第11話
橘は何か言いたげだったが、鼻を鳴らしただけでそのまま去った。そして、寺島、山岡、辰巳、渡辺の順で出ていった。
「賢吾さん! 痺れました。さすがっす」
「締める時は、やっぱり賢吾さんじゃないと」
栗山、平田が賢吾へ嬉しそうに声を掛けてきた。
賢吾は照れていたが、
「チンピラーズうっさい!」
石橋からの一喝に表情が消えた。
栗山と平田も小型狂犬に噛み付かれ、すごすごと退散していった。
「賢吾……あんた、強引に決めたけどさ。ここで拗れると会社的にもやばいよ?」
そう賢吾へ言う松井は、まだ頬杖をついたままであった。
「派閥争いなんかしている場合じゃないからね、賢ちゃん?」
続いて、玲子からも厳しい言葉。
「……わかってるよ。デカ、勝手に決めてすまん」
「決めてから謝らないでくださいよ」
片倉は仕方なさそうに笑った。
「ケイちゃん、私も手伝うわ。楓ちゃんも一緒に頑張ろ!」
石橋は軽くテーブルを叩いた後、楓の手を握った。
「あ……はい!」
楓は困惑の表情であったが、勢いに負け頷いていた。
「社長にはケイちゃんの雑務と、ウチが抱えている重いクレーム処理をお願いしまーす。社長は企画のセンスゼロだし、それでいいですよね竜次さん?」
石橋が勝手に話を進め竜次へと確認すると、
「問題なし。それでいこう」
間もなくゴーサインが出た。
「おい」
と賢吾がツッコミを入れるが、誰もが無反応だった。
「デザインが必要なら手伝うから言ってね」
松井は立ち上がり石橋と片倉へ言った。
「姉さんのところで、社長が負担できそうなのってないですよね?」
石橋が松井に確認した。昔から石橋は松井のことを【姉さん】と呼称しており、今では栗山や平田など一部の社員もそう呼んでいる。
「賢吾は不器用だもん。余計に仕事が増えるだけだわ」
松井は手で追い払うような所作をして笑った。
失礼だなと賢吾が思っている矢先、
「すみません、ウチの社長が使えなくて」
と片倉が言った。
もっと失礼な奴がいたよ。
「おい!」
賢吾は再びツッコミを入れるが、既に松井と石橋、そして楓はいなかった。
「開き直ったんですね。少し見直しましたよ」
俯いていた賢吾にそう言った片倉は、ミーティングルームのドアノブに手をかけていた。その横には竜次と玲子もいる。
「企画、仕上げてみせます」
片倉は真剣な面持ちでそう言い、
「その間、トーカと僕のフォローをお願いしますよ。雑用ばかりですけどね」
と最後に微笑んだ。
「根性を見せろよ」
「ちゃんとやらないと、賢ちゃんの給料下げるからね」
竜次と玲子からも激が飛ぶ。
やるしかないんだ。
コウが決めた社長は俺だ、と賢吾は気が昂った。
「おうよ!」
親指を立て、賢吾は声を張り上げるのであった。
賢吾が腹を括ってから一週間。
賢吾は自分の業務であるスポンサーとの接待や営業をこなし、会社に戻ったら片倉の雑務や石橋が抱えている重クレームの対応。
重クレームは石橋が一緒に確認してくれたが、自分の受け答え如何によって会社に傷がつくので凄まじいプレッシャーだった。プレッシャーに弱い賢吾は何度か案内を間違えてしまうのだが、石橋のお陰で大事には至らなかったものの、その都度石橋から噛み付かれた。
そういう意味では量こそは多かったものの、片倉から出された書類仕事の方がまだマシだったかもしれない。
いや、どっちもきつかったな。
そう、賢吾は改めて新参者達の能力の高さを痛感していた。
そして、あっという間に約束の一週間が終わり、再企画会議が始まる。
賢吾は疲労困憊からミーティングルームの中で放心状態だったが、人が集まり始め強制的に意識が現実へと戻された。
それから、前回と同じメンバーは前回と同じ席に座り、全員が揃った。
「では、再企画会議を始めます」
橘がそう言い、再企画会議は開始された。
ディスプレイへと移動した渡辺は、準備が終わると正対し一礼をする。
「前回の内容について、ビジョン自体は否定されなかったので根幹は変えていませんが、石橋さんから指摘があったところを踏まえ、課金周りを主に修正させていただきました」
ディスプレイには、アプリの課金に関する仕様や画像が映し出された。
「一つ目、生年月日の必須登録。二つ目、未成年ユーザーのクレジットカード登録は仕様として不可にします。三つ目、月額購入金額の上限を三万にし、未成年ユーザーはそれ以上課金できない設定にします。そして最後の四つ目ですが、月額購入金額の上限解除をしたい場合、ユーザー自身で手続きするようにします。これは、無闇に課金させないというこちらからのメッセージにもなりますし、ユーザー自身に責任を持ってもらうという意味合いにもなります。ユーザーから解除申請を送ってもらい、こっちが受け付けてから解除するということも考えたんですが、運営やCS、プログラマーやサーバーも高負荷となりますし、何より期間限定のアイテム販売やタイムセールなどの実施が困難となります。解除なんか待ってられないって言われそうですからね。こちら側としては上限解除申請を設けた。成人ユーザーに関しては、自己管理していただく他ありません。ただ、未成年ユーザーが課金をする場合は、親の承諾を得たかのアラートを出します。山岡さんや辰巳さんにも相談し、CSには負荷が掛からないようできるとのことです。これで……いかがでしょうか?」
説明し終えると、渡辺は石橋へ確認した。少し唸ってから石橋は渡辺に顔を向ける。
「一つ目以外は悪くない。でも肝心の一つ目を徹底させることが無理だよね?」
「はい、仰る通りです。ここはユーザーに委ねるしかないです。未成年だとしても、成人として登録は可能です」
「形だけで未成年でも成人として登録できるじゃないかって、吠えるバカな親からのクレームが目に浮かぶわ」
渡辺から仕様を説明され、結局渋い顔になる石橋であった。
「でもさ、どこのアプリだってこうだぞ?」
独り言のような小さな声で山岡が反論した。
「アダルト作品を提供しているところはしっかりしていますよ。免許証や保険証、自分を証明できる物をコピーして送付や写メで確認。そこで始めて決済できるみたいな」
「石橋さん、アダルト作品やるんだ? うへへ」
真面目に回答をしている最中、寺島のゲスな笑い声が挟まり、
「やりませんよ! 後学のため色々なサイトやアプリのCSを見ているんです!」
石橋は顔を真っ赤にして捲し立てた。
「寺島君、セクハラで減給ね。あと、清美ちゃんに言っとくから」
「ちょっと待ってよ。玲子さん!」
玲子が冷徹に言い放つと、寺島は泣きそうになっていた。
なお、清美とは寺島の妻の名であり、玲子とは仲が良いので寺島の放蕩は筒抜けになっているらしい。
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