第九十話 何故あの男を招待したのですか?
一瞬かなり険しい雰囲気を出したメリア様だったが、動揺してる俺の様子などを見てこのままでは話が進まないと判断したのか一旦その雰囲気を抑えて口を開いた。
「……私たちの話を始める前にまずはレグリア、貴方の話から始めて下さい」
そして自分の気持ちを落ち着かせるためか一旦時間を置いてから、まずは学園長に俺達三人を残した理由を話すように促した。
「…………分かりました。今から数日前になるのですが、どうやらスミラがこの国に数名の魔族が侵入して来るのを感知したらしいのです」
「……また、ですか」
その内容にメリア様はあからさまにため息を吐いた。
以前学園長から聞いた話によると、ナツが二年前の人魔大戦の時に記憶を失ってから今までの間、不審な人物や魔族の接触は完全に無かったらしい。
それなのにここ二ヶ月でナツが記憶を取り戻す原因になりそうな連中が立て続けに来やがってるから、メリア様としては気が気じゃ無いんだろう。
「スミラの結界は働かなかったのか?」
ため息を吐いて少し考え事をしている様子だったメリア様の代わりに、今度はその向かいに座っていたメイゲル様が口を開いた。
「いえ、今回は正常に動いていました。だからこそ侵入を感知する事が出来たんです」
「はぁ、という事は……」
メリア様と同じようにため息を吐いたメイゲル様に頷いて学園長は続ける。
「はい……張っている範囲が広いせいもあって通常の常時発動型より格段に効力が薄まっている物とはいえ、スミラの結界に感知されながらも弾き出され無かった所を見ると今回の侵入者は魔族の中でもかなりの実力者だと見て間違い無いと思います。少なくとも前回の侵入者とは比較にならないと考えた方がよさそうです」
「……なるほど、だから団長を帰らせたんだな」
「はい」
女子寮の寮長をしているスミラ様の結界の強度は彼女自身の知名度もあってか世間一般には知れ渡っていないが、一部ではその強度はかなり有名な物として知れ渡っている。
その結界がどれほどの強度なのかと言うとあの方が本気で張った結界を壊せる奴はまずこの国にいなく、多分だが世界中に拠点を置く魔法師ギルドのギルドマスターであるヘステでさえギリギリってぐらいだ。
それ程の強度を持つスミラ様の結界を突破して来たとなったら、それは学園長の言った通りかなりの実力者が侵入して来たって事だ。そしてそうなって来ると自ずと、ナツの記憶を呼び覚ます原因になりかねない『色欲』の関係者である可能性が高まって来る。
だから学園長は侵入者の正体が分からない以上ナツをこの話に関わらせるべきじゃ無いって判断したんだろう。
それにあのメリア様とメイゲル様が事にあたるからお二人でも十分だろ。
…………いや、でも。
「学園長、侵入して来たのは何人か分ってるんですか?」
そこで、重要な事を聞いていなかった事に気付いた俺は少しだけ右手を上げながら学園長に聞いた。
かなりの実力者がこの国に侵入して来たのはいいとして、その人数によって問題の度合いが変わって来る。数人程度ならまだしも10や20まで行っちまったらいくらメリア様たちと言えど簡単に対処出来なくなっちまう可能性もあるからな。
「スミラからの報告によると2〜3人程だそうです」
「……でしたら何かあっても私達だけで対処出来そうですね。最悪ダグラス達にも協力してもらえば大丈夫でしょう」
学園長の言葉に少し緊張しながら耳を傾けていたが、その侵入者の人数に俺は安心した。メリア様達ならそのぐらいの人数は簡単に対処出来そうだ。どうやらメリア様もそう思ったらしいしな。
「ただ気になるのは……」
「はい、侵入者の目的ですね。それについては正直分かりかねますが、色々な情報を整理する限り学園の生徒たちを攫っている犯人とは別物という事はほぼ確実です」
「……何故それが?」
侵入者の目的について移り出したメリア様と学園長の会話にまたしても疑問を覚えた俺はつい学園長に質問を投げかけた。
「時期ですよ。被害にあった生徒たちの話を聞く限り誘拐が始まったのは約二週間前から、しかしこの国への侵入があったのは一昨日なんです。仮に生徒誘拐の犯人と侵入者が同一犯だった場合は時間に矛盾が起きてしまうんですよ」
「なるほど、そういう事ですね」
たしかにそれだと別々の犯人としか思えねえな。
学園長の返答に納得してスッキリした俺だったが、それに引き換えメリア様はどこか困った顔をしていた。
「そうなると、少し厄介ですね」
「ええ、つまり我々に害を及ぼそうとしている敵が二組いる可能性があるという事になります」
「ですよね……。はぁ、それにしても何故今まで静かだった魔族達が今頃になって一斉に動き始めたんでしょう? ……まあ、理由は大体想像出来ますが」
「……はい、恐らくは」
正直俺にはまったく持って見当も付かないが、どうやらメリア様達には思い当たる節があったらしく二人とも困った顔をしていた。
「……ただ二つとも他に何も情報が無い以上、今は警戒する事以外出来ることは無さそうですね」
「はい」
「……ええ、そうです。では、一通り話が終わったという事で今度は私達の話に入りましょうか」
「…………」
そう口にすると、先程まで柔らかかったメリア様の雰囲気はまた険しい物になった。その変化を感じ取った……いや、元から予想してたらしい学園長は緊張した顔をしながら無言で返事をする。
そんな二人の変化に合わせてメイゲル様も元から整っていた姿勢をさらに整え直す。
「レグリア、貴方に一つ質問です。何故団長のいるこの学園にチャールズ・カタロフを招待したのですか?」
「そ、それは…………」
そう口にしたメリア様の様子に俺は思わず驚いた。その様子からチャールズ教皇に対する嫌悪感が見て取れたからだ。
メリア様が今口にしたチャールズ・カタロフ、彼は世界中のおよそ9割近くの人間が入信している世界宗教『ルキアス教』の教皇であり世界で『黙示録のラッパ吹き』の次に尊敬されてる人物だ。
俺もあの方には尊敬とまでは行かないが、かなりの好印象を持ってる。
だからこそ、俺にはメリア様があの方を嫌悪してる理由がまったく分からなかった。チャールズ教皇を嫌ってるのなんて浮浪者や悪人共を除くと邪教信者ぐらいしかいないと思ってた。
「……団長があんな事になったのはカタロフの原因でもある事は貴方も知っていますよね? あの男の勝手な行動のせいであの二人が壊れたと言っても過言では無いんです。私達がもっとも憎んでいる人間の一人と言ってもいいぐらいなのですよ? 何故その様な人間を……しかも団長のいるこの学園に招待したのですか? 返答の次第によってはいくら貴方でも分かっていますよね……?」
だがそんな事を思ってる俺を横にメリア様のチャールズ教皇に対する憎しみ、そして怒りはかなり本物の様だった。むしろメリア様が言葉を発する度に怒りが増してるようにも感じられる。
「それは……申し訳ありませんがまだ言えません」
しかし、その怒気を当てられた学園長は申し訳なさそうにしながらも説明を断った。
「なっ、貴方何を言ってッー」
「お待ち下さいメリア様」
そのあまりに予想外な返答にメリア様は席を立って問い詰めようとするが、そんなメリア様を寸前の所でメイゲル様が止めた。
「っ、メイゲル!?」
そのメイゲル様の行動が予想外だったメリア様は信じられないと言った視線を送る。
「レグリア、一つだけ聞きたい。お前は団長に害を与えるためにチャールズ・カタロフを招待した訳では無いんだな?」
もちろんメリア様のそんな視線に気付いていながらもメイゲル様は学園長を見ながら確認する口ぶりで聞く。
「……はい、それは断言出来ます」
学園長の返事は罪悪感があるからか少し弱々しかったが、言葉の一つ一つがハッキリ聞こえて来たためその言葉に嘘偽りがないってのは俺でも分かった。
「そうか、それならいい」
そしてそれを確認したメイゲル様はそれ以上は何も言わなかった。
「しかしメイゲルあの男は……!」
「もちろん分かっています、あの男のした行為は私達からすれば絶対に許せない事です。メリア様の仰った通りあの男のせいで二年前の悲劇が起こったと言っても過言ではありません。ですが、同時にあの男が私達や団長に危害を与えるつもりが無い事もたしかです。レグリアがわざわざあの男を招待した理由は皆目見当も付きませんし、正直分かりたくもありません。ですがあの男が団長に無用な手出しをしないと確信した上で、レグリアはこの学園に招待したのでしょう。……だな、レグリア?」
「はい、もちろんです」
再度確認をとったメイゲル様は学園長の即答に満足そうな顔を覗かせてから、メリア様の方に顔を戻した。
「……だそうです。今のを見て分かる通りレグリアは団長に危害を加える為にあの男を呼んだ訳ではありません。ですのでメリア様、どうか気持ちを落ち着かせて下さい」
「で、ですが……」
しかしそれでも納得が行ってない様子のメリア様にメイゲル様は真正面から目を見て続ける。
「もちろん今すぐにとは言いません。あの男を憎むメリア様のお気持ちは分かっているつもりです。ですが、どうか数日中には収めてください。もしその態度のままこの学園であの男に会ってしまえば、最悪団長に記憶の事を気付かれてしまう可能性があります。それだけは何としても避けなければなりません、メリア様もお分かりになってる筈です」
メイゲル様に説得されても引き続き納得が行ってない様子だったが、団長という言葉が出た瞬間にメリア様の表情は変わった。
そして表情が変わったと思うと、溢れんばかりに出ていた怒気は完全に隠れ俺が知っているメリア様の柔らかな雰囲気が見え始めた。
「…………そう、ですね。たしかにそうです、ありがとうございますメイゲル……貴方の言う通り落ち着くべきですね」
そしてそれを機にメリア様はメイゲル様に感謝しながらだんだんと冷静さを取り戻して行った。
「メリア様、メイゲル様……勝手な事をしてしまい申し訳ありませんでした」
その様子を見た学園長は少し間を置いてから二人に謝った。かなり申し訳なさそうにしてるあたり多分謝る機会をずっと伺ってたんだろう。
「…………いいえ、気にしないでください。私も少し熱くなりすぎました、冷静に考えれば貴方が進んで団長に危害が及ぶ事をする筈が無いと分かっていた筈ですから。……それに、まだということはチャールズ・カタロフを招待した理由は後で聞かせてもらえるんですよね?」
「はい、もちろんです」
自分の問いかけに目を見て答えた学園長に少し笑顔を見せながらメリア様は続ける。
「…………分かりました。でしたら今の私達がするべき事はなるべくチャールズ・カタロフ相手に気持ちを露わにしない事と、何かがあってはならないように団長の周辺を警戒しておく事だけですね。……レグリア、もし時が来たらしっかりと説明をお願いしますよ?」
「はい、ありがとうございます……!」
自己判断で勝手な事をしたにも関わらず自分の事を許したメリア様に、学園長はかなり安心した表情で頭を下げた。
今の話はナツの記憶や過去に関わる大事な事だし、早めに話をつけて置きたいってのは心の底から納得出来る。この方たちがどれだけナツを大切に思ってるかってのも十分すぎる程伝わって来たしな。
ただ、どうしても一つだけ気になる事があるんだが……。
『黙示録のラッパ吹き』の関係者でも無い俺が今の話を聞いてもよかったのか?




