第七十七話 プロローグ
これは竜胆夏が『ラーンベルト学園』に入学する約三年半前の出来事。未だ魔族と人間による戦争、『人魔大戦』が行われていた時の話である。
当時の世の中はハッキリ言って平和などとは無縁な物だった。人間領と魔王領、どちらの地でも休む事なく戦争が行われ、その度にありとあらゆる生物がその営みを終え、次々と悲劇が生まれていった。
そんな戦争を何よりも悲惨な物にしていたのは、双方の陣営によって行われていた市民への略奪行為だった。両軍の兵士は敵の領地にある町や村に侵入する度にそこに住んでいた市民を虐殺しながらありったけの資材を奪っていき、ただでさえ悲惨だった戦争を地獄その物に変えていったのである。
これが人間同士、もしくは魔族同士の間で起こった戦争であったなら、同種族に対する同情などからそういった略奪行為も減っていたのかもしれない。しかし、この戦争で殺し合っていたのは二つのまったく異なる種族だった。そんな彼等に同種族に対する同情の感情など湧く筈もなく、彼等の略奪行為は過激さを増していったのだ。
この様な経緯から、一度戦場になってしまった土地は必ずと言ってもいいほど阿鼻叫喚の蔓延る地獄と化していた。
そしてそんな悲惨な戦場の一つになってしまった魔族領内に位置するとある街の道の中央で、二人の人物が向かい合っていた。一人はこの地には珍しい『刀』という武器を持った少年、そしてもう一人は茶色の肌を持っている、頭に2本の角を生やした魔族の男だった。
いや、向かい合っているというのは少し表現が違う。正確には、息も絶え絶えになりながら膝をついている魔族の男を刀を持った少年が見下ろしていたのだ。
どうやらかなり激しい戦闘が行われていたらしく、二人の体にはありとあらゆる所から血が流れていた。
「…………頼む、そろそろ終わりにしてくれ」
茶色の肌をした魔族が片膝を付きながら目の前の少年に頼む。二人とも血は流れているが、怪我の具合ではその魔族の方が重傷だった。
「……本当にいいのか?」
「ああ、もちろんだ。お前の手で……この悪夢を終わらせてくれ」
「でも、お前にはたしか子供がいただろ。そいつにとってお前は唯一の家族の筈だろ、一人にしてもいいのか?」
「……何を言ってるんだお前は。今まで俺が、どれだけの人を殺して来たと思ってる。それも戦争の敵としてならまだしも、ただただ自分の欲を満たすだけの……!」
魔族の男はそこで言葉を止めた。その先の言葉を口にしてしまうと、強烈な自己嫌悪に襲われてしまうためだ。しかし、少年にはそれだけでその男が何を言おうとしているのか簡単に想像出来た。
「……分かった、そこまで言うなら終わらせてやるよ」
目の前の魔族の男の必死さに観念した少年は、『刀』を鞘から抜き出しながら魔族の男に少し悲しそうな声で告げた。
「ああ、ありがとう……」
「……なあ、死ぬ前に誰かに遺しておきたい言葉とかあるか? それこそお前の子供に対してとかによ。もしあったら俺が伝えてやるぞ」
少年にそう言われ、すぐに自分の子供の姿を思い出した魔族の男は、痛みで苦しそうだったその表情に軽い笑顔を覗かせた。
「ははっ、そうだな。…………とりあえず、あの子には今まで俺を親として慕ってくれてありがとうと伝えてくれ。あいつは賢い子だ……俺が実の親じゃないのはもちろんの事、きっと実の両親が今どうなっているのかも気付いているだろう。……いや、もしかしたらその真相にすら気付いているのかもしれないな……。その真相に気付いてもなお俺を親として慕い続けてくれたあの子には、感謝の言葉しか無い」
「……他に伝えておきたい事はあるか? 例えば、この先一人で生きていく上でのアドバイスとか」
「……ああ、それは心配いらない。さっきも言った通りあの子は賢い子だからな、むしろ俺なんかが何も教えない方があの子も立派に育っていく筈だ」
「……そうか、分かったよ。それじゃあお前が感謝してたって事だけ伝えて…「あっ、すまない。……もう一つだけお願いしたい事があるんだが、いいか?」
まだ他にも伝えておきたい事が残っていた事に気付いた魔族の男は、少し慌てる様に少年の言葉を遮った。
「ああ、もちろんだ」
その事を特に気にもせず、少年は続きを促す。
「もし……あの子が自分の両親の真相について気付いていたら、俺に代わって謝っておいて欲しいんだ。俺があの子に対してやった事は謝ったところで決して許されない物ではあるが、それでもな……」
「……分かった、それも伝えておくよ」
「…………ありがとう。それじゃあ、そろそろ終わらせてくれ」
「ああ……本当にもう、いいんだな?」
終わらせてくれと言う魔族の男に、少年はゆっくりと刀を振りかぶりながら確認する。
「ああ、俺はもう何百年もこの時を待ち望んでいたんだからな……。ただ最後に、友人としてお前に一言言わせてくれ。◯◯◯◯、お前にはこれから様々な災難が降りかかって来るだろう。それがお前の……いや、お前の一族の宿命だ。だが、例えどんなに辛い出来事を目の当たりにしても絶対に負けるんじゃないぞ。お前のその力は、大事な物を守るためにある筈だ。もしお前が屈してしまったら、その大事な物すら守らなくなるぞ、いいか?」
その言葉には、今までで一番強い力が篭っていた。それ程この魔族の男は目の前の少年に今の言葉を伝えたかったのだろう。
「ああ、分かってる」
「……そうか、それならいい。…………いいぞ、もう心残りはもう無い。わざわざ俺の遺言を聞いてくれてありがとう」
「……はっ、全然いいよ」
もうすぐ命が終わろうとしている友人の言葉に、少年は目に涙を浮かべながら答えた。
「さようならだ、◯◯◯◯」
「ああ……じゃあな、グラトニー」
そう言い、少年はグラトニーと呼んだ魔族の首を斬り飛ばした。




