第17話
部屋の中は、三十畳くらいだろうか。奥にデスクが二つあり、黒皮の四人掛けソファがテーブルを挟んで二つ。壁の色は深緑色で統一されており、書類棚が壁に並んでいた。
「ああ、すみません」
奥からのっそりと現れた男は、申し訳なさそうに言った。
手入れがされていないボサボサの髪、二重の大きな目に彫りが深い顔つき、口と顎だけでなく頬まで覆う無精ひげ、賢吾と同じくらい逞しい身体に紺色のスーツを着用している男。年齢は四十代半ばくらいに見えた。
「どうぞ、お座りください」
と男にソファへ手で案内され、賢吾は男とテーブルを挟み向かい合って座った。
そこに、遠山が高級そうなティーカップに入れたコーヒー、フレッシュ、スティックシュガーの一式を運んでくる。
「遠山君。俺にはミルクと砂糖は要らんぞ」
「前にお酒飲みすぎて運ばれたじゃないですか? ブラックは胃が荒れるんです。医者の言うことを聞いていなかったんですか?」
男を諫める遠山に、ブラックのまま飲もうとした賢吾の動きも止まった。
「ったく。お前は俺の母ちゃんかよ……」
「誰が、所長の母親ですか? 死んでも嫌です」
遠山は心底嫌そうな態度で言った後、そそくさと帰り支度を始めていた。
「それじゃ、私今日は雅兄達とのお食事会なので、お先に失礼しまーす」
「おい、待て! そんなこと俺は聞いてない。お前だけずるいぞ!」
「所長は休肝日と言っておきました。では」
遠山は舌を出してドアを閉めた。その様に立ち上がって抗議していた男は、
「クソッ……あのアマ」
と呟き、溜め息を吐いてから深々と座り直した。
賢吾は堪えきれず吹き出してしまった。
「すみません、変なところをお見せしてしまい」
男は恥ずかしそうにしていた。
「いえいえ、逆に親近感がわきました。自分も会社では似たような扱いですから」
「大宮さんもご苦労されているようで……」
「まぁ、好きでやっていますから大丈夫です」
お互い和んだところで名刺を交換した。
名刺には【向坂探偵事務所 向坂慎司】と記載されていた。
「ほぉ。ソリッドの社長様ですか? 凄いですね」
男、改め向坂慎司は賢吾の名刺を眺め感嘆していた。
「自分はただの傀儡ですよ。部下が優秀なだけです」
「そう言い切れるのも凄さだと思いますよ」
きっぱりと返す向坂に、賢吾は照れ笑いを浮かべた。
それからお互いコーヒーを一口飲み、会話が始まる。
「今回、凛からの紹介で人探しとは聞いていますが、具体的にはどのような?」
「実はウチの社員が人探しをしていまして、それを依頼したいのです。探して欲しい人物の名前は、大宮賢吾。身長百七十前後、普通の体型をした男性とのことです」
「……大宮賢吾?」
向坂は、テーブルの名刺と賢吾を交互に指さして確認した。
「私ではないんです。その社員も私が該当者だと思い、ウチへ確認に来た。というのが事の発端です」
向坂の言いたいことも汲み、賢吾は苦笑した。
「元々社員ではなかったということですか?」
「はい。気に入ったので勧誘し、入社してもらいました」
「……ふむ。すみません、タバコを吸ってもよろしいでしょうか?」
向坂が胸元からタバコを取り出すと、賢吾は首を縦に振った。
「よろしければ?」
向坂が賢吾へタバコを勧めるが、
「いえ、三年前にやめました」
と手と口で賢吾は遠慮した。
輝成が死んでから、無性に酒とタバコがまずく感じ、酒はストレスを発散したい時にだけ、賢吾は飲むようにしている。
「写真とか、それ以上の情報はないんですか?」
「似顔絵があります。本人が特徴を口頭で述べ、ウチのデザイナーが描いた物です」
賢吾は鞄の中からクリアファイルを取り出し、入っていた一枚の紙を出して見せた。そこには楓と松井が共同で作り上げた、架空の大宮賢吾が描かれていた。
「何ですかこれ? 猫の面をしていて口元しかわからない? というか気味が悪い。本当にこの方を探しているんですか?」
向坂は吸っていたタバコを灰皿に置き、顔をしかめた。
「はい、私も向坂さんと同じく不審に思いました。ただ、本人はその大宮賢吾に施しを受けた恩があり、不審には思わなかったそうです」
「ということは、依頼者本人も素顔は知らないということですか?」
「本人も見たことがないと言っていました。背格好や口元だけだと難しいが、声ならはっきりわかるとのことです。それに、週に一度会う日を決めていたようで、連絡先は教えてもらえなかったようです」
賢吾の回答に、向坂は難しい顔でタバコをくわえ直した。
「んー。こんな依頼は初めてですよ。恩があるとはいえ、不気味な猫の面をした男を探すだなんて、正気の沙汰とは思えません。しかも、週に一度会っていた仲なのに、連絡先を知らないのはなぜですかね? 意味がわかりませんよ」
そう言い、向坂は紫煙を天井へ向かって吐いた。
「私も全て同意見です。ただ、その社員の入社条件が、この人物の捜索依頼なんです」
「難儀な入社条件ですね。断れば良かったんじゃないですか?」
「入社早々に結果を出し、ウチのエースが気に入っていますので」
「それでは、仕方ありませんね」
タバコの煙と共に、向坂は苦笑いをした。
「依頼された社員の方、お名前をうかがってもよろしいですか?」
「あ、言っていいのか確認していませんでした。個人情報なので、本人に確認してからでもいいですかね?」
まだ会社に楓は残っているのかもしれないが、一応勤務時間外なので今度にしようと賢吾は思った。
「問題ありません。ただ、捜索対象の大宮賢吾さんに関する情報が少なすぎます。猫の面をし、素顔はわからない。中肉中背は一番見つけにくいし、年齢も不明。これはかなり時間が掛かると思いますよ」
向坂はタバコを灰皿で消し、眉間にしわを寄せた。
「その他の情報として、賃貸借契約書には借主欄に大宮賢吾と記載されているそうです」
「おー」
向坂は賢吾の言葉に期待を滲ませた。
「ですが、担当者が辞めているようで不動産会社も詳細はわからないみたいです」
「おぅ」
今度は残念そうに向坂は声を発した。
賢吾と向坂は自然と口を閉じ、冴えない表情となった。
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