第10話
片倉の発言から静まっていたので、皆が一斉に楓へと視線を向けた。
「あ……やっぱりいいです。すみません」
視線が集まったことで硬直した楓は、そう呟いて俯いた。
「片倉君、その子アルバイトだよね? 何でここにいるの?」
怒気はないが機械的な口調で橘は言った。その様で、より一層イラ立っていると賢吾には伝わった。
「僕の補佐です。何か問題でも?」
一方で、片倉は強気に返していた。
「言いたいことがあるなら言ってください」
橘は楓をキッと睨んだ。橘からの視線に楓は怯えている様子であったが、
「言っていいよ」
そう、片倉に優しく言われると、小さく深呼吸をしてから語り始める。
「短期的にはこのアプリは成功するし、会社も潤うと思います。ですが、中長期、長期的に会社のためになるかというと、そうではない気がします」
「その根拠は?」
楓の言葉に、橘はすぐさま反応した。
ピリピリとした雰囲気の中、楓は何度か喋ろうとする仕草を繰り返した後、意を決したかのように橘へ視線を向ける。
「私は、現在片倉さんからの課題をこなしたり、石橋さんの元でFlameの基盤を学んだりしている段階です。まだ若輩もいいところですが、Flameを作ったこの会社の大きな強みが一つ見えました」
楓は目に力を込め、
「それは全てに対して誠実ということです」
と断言した。
「Flameはとにかく使いやすいんです。理解しやすく操作も簡単で動きも軽い、それだけでプログラミング技術やサーバー管理が秀逸なのはわかります。また、洗練されたUIやデザイン、ユーザーを困らせないCS、全てのクオリティが高い。凄く誠実なんです。同業他社がFlameに勝てない理由が正にこれです。この会社を立ち上げた方は、下卑た思惑など一切なく真っ当に対価を得ようとした。綺麗に一本芯が通っていると私は感じました。それがこの会社の強みです」
楓の発言に対し、皆一様に口をつぐんだ。
静まり返った中、片倉が微笑を浮かべて喋り始める。
「去年の四月、橘さんが主導で実装した装飾動画機能も、決済のところで障害が発生して一波乱ありましたよね?」
「昔のことをほじくり返して何が言いたいんですか? 結果的にユーザーは増えたし、Flameの価値も高まりました。そのまま停滞すべきだったとでも言いたいんですか?」
片倉の言い分に橘は不快感を示し、
「そもそも、あれはウチの問題じゃなくてエイプリルの方だから」
寡黙な山岡も珍しく声を上げて反論した。
片倉は二人の態度に両手を上げ、
「言葉が足りずにすみません、責任の所在を明確にしたいわけじゃないんです。ウチのせいではないことは知っていますし、装飾動画機能は長期的にも成功したと思っています」
と笑顔で返した。
だが、直後に片倉は厳しい表情となり話を再開する。
「ですがその時、多くのユーザーは決済エラーに関してウチへ問い合わせ、クレームに発展することも少なくありませんでした。それを無事に鎮圧し、Flameに傷をつけなかったのはトーカ達なんです。トーカが懸念すべき事項があるのであれば、それを排除することが先決だと思います」
片倉は石橋を褒め称えるように手を出した。
「保守的すぎるな。このまま止まるよりかは、リスクを承知でも進むべきだと思う。CSには申し訳ないけどさ」
山岡は納得がいかないのか、ボソボソした声で文句をつけた。
「わかってないですね……CSとか個人的な感情云々じゃないんですよ」
石橋はもう怒ってはおらず、冷静な様子で言い返していた。
「エイプリルからダウンロードしたFlameが、エイプリルで決済しているなんてほとんどのユーザーは認識していませんよ。Flameに課金をしたんです、課金の障害があればFlameへ問い合わせをする。ですが、ウチはエイプリルじゃない。例えば、スーパーでりんごを買おうとしたが、レジに通らなかったとします。そのことをレジやサービスカウンターではなく、青果コーナーへ文句を言いに来られているようなものなんです。何も対処できませんよね? エイプリルの決済エラー有無の確認や補填もできない。ウチで解決する術は何もないんです。しかもガチャともなれば短時間で大金が動く。エイプリルの決済処理が確実にどれかはエラーになる。私が言いたいこと、わかりますよね?」
淡々と説明する石橋に、全員黙った。
「でも、そうは言うけどさ、世に出回っているアプリのほとんどはエイプリルからダウンロードをするわけで、ガチャゲーをやっているところはどこもそうでしょ?」
と、困り顔で口火を切ったのは寺島だった。片倉はその言葉に軽く笑い、
「そこで、守屋さんの話に繋がるわけですよ。課金に対してユーザーはシビアです。課金の不具合をウチで対処ができないのは、イメージダウンとなってブランドに傷がつきます。誠実さが強みのウチが、果たしてガチャゲーをやることにメリットはあるのか……と」
訴え掛けるような眼差しで全員を見渡した。
「まぁ、ウチは主にB to Bだもんね。輝成君だとしたら、リスク有りのB to Cは絶対にやらないだろうね」
松井は納得した様子で頬杖をつき、
「ガチャで印象が悪くなれば、長期的にはデメリットか。確かに、波多野君なら確実に自社で問題を潰せない限りやらないね」
寺島も松井に同調した。
その様子を見ていた橘が咳払いをする。
「片倉君、業績は平行線です。君や私、皆が信頼し会社の象徴だった波多野君は、何より変化することを好み、停滞は緩やかな下降と嫌っていたはずです。この提案を否定した以上、代替案はありますよね?」
「ないです」
片倉はあっさりと返答した。
その潔さに賢吾は吹き出したが、橘は憤怒の表情であった。
「よーし! また来週企画会議しよう! 橘さんのとこはブラッシュアップしてもらって、デカの方からも代替案を出す」
賢吾が立ち上がって皆へ言った。しかしながら、橘を始めとした新参者達からの冷たい視線が突き刺さった。
「何であなたが決めるんですか?」
橘が見下した目線を賢吾へ向けてきた。
「いや、俺社長だし」
「私は認めていません。波多野君を穢さないで欲しいですね」
「それならそれで結構! でもコウが俺を社長にした。だから俺が社長!」
橘の態度に開き直り、賢吾は気を張って答えた。
「……はぁ?」
橘だけではなく、山岡と辰巳も同じく不満の声を上げた。その賢吾への態度に、栗山と平田が怒りを見せる。一触即発の中、竜次が手を叩いて立ち上がった。
「このまま話をしていても終わらないので、一旦お開きにしましょう。橘さんや山岡君も、デカや石橋さんがいなくなるのは望ましくないでしょう?」
竜次の言葉で、充満していた怒気が薄れていくようであった。
ありがとう、我が友よ。と心の中で礼を述べ、賢吾は気を振り絞る。
「はい、というわけで解散!」
賢吾は強制的に会議を終了させた。
面白かったら☆とブクマをどうぞよろしくお願いいたします。




