第七十八話 転校生が来るらしいぞ!
時間は戻り現在、学年別対抗戦が終わってから一週間が経った昼休みのラーンベルト学園の屋上では、竜胆夏がお馴染みのメンバーと一緒に昼ごはんを食べていた。
「まさかイリーネ様とお昼ご飯を食べる事になるなんて夢にも思ってなかったよ……」
「ははっ、たしかに。普通は出来ない体験だよね〜」
一緒に食事を取っていた私に、クララさんとライアさんが食事を箸でつまみながら嬉しい事を言ってくれた。
私、イリーネ・ユグドラシルはこの日、リンドウ君達を誘って屋上で円形に座りながら食事を取っていた。
普段なら王女である自分の立場を考えてあまりこういう事はしないのだけど、今日はリンドウ君達と過ごしたい理由があったのだ。
それには、昨日レグリア学園長から聞いたリンドウ君の話が関係してくる。
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これは昨日の放課後、レグリア学園長に呼び出された私がオーズスタン先生とヘステ師匠と一緒に学園長室でレグリア学園長の説明を聞いていた時の話だ。
「今のは……本当の事なんですか?」
レグリア学園長によってされた説明が信じられ無かった私は思わず聞き返してしまった。
「はい、本当の事です。……オーズスタン先生とヘステ君もあまり理解が追いついていないみたいなのでもう一度、今度はもう少し詳しく説明しますね。
……竜胆夏様は、私の師匠であるブレイズ・コルナ様も在籍していた『黙示録のラッパ吹き』、その団長をされている方です。
そこで恐らく皆さんが気になったであろう、『何故、そんな方が今この学園に在籍しているのか』についてですが、それはあの方の目的である、この学園に蔓延している魔素量至上主義という考え方を変える為です。それによって人類の戦力を底上げしようと考えたのです。
そのため竜胆様はあえてFクラスに入り、学園内で魔素量が無くて弱いと認識されていたFクラスの皆さんを強くする事によって、魔素量至上主義の考え方を変えようとしたのです」
「そ、そこまではいいんです! リンドウ君のあの実力を見た時から違和感は感じていたので、自然と納得は行きます。ただ、私が気になっている所はそこじゃなく……!」
この時、私はリンドウ君の正体についてあまり驚いていなかった。ヘステ師匠やCクラスとの戦いでの彼の異常な強さを目にしていた私は彼の正体が『黙示録のラッパ吹き』の団長だという事をすんなり受け入れられたのだ。
そう、私が気になっていたのはそこではなく、何故あの時リンドウ君が急に叫び始めたのかという事なのだ。
「…………そうですね。たしかに、あの話はすぐに理解出来る訳がありませんでしたか。それではそちらももう一度説明します……何故、竜胆様があの場で急に泣き叫ばれたのかを」
話を続けようとするレグリア学園長の言葉に私達三人は静かに耳を傾けた。
「先程も言った通り、あのグレイプレという魔族は『色欲の魔王』の配下でした。そこでオーズスタン先生、『色欲の魔王』と言えば何を連想しますか?」
「『色欲の魔王』って言やあ、たしか『黙示録のラッパ吹き』が人魔大戦の時に最後に倒した魔王ですよね」
レグリア学園長の問いかけにオーズスタン先生が少し思い出す素振りを見せながら答える。
「ええ、そうです。そこで一つ疑問が生まれて来ると思います。何故、他に魔王が三人も残っているのに『黙示録のラッパ吹き』は魔王討伐を『色欲の魔王』で止めてしまったのか」
「たしかに……私も『黙示録のラッパ吹き』が魔王討伐をやめた時からそれは気になってはいた」
ヘステ師匠を一瞥したレグリア学園長は視線を全体に戻し、一拍を置いてから続ける。
「……それにはいくつか理由がありますが、その中の一つが……『色欲の魔王』を殺した時に竜胆様の心が壊れてしまったからという事です」
その言葉に私達三人はまた言葉を失ってしまった。先程も聞いた話ではあったが、それでもレグリア学園長の言葉の意味があまり理解出来なかったため、どう反応すればいいのか分からなかったのだ。
魔王と言えば人魔大戦において人の住んでいる村や街を無慈悲に焼き尽くしたり、人間を捕らえては食べていた者もいた残虐非道な存在だ。それこそが人類の世間一般的な共通認識なのだ。だからこそ、そんな恐怖の存在である魔王を四人も倒した『黙示録のラッパ吹き』は英雄扱いされている。
それなのに、『黙示録のラッパ吹き』の団長であるリンドウ君はそんな魔王のうちの一人である『色欲の魔王』を殺した事によって、心を壊してしまった。その理由が私たちには検討も付かなかったのだ。
「何故心を壊してしまったのかを詳しく話す事は出来ませんが……『色欲の魔王』を殺してから一週間の間、心を壊してしまった竜胆様は一切食事を取らず、睡眠も取らず、『色欲の魔王』の遺体の側でただただ泣き叫び続けていました」
「だが、先程も聞いたがやはり一週間って……」
「はい、ご想像の通りですヘステ君。一週間の間食事も睡眠も取らずに、ましてやその間ずっと泣き叫び続けるなんて、普通の人間には到底無理な話です。実際、4日経った辺りから竜胆様はろくに声も出ていませんでした。
なので竜胆様をそのままにしておくと疲れ果てて死んでしまう、そう判断した『黙示録のラッパ吹き』の方達は竜胆様を救う方法を考えました。そして長く深い話し合いの結果、あの方達の導き出した答えが竜胆様の記憶を一部改変するという事なんです」
この時の私はあまりの話の大きさに付いていけてなかったけど……心の落ち着いた今なら理解出来る。
この時レグリア学園長の言っていた事を要約するとつまり、リンドウ君の記憶の改変は敵の攻撃による物とかではなく、むしろリンドウ君を守るために『黙示録のラッパ吹き』の方々が行ったという事だ。
「そしてもうお察しだと思いますが、竜胆様があの時泣き叫んでいたのは……師匠達が行った記憶の改変が解けてしまい、あの方の記憶が戻ってしまったからなんです」
レグリア学園長のあまりの話に私達三人は呆気に取られてしまって言葉が出なかった。
そしてしばらく無言が続いた後、レグリア学園長は私たちにこう言った。
『貴方達がこの事をどう受け取って頂いても構いません。今までと変わらぬ様子で竜胆様と過ごすのか、はたまた少し距離を置くのか。それは貴方達の自由ですし、貴方達がどの様な行動を取っても私には咎めるつもりはありませんし、言及するつもりもありません。私はただ竜胆様のあの様子を見てしまった貴方達にはこの事を説明する必要があると思っただけですので。
……ただ、一つだけお願いしたい事があります。それは他の誰か、特にリンドウ様にこの話を絶対に漏らさない事です。グレイプレ一味のアジトでの出来事を見た貴方達はもうお分かりになって頂いていると思いますが、今の竜胆様は少しでも記憶を取り戻すとすぐに壊れてしまう状況にあります。しかし、そんな事はあってはならないんです。
これが私達が犯してしまった行動が原因だという事は深く理解しています。ただ……どうかお願いします。どうか、どうか竜胆様が記憶を取り戻してしまわない様、私達に協力をして下さい。お願いします……!」
そう言い、レグリア学園長は深々と頭を下げた。
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今にして思えば、きっとレグリア学園長がこの事を私達に話したのは協力者を作るためでもあったのかもしれない。レグリア学園長や『黙示録のラッパ吹き』様達だけでは人数的に限界があったのだと思う。だから同じ学園に通っている私、担任教師であるオーズスタン先生、そして界隈を問わず様々な場所に顔が通じている魔法士ギルドマスターであるヘステ師匠に協力を求めたんだと思う。
そして私が今リンドウ君達と一緒にご飯を食べているのは、昨日の話を聞いて早速リンドウ君の様子に変な所が無いか確認をしたかったからだ。
「同級生なんだから様なんて付けなくていいわよ。それに敬語もいらないわ、クララさん」
少し昨日の事を思い出してから、意識を現実に戻した私はクララさんに話しかけた。
「え、ホントですか!? あっ、じゃなくてホント!? う、嬉しい、ありがとう!」
「ううん、こちらこそありがとう」
様を付けなくていいと伝えただけでまさかこんなに喜んでくれるなんて、ちょっと嬉しいかも。
「ていうか話変わるけどよ。フィンラル、大会の時のお前らちょっと理不尽過ぎじゃなかったか?」
「ん? なにがだ?」
喜んでいるクララさんの正面に座っているアルク君が、思い出した様に先日行われた大会について話し始める。
…………一つ気になってたんだけど、フィンラル君は何でここにいるのかしら。呼んだ覚えがないのに気付いたら私の横でお昼ご飯を食べ始めていたのよね。もしかして……他の誰かが彼を誘ったのかしら?
「いや、試合結果が圧倒的だったろ。こっちは全滅したってのにそっちは二人しか落ちてなかったんだぞ?」
私は魔族達に攫われていたからどんな試合だったのか分からないけど、アルク君の口ぶりを聞く限りどうやらかなり圧倒的な試合結果になったらしい。
「そうそう。そもそも私達の中で一番強いドリアド君よりもさらに強いって言われてる『栄光の世代』が二人もいるんだよ? その上なんかSクラスの人達物凄い気迫で戦って来てたし……あんなのどうやっても勝てないってぇ」
「ははっ、たしかに一方的であったであるな……」
少し嘆きながら話に入ったライアさんの言葉にメクル君が同意した。
……でもたしかにライアさんの言う通りね。Fクラスのエースは間違いなく私達『栄光の世代』の次に強いと言われていたドリアド君だ。しかしSクラスの代表には、その『栄光の世代』であるフィンラル君とシリスさんの二人がいた。
いくらFクラスのみんなが強くなっていたとしても、自分達の中で一番強い人よりもさらに強い人が二人も相手にいたら、勝つのは難しいと言ってもいいのかもしれない。
「いや、そうは言うがあの試合のお前たちは中々凄かったぞ。魔素量でかなりの差がある上に、イリーネがいなかった俺達は一つ前のお前達の試合も加味してほとんど油断なくあの試合に挑んでいたんだ。そんな中で俺達Sクラスの内の二人を落とすのは中々出来る事じゃないぞ。
それに最終結果の数字の上では大差になったが、試合内容はかなりギリギリだっただろ。実際に俺達はもう4人ぐらい落ちていてもおかしく無い試合展開だった。俺達をあそこまで追い込んだお前らはむしろ誇るべきだ」
アルク君とライアさんの言葉にフィンラル君はフォローを入れる。フィンラル君は本当に思った事しか言わない人だから、きっと今の言葉も本心から思って言った事なんだと思う。
でも、だとすると結果的には大差だったとしてもFクラスはかなりSクラスを追い詰めたって事よね。
Sクラスの私が言うのもアレだけど、この学園のSクラスは国内でも有数の実力者しかいないクラス。そんなSクラスを馬鹿にされていたFクラスが追い詰めたなんて本当に凄い事だわ。
「え、えへへ……そうか、フィンラル君がそう言うんだったら、たしかに私達は凄かったのかもなぁ」
「お前、分かりやすいな……」
フィンラル君の言葉に分かりやすく照れ始めたライアさんをアルク君は少し笑顔を顔に浮かべながら見る。
この光景……何て言うか少し嬉しいものがあるわね。いや、光景と言うより様子と言った方が正しいかしら。
前までのライアさんだったら自信が無いせいで負けた事に対して逆に必要以上に悲観的になってたかもしれないけど、少なくともBクラスに自分たちの実力だけで勝てたって事が自信に繋がってるお陰で、Sクラスに負けた事をそこまで気にしてない様子だもの。
これはリンドウ君の目的がたしかに成功してるって事なのよね。
「あっ、ていうかナツ! お前レグリア学園長に呼び出された後どこに行ってたんだよ。お前が試合に出れなくなった時はもちろん驚いたけど、その後も三日ぐらい会えなくて心配してたんだぞ!」
そこで、アルク君が思い出した様に話題を変える。たしかメリア様が記憶を改変した後、リンドウ君は三日程お城にあるベッドで寝ていたはず。きっとその事を言ってるのね。
「何してたってそんなもん…………あれ、俺何してたんだ?」
「はあああああ!? え、なに、大会から二週間も経ってねえのにお前そん時何してたか忘れてんの!?」
「いや、違うんだよ。なんか気付いたらベッドの上で寝ててさぁ、お前らと別れた後の記憶が曖昧なんだよなあ。あれ〜、たしかレグリア……学園長に何か指示をもらってた筈なんだけどなぁ」
きっとリンドウ君の記憶が曖昧なのはメリア様が記憶の改変を行ったせいね。多分メリア様はリンドウ君が記憶を取り戻した原因となったあの魔族の記憶を消したんだと思うけど、その影響であの地下室での戦闘の前後の記憶も曖昧になってるのかしら。
「ナツよ、それは大丈夫なのか?」
「ああ、多分大丈夫だと思う。何で記憶を無くしたのかは気になるけど、レグリア学園長達が何も言って来てないって事は多分そこまで問題じゃないんだろ。まあ、何かあったらそん時はそん時だな。……いや〜、それにしてもクララの作ってくれた弁当って美味いよな。ホント毎日作ってもらってありがたい限りだよ」
「え、本当ですか? 嬉しいです!」
自分の心配をするドリアド君に対して、明らかに大丈夫じゃ無いのにリンドウ君は適当な理由を付けて強引に話を切り上げた。
……これもレグリア学園長から教えてもらった事なんだけど、どうやらリンドウ君は無意識の内に、自分の記憶におかしな部分があると自分が気付いてしまわない様に不自然な程強引に話題を逸らす事があるらしい。
きっと今のも無意識の内で異変に気付き、そして無意識の内に強引に話を切り上げたんだと思う。
…………そう思うと、リンドウ君って中々危険な状態にあるんじゃ無いかしら? もしその無意識の内にしてる行動を突然意識してしまう様な事があったら、どれだけ私たちが周りを警戒していても意味が無くなってしまうんじゃないかしら。
「……あっ、そういえば弁当が美味いで思い出したんだけど、明日Fクラスに転校生が来るらしいぞ!」
クララさんが作ってくれた唐揚げを飲み込みながら、リンドウ君は思い出した様に話題を変える。
そして学生なら誰でも興味のあるその話に、Fクラスのみんなはテンションが上がった。
「えっ、某達のクラスに転校生が!? 本当に某達のクラスに!?」
「どんな人かな! 男子かな、それとも女子かな!」
「転校生ですか…………はっ、もし女性だった場合私のライバルになる可能性も……!?」
その中でも特にメクル君、ライアさん、クララさんの3人がそれぞれ興奮気味に喋り始める。
でも、気持ちは凄く分かるわ。私達の通ってる『ラーンベルト学園』が国内でもトップクラスの名門校である以上、編入試験とかが難しいお陰で転校生が入って来る事なんて滅多に無いから。
ドリアド君も声には出してないけど少し興奮している様に見える。
…………あれ、そういえばこういう話に一番喰いつきそうなアルク君が一言も喋ってない様な気がするけど。転校生についてそこまで気になって無いのかしら。
「……いや、お前らまず何で弁当が美味いって話で転校生の事を思い出したのかを聞けよ! 何でスルーすんだよ、意味が分からなかっただろ!」
………………あぁ、うん、たしかにそうよね。よくよく考えたら私もよく分からなかったわ。




