第八十八話 あの子は元々勝ち上がろうとは思ってないから
イリーネ達が俺達の練習に参加する事が決まってからしばらくが経った日の放課後、事前に時間の打ち合わせをしていた俺達はFクラスの訓練場で集まって魔法の練習をしていた。
初対面の奴等がいた事もあってか最初の数回は基本的に静かに練習してたけど、今となってはそれぞれが話し込んだりしててかなり活発的な空気になっている。
そして今日集まったメンバーの中で一番うるさくなっているのが、ソウとドリアドだ。
「あっぶねぇっ! おいドリアド、攻撃魔法を撃つ時は周りに気をつけろってさっきから言ってんだろ! 今のもあと少しで当たりそうだったぞ!」
「す、すまない! しかし今度はソウが言った通り縦方向に魔法を撃ったぞ……!」
「ああ、そうだな! でもお前今の本気で撃ったろ! こんなスペースが限られてる場所であんなもん撃たれたら危ねぇんだよ!」
「…………?」
「首を傾げんな! 俺もう分かんねぇ! 戦闘じゃあんなに頼りになるくせに普段はすげぇアホなお前の事がもう分かんねぇよ!」
「ほ、ほう……俺が頼りになるか。……ふむっ」
「照れるな! 褒めてねぇ!」
どうやらドリアドの魔法が自分に当たりそうになった事をソウが怒ってる所らしい。話を聞く限りだと何回か同じやり取りを繰り返してるみたいだな、ソウがちょっとやけくそ気味になってるし。
「あはは、またやってるねアルク君達」
そんなあいつらの様子を俺の隣で水を飲みながら見てたフェレライさんが少し笑いをこぼした。
「あれもうツッコミとかじゃなくて普通にキレちゃってるよね……? はあ、まさか人が増える事でこんな障害が出て来るなんて思ってなかった……」
Sクラスのイリーネ達が増えるからその分みんなの上達スピードも上がるだろ、とか考えてたけどいくらなんでも安直すぎたな。今までは欠席する奴が数人ずついたから気付かなかったけど、欠席してるのがクララ一人だけだとこんな弊害が出るのか。
でもだからと言ってSクラスの訓練場を借りるわけにも行かねぇしこのままやるしかねぇんだよなぁ。
「はぁ、疲れた〜!!!」
そしてそれからしばらく練習してるみんなの様子を観察していると、疲れ切った様子のライアが俺達の方に倒れ込む様にやって来た。
「おつかれ、ライア」
「お疲れ様。はい、これ水だよ」
「ありがとうフェレちゃん、助かったよ〜」
全身が汗だくになっているライアはフェレライさんに礼を言ってから受け取った水を勢いよく飲み始めた。汗のかき様が半端じゃないしよっぽど喉が乾いてたんだろうな。
「ふぅ〜、疲れ切った身体に染み渡る〜!」
そして渡された水筒の中にあった水をすべて飲み干したライアは、まるでエールを飲み干した中年のおじさんの様な声を上げた。
「ずいぶんと激しく練習してたみたいだな」
「そうだね、休みなしで2時間ぐらいずっと練習してたから見てるこっちが心配になるぐらいだったよ。ちょっとオーバーワーク過ぎないかい?」
「いやいや、そりゃそうだよ! フェレちゃんやメクル君とかはまだしも私まで個人戦のメンバーに選ばれちゃったんだよ!? どれだけ練習してもしたりないよ!」
そう、実はライアは今度行われる個人戦に出場する選手の一人に選ばれたのである。
数日前の朝、いつも通りのホームルームを終えて後にオーズスタン先生はクラス全員の前で個人戦の出場者を発表し始めたのだ。時期的にもそろそろだったのでみんなその事については特段驚いたりはしなかった。
むしろみんなが驚いたのは、その後にオーズスタン先生の口から発表されたFクラスの代表についてだった。
まず最初に発表されたのがドリアドとメクルだった。まあ、この二人に関しては当然というかむしろ選ばれなかったら不思議なぐらいだったから誰も驚きはしなかった。しかし、この後にみんなが驚く出来事が二回起きたのだ。
Fクラスから出る三人目の出場者、その枠に選ばれたのはフェレライさんだった。一回目の驚きが起きたのはまずそこだ。
もちろんフェレライさんが選ばれた事に文句があった訳じゃない。メクルが選ばれた以上あいつを倒したフェレライさんが選ばれるのは必然とも言えるからな。
みんなが驚いたのは俺が代表から漏れた事についてだった。自分で言うのもどうかと思うのは自覚してるけど、俺はこの学園の中でも群を抜いて強い、それこそ教師相手でも絶対に負けないレベルだ。
だからハッキリ言って大会に出たらまず間違いなく優勝出来てしまうんだ。そしてだからこそ、俺が選ばれなかった事にみんなは驚きを隠せなかった。何故それ程の実力を持った俺が大会に出られないのかと。
でもそんな中、オーズスタン先生が放った一言で全員が一瞬にしてその理由に納得した。
『いや、だってナツが出ちまうとこいつが優勝すんのは間違いないから大会に面白味が無くなっちまうだろ。真剣勝負の場とはいえ一応エンターテイメントの一環としても開かれてる大会だからそういうのはマズイんだよ』
((((ああ、それはそう……))))
全員が心の中でそう思った、もちろん俺も含めてな。
というわけで俺が選ばれなかった事には全員納得したが、その次にオーズスタン先生の口からさらに驚きの一言が出て来た。
『あと実はだな、色々あってこのクラスからもう一人個人戦に出てもらう事になった。ライア、お前にもFクラス代表として個人戦に出てもらうぞ』
『『『『えええーーーー!?!?!?』』』
その一言に、俺達は今までに見たこと無いぐらいの一体感を見せながら驚いた。
これも別にライアが選ばれたからという訳では無く、Fクラスから四人目の出場者が出るという事に俺達は驚いていたのだ。
イリーネから聞いた限りだと去年のFクラスは出場枠が三人だったらしく、開校以来Fクラスの枠が減る事はあっても増えた事も無かったらしい。だからてっきり今年も三人なんだと俺達は思っていたんだ。でもそんな中で四人目の出場者の発表がされた為、俺達は驚きが隠せなかったのだ。
職員じゃないから詳しくは分からないけど、団体戦の結果を見て学園側が考慮してくれたんだろうか。
そしてそれからという物、ライアは個人戦で恥を描かないように今まで以上に自主練に身を注ぐ様になったのだ、それこそ俺達が不安に思うほどに。
「はははっ、そうだねその気持ちは分かるよ。僕も自分が転校生なのに選ばれると思ってなかったからね。まだこの学園に来てから何もしてないのにどうして僕なんかが選ばれたんだろう?」
フェレライさんもライアと同じ気持ちだったらしく、ライアに少し共感しながら自分が選出された理由について考え始めた。
「いいえフェレが選ばれたのは納得よ、むしろ貴女の実力なら選ばれなかった方がおかしいわ。私としてはそれよりもFクラスからの出場人数が増えたことに驚きね」
しかしそんなフェレライさんの疑問に対して、休憩の為に戻ってきたイリーネは当然だと結論付ける。イリーネは王女だし多分フェレライさんの実力はどこかで聞いてたんだと思う。
そしてイリーネは代わりに別の話題を口に出した、Fクラスの出場枠が増えた事に関してだ。Fクラスが去年まで三人だったって情報をくれたのはイリーネだったし多分俺達以上に驚いてるんだと思う。
「あっ、やっぱりそうなのか?」
「ええ、2年生担当のステファニー先生も驚いていたわよ」
「ステファニー先生って言うとたしか……実力試験の担当だった人だよな?」
あの先生は流石に俺も覚えてる、たしか試験後すぐに魔素量至上主義の考え方を改めてくれたいい先生だ。
「ええ、あの方は入学前から知ってたからたまに個人的に質問に行ってるのよ」
「へぇ、そうなのか。……まっ、とりあえず話を戻すけど選ばれた奴等を見たら出場人数が増えるのも納得だよな」
「ええっ! 私も!?」
そこで話が脱線している事に気付いた俺は話を戻して選ばれたメンバーについて言及したが、そんな俺の言葉がよほど以外だったのかライアは驚くように大きな声を上げた。
「そりゃそうだろ、だってお前たった一人でBクラスのボヨンを倒したんだぞ」
「うん、観客席から見てたけどあの時のライアは本当にすごかったよ」
「えっ、エヘヘ……そうかな」
「もちろんよライアさん、しかもあの時は一対ニの状況で勝ったんだからもっと誇ってもいいぐらいよ?」
そしてこれを機にと俺達三人は自信が無さげなライアを一斉に褒め始めた。さっきフェレライさんもチラッと言ってたけど、ライアは自信の無さのせいか最近少しオーバーワーク気味なんだ。今はまだ体調に変化が無いみたいだけど、この状態が続けば後々身体を壊しかねない。だからこそ少しでも自信を付けさせてオーバーワークを辞めさせる必要があるんだ。
それに、そもそも見た感じボヨンとの一戦もあったおかげか最近のこいつはむしろ自信を持ててる感じがあった。多分今になって不安がってるのは団体戦前の自分が置かれてた環境のせいな気がするから、取り戻させるのは全然難しくない筈なんだ。
そう思って俺は褒め始めたんだけど、どうやらイリーネとフェレライさんも同じ考えだったらしい。
「えへへ、みんなにそう言われると調子に乗っちゃいそうだな」
「いやいや調子に乗っていいだろ、少なくともあの試合ではお前が一番……っぶねぇ!」
『よし、もう少しだ』、そう思った俺は最後の一押しをしようとしたが、突然飛んで来た魔法のせいでそれは阻まれた。
「えっ、今のなに!?」
「ナツ氏ごめんなのである! 魔法の操作が上手く行かなかったのである!」
「えっ、お前が!?」
謝りながら走ってくるメクルにまず出てきた言葉がそれだった。
メクルはドリアド以上に魔法の扱いに長けてるし、こいつが魔法の操作をミスる所を今まで一度も見たことが無かったからその言葉が信じられなかったんだ。
「うむ……実はであるな、シリス氏に教えてもらいながら複数の属性を別々に操る練習をしているのであるよ。それで少し魔法の操作が危なくなっていたのである」
「メ、メクル君……! い、今のは水魔法に集中しすぎ……み、水魔法は全属性の中で一番操りやすい属性……だ、だからもうちょっと雷魔法に集中力を割いた方がいいと、思う……」
メクルから魔法の操作を誤った理由を聞いてると、その後ろからシリスさんが小走りで近づきながらメクルにアドバイスを出し始めた。それに気付いたメクルも俺への説明を中断してそのアドバイスに全力で耳を傾ける。
「あっ、そうなのであるか? 分かったのであるよ、もう一回やってみるから見てて欲しいのである!」
「う、うん……!」
そしてそう短く言葉を交わすと、二人は再び訓練していた場所へと戻って行った。
「メクル君達さっきからずっと二人きりで練習してるね」
「ああ、そうだな。まあ……どっちかって言うとメクルが一方的に教えてもらってるって感じだけどな」
もちろんみんなも気になる事があれば他の人たちに積極的に質問したり、お互いに教え合ったりはしている。それがこの集まりの主な目的だからな。ただあの二人に関しては今日の訓練会が始まってから、言葉通りずっと一緒にいたのである。
「ふふふっ、そうね」
「あれ、何か嬉しそうだねイリーネさん」
「ええ、まあね。前にも説明したと思うけどシリスは人見知りが激しい子だから今まで基本的に私やフィンラル君、あとミサっていう『栄光の世代』の一人を合わせた三人以外の誰かとまともに話してる姿を見た事が無いのよ。だからあの子がメクル君とあんなに親しそうに話してる所を見て少し嬉しくなっちゃったのよ」
なるほどな、たしかに出会って当初のシリスさんは仲良くなれるイメージがほとんど湧かないほど人見知りが激しかった印象がある。そりゃそんなシリスさんを昔から見て来たイリーネは嬉しくなるか。
まあそれはいいんだけどさ、実は一つだけ気になる事があるんだよな。
「でも……二人とも大会の出場者だろ、シリスさんはメクルを強くしちゃって大丈夫なのか?」
あの二人はどっちも今度の個人戦に出場するし、実力的に考えたら直接対戦する可能性も高い。もしそうなった時メクルに魔法の操作を教えた事が確実にシリスさんの不利に繋がってしまう可能性が大きい筈だ、少しだけならまだしもシリスさんに関しては付きっきりで教えちゃってる訳だしな。
その事はシリスさんも分かってると思うんだけど……。
「それは大丈夫よ、元々あの子は大会で勝ち上がろうとは思ってないから」
「えっ、そうなの?」
イリーネの思わぬ返答に俺はつい素っ頓狂な声を出してしまった。
「ええ、そもそもあの子が魔法を練習してるのは
戦争とかになった時に自分の身を守れるようにする為なのよ。だから軍に入る必要は無いし、むしろ本人は入りたくないって思ってるぐらいなの。だから本音を言えば大会に出たくなかったらしいんだけど、仮にも『栄光の世代』の自分が勝手に棄権する訳にもいかないって事で仕方なく参加する事にしたのよ。だから彼女としては別に大会で負けてもいいの」
なるほど、自分の身を守りたいが為に逆に強くなり過ぎちゃったってパターンなのか。他の所でもそういうのは聞いた事があるから別に不思議でもないし、その理由なら大会自体に興味が無いってのも納得だな。
だから今はメクルとの関係を築かせて行く方が大事って事なのか。
「さて、そろそろ私たちも練習を再開しましょうか。リンドウ君にフェレ、行くわよっ!」
話が一段落した所で、イリーネは手を叩きながらテンション高めで俺達にそう告げた。
「ええ、俺もかよ〜!」
「当たり前じゃないっ、私よりも強い貴方はこの学園では一番の練習相手になるのよ、一緒にやってもらわないと困るわ!」
そう言い、イリーネは何の抵抗もなく俺の手を握って無理矢理引っ張り始めた。それに抗える筈もなく、俺はイリーネに引っ張られるがまま彼女に付いて行く。
イリーネって元々距離が近かったんだけど最近は一気に近くなった気がするよな〜。なんか近くなるような出来事あったっけ?
「邪魔すんぞ〜」
流されるがままにイリーネに付いて行ってると、突然いつも通り気怠るそうな様子のオーズスタン先生が訓練場の中に入って来た。
「あれ、どうしたんですかオーズスタン先生?」
「おう、ナツ。練習中の所悪いがちょっといいか?」
「えっ、いいですけど……どうしました?」
「レグリア学園長達にお前を連れて来いって頼まれてな、ちょっと付いてきてくれ」
レグリア達、って事はレグリア以外にも俺を呼んでる人がいるって事か? そもそも何の用なんだろう? ……まあ、イリーネには申し訳ないけどレグリアが呼び出してる以上は行かない訳にもいかないか。
「分かりました。それじゃあ二人とも悪いけどちょっと行ってくるわ」
「はぁ……残念だけど学園長先生の呼び出しじゃ仕方ないわね、またねリンドウ君」
「リンドウ君また明日、ソウ君達には僕の方から伝えておくから大丈夫だよ」
別れを言う俺にイリーネとフェレライさんがそれぞれ応えてくれる。
俺と練習出来る事を楽しみにしていたイリーネは少し残念がってたけど、それでも呼び出したのが学園長っていう事で渋々納得してくれたみたいだ。
「おう、ありがとな!」
そうして俺はオーズスタン先生の後ろに付いてレグリアのいる学園長室へと向かった。




