らない、逆に生きるエネルギーへと変えていく場合だってあるんです。確かに、波多野さんのライフワークは傍から見たら狂っていたのかもしれません。ですがその間、大宮さんと会社を作り楽しく過ごしていた波多野さんもいたはずです。それをどうか忘れないであげてください」

 言葉の最後に顔を上げた向坂と、賢吾の目が合った。


 ズシリと重く入った向坂の言葉。賢吾の目は自然と開かれ、涙腺が緩んだ。


「こういうのバレるとやばいんで、凛とか他の人には内緒にしてくださいね」

 向坂はおどけて言った。その様に、目元を拭い賢吾は笑みを浮かべる。


「ありがとうございました。さすが藤方さんが紹介した方ですね」


「やめてください。余計にペラペラ喋りたくなります」


「あなたに今回の件を受けていただきたいと、更に強く思いました。それではまた、後日連絡いたします」

 微笑みながら互いに深く頭を下げ合い、依頼と相談の件は終わった。

面白かったら☆とブクマをどうぞよろしくお願いいたします。

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