第14話
だが、この反応も賢吾にとっては予想通りだったので表情は変わらなかった。
どうやったら輝成のためになるんだろう?
そう、賢吾はずっと考えていた。
会社に好影響と悪影響をもたらす、新参者達と古参者達。
そしてそれは無為な軋轢を生み、派閥争いにまで至ってしまった。この状況を作り出したのは、能力がないからと黙って見過ごしていた賢吾自身に責がある。だが、自分には輝成のような掌握する力はない。
ではどうすべきか?
やれることは一つ、開き直って腹を括る。それしかないと賢吾は決心した。
「橘さん、あなたの一存で決めてください。あなたは、コウが選んだ我が社のプロデューサーです。あなたの決定に従います」
賢吾の言葉に疑問の声を上げる者、絶句する者、そして橘は賢吾がこう言うとは全く頭になかったのであろう、目を見開いたまま完全に固まっていた。
賢吾は橘を見つめ、口元を緩めた。その姿に橘は眉をピクッと動かす。
「本当に……いいんですか?」
橘は賢吾を怪しんでいるように見えた。
「はい。ですが一点だけ言わせてください。全ての責任は自分が取ります。自分は、コウに指名された社長ですからね」
橘が不審に思うことを断ち、賢吾は更なる好条件を提示した。
「大宮さん、得意の漢気ですか? そういうやり方は……」
橘は卑怯だと言いたいのであろう、だがそれは違うと賢吾は首を振る。
「橘さん、誤解しないでください。この会社は社長である俺、大宮賢吾の物ではありません。自分はコウの物だと思っています。くだらない派閥争いなんかするつもりは毛頭ないし、コウも望んではいません。俺はコウが何より大切です。そのためなら何でもやると決めました。そしてコウが選んだプロデューサーはあなたです。不満などあろうはずもありません」
賢吾は柔らかな表情を崩さず言い放った。
特に賢吾へ敵意を剥き出しにしていた山岡や辰巳は唖然としており、橘も同様の表情であったが、両手で顔を覆った。
橘はその状態のまま呼吸を繰り返し、大きく息を吐き終えると両肘を立て、両手は口元で賢吾を見据える。
「守屋さんの案でいきましょう」
橘が言った。
もう、絶句する者や異を唱える者はいなかった。
「ただし保険として、PLは片倉君、補佐に渡辺さんと守屋さん、この三人体制でいきましょう。片倉君は渡辺さんと守屋さんへの教育も含め、全てを注いでください。他はやらなくていいです」
橘がそう指示すると、真顔だった片倉は頬を緩めた。
「構いませんが、Flameのコラボ企画がまだ結構ありますよ?」
「それは代わりに私がやります。人事についてはお手伝いできませんがね」
ニヤリとした橘に、
「いいえ、大助かりです」
片倉も口角を上げた。
「リリースは約半年後を目指し、アルファ版の納期は遅くても二月末。予算はアルファ版の出来栄えを見てから決めます。片倉君を中心に各チームのリーダーは連携を密に、私が可視化できるようお願いします。週一ペースで進捗会議を私の方から設定します。制作において足りないものや欲しいもの、備品等々は進捗会議に関わらず都度相談してください。それでは、皆さんよろしいですか?」
橘がそう仕切り終えると、皆大きく頷いた。
賢吾は、無事に再企画会議が終わったこと、派閥争いに楔を打てたことへの満足感に少し浸っていたが、皆足早にミーティグルームから出ていくので、自分も戻るかと腰を上げようとする。しかし、動けなかった。
なぜならば、片倉が賢吾の腕を掴んでいたからである。更に片倉は、もう片方の腕で楓も掴んでいる。そして、賢吾と片倉と楓の三人がミーティングルームに取り残された。
片倉は橘が座っていた席へ座り直し、賢吾と楓の顔を交互に見てから喋り始める。
「社長、ありがとうございます。やればできるじゃないですか」
言葉は感謝そのものだが態度が尊大であり、賢吾は片倉に鼻息で返す。片倉は賢吾に微笑んだ後、今度は楓へと視線を移し真剣な顔つきになった。
「守屋さん、あなたの案が通りました。今後は僕の元でPL補佐として、働いてもらいたいと思っています。渡辺さんにも協力してもらいますが、これはあなたの企画です。基本的にはあなたが主導でやる案件となります。つまり、あなたがいなくなると頓挫します」
「……はい」
「脅すような言い方で申し訳ないですが、週五、フルタイムで働いてください。そしてこの場で、卒業後も我が社で働くと契約させてください」
「私も、企画が通ったからにはやりたいです。でも、私は恩人を探す時間も欲しいんです。週三回では難しいですか?」
懇願する楓に、片倉は険しい顔のまま無言で首を振った。楓が唇を噛んで俯く。
賢吾はそのやり取りを眺め、
「守屋さん、天涯孤独で貧しかったって言っていたよね?」
ふと、聞きたかったことを思い出して口にした。
「社長、今その話は……」
片倉は邪魔をするなと言いたげだったが、賢吾が手で遮る。
「その時さ……非行に走ろうとか、ヤケにはならなかったの?」
最初に会った時から、賢吾はこれを確認してみたかった。
「え? はぁ……そうですね」
いきなり変な質問をされたからか楓はポカンとしていたが、数秒上を向いた後、
「考えたことなかったですね。生きることに必死で、そんな暇はありませんでした」
賢吾に視線を戻した楓は無表情で述べた。
……聞いたことがある台詞だった。
なぜか賢吾は笑いが込み上げてきてしまい、ついには一人で爆笑した。
気でも触れたのかと片倉と楓が困惑している中、賢吾はひとしきり笑い終えると、
「デカ、守屋さん。その捜索は代わりに俺がやるわ」
と言った。
しかし、賢吾の発言に片倉は眉間にしわを寄せていた。
「社長には社長の仕事がありますよね? そんな時間はないでしょ? あと経費を使って興信所に頼むのもダメですよ。そんなことしたら、玲子さんに殺されますからね」
「んなこたぁわかってる。自腹で興信所に頼むつもりだよ」
「ならいいです」
自腹と言ったので、片倉の許可はすんなり下りた。
「あの、お気持ちは嬉しいのですがそれはちょっと……」
楓が遠慮がちに言ってきた。賢吾はフッと笑ってから、目つきを変える。
「守屋さん。この会社を立ち上げた波多野輝成は、俺にとって家族同然の男だった。この会社を護ること、コウのためなら何だってやる。そして、そのためには君が必要なんだ。わがままなお願いだけど、どうか入社してもらえないか」
賢吾は立ちあがって、楓に深く頭を下げた。
賢吾の気持ちを乗せた視線が楓の目を捉える。見つめ合い何かを感じてくれたのか、楓も立ち上がった。
「はい、わかりました。こちらこそお願いいたします!」
楓はお辞儀を返し、元気良く答えてくれた。
賢吾は安堵し片倉を見ると、楓には見えないように腰の位置で親指を立てていた。片倉は契約書を自前のクリアファイルに入れていたようで、早速楓と契約を進めている。用意周到さに舌を巻いたが、賢吾はそこで気付く。
こうなることが片倉の計算通りだったのでは……と。
手のひらで踊らされていたとわかったが、賢吾は全く悔しくなかった。
輝成に似てきたなと、頼もしい部下を持ったことが誇りであった。
面白かったら☆とブクマをどうぞよろしくお願いいたします。




