第七十六話 本当によかったんですか?
ギンラの衝撃の報告に、その場にいる全員が一瞬固まる。
「……なるほどな、道理でイリーネが狙われた訳だ」
そしてその沈黙を破ったのはまたしてもダグラスだった。
「そうですね。何故あの魔族達がイリーネ・ユグドラシルさんの血を欲しているのかが謎でしたけど、神の血筋を引いている事が関係していると見て間違いないでしょう」
執務机に座っているダグラスに続いて、今度はメリアが納得した様子を見せた。
イリーネの母親に神の血筋が入っているという事実は、彼らに大きな驚きを与えると共にイリーネが攫われた理由を推察するには十分すぎる内容だったのだ。
「ですが……たしかあの国の王族は神の血が薄まらない様に外部の人間とは一切婚約を結ばなかった筈です。それなのに何故シルファ・ユグドラシルはこの国に嫁ぐ事が出来たんでしょうか?」
そこでレグリアが疑問に思った事を口にする。今の報告によってイリーネが攫われた理由になんとなく納得は行った。しかし、そうなって来ると別の疑問がダグラス達に浮かぶのだ。それは何故『教皇国ルキアス』の王族だったシルファ・ユグドラシルがリーグレッド王国の王に嫁いで来れたのか、という事である。
『教皇国ルキアス』の王族は他国と比べてかなり特殊であり、どれだけ家系図を遡ってもそこに他の一族から来た者の名前は一切無い。言わば近親婚のみを行って来た一族なのだ。その為、その様な一族の一員であったシルファ・ユグドラシルが他の国の王族と婚約を結び、さらに子を産んだ事は彼等にとってかなり異例な出来事なのだ。
「たしかにそうだな。……ダグラス、彼女と直接話す事は出来ないのか? 彼女が嫁いで来れた理由を知るには彼女に直接聞くのが一番だろ」
「ああ、城内にいるから普通に出来るぞ。でも……たしか今は茶会を開いてる筈だからすぐには聞きに行けねえけど」
「え、そうなのか……?」
ダグラスの思わぬ返答にメイゲルは思わず間抜けな声で聞き返してしまう。内容が重大なだけにてっきりシルファ・ユグドラシルは簡単に話せる場所にはいないと思っていたのだ。
「ああ、この報告会が終わる頃には茶会も終わってるだろうしそん時に聞きに行くか。…………よし、イリーネが攫われた理由についてはとりあえずこの辺で終わりにしとくか。そんじゃあギンラ、二つ目の報告に移ってもらってもいいか?」
一つ目の報告についての話がひと段落付いた所で、ダグラスがギンラに次の報告に移るように頼む。
「はい、それじゃあ二つ目の報告に移りますね。二つ目の報告は、とある魔王の陣営に動きがあった事についてです━━」
そうして、定期的に『黙示録のラッパ吹き』やその弟子達の一部が集められて行われる報告会は次の議題へと移った。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
場面は打って変わり周りを森や山などの大自然に囲まれた一軒家の中、ダグラス達が王の執務室で話し合いをしていた頃と同じ時間帯に起きた話だ。
いや、情報に少し足りない部分があったので補足しておく。詳しく言うと、何者かによって破壊された跡が多数残っている大自然に囲まれた一軒家だ。
「失礼します」
その一軒家に背丈が男性の平均身長より少し高く、髭を生やしている男が壊し尽くされている周りの光景にため息を吐きながら入って行く。
「またやってたんですか? 鍛錬をなさるのはいいんですが、周りを壊しすぎです。このままだとまた居場所がバレますよ」
そしてその男は、窓際にある椅子から窓の外の光景を眺めていた青年に話しかけた。どうやらそれなりに親しい間柄らしく、椅子に座っていた青年はその男の姿に特に驚きもせずに話し始める。
「ああ、ごめんごめん。やっぱりどうしてもやりたくなっちゃってね。それで、あの魔族はどうなった?」
「はい、俺達が手助けをしていた魔族であるグレイプレはレグリア達に捕まり、その研究データも渡ったそうです」
「そうか……それじゃあ僕達の作戦は成功したって訳だね。お疲れ様」
「ありがとうございます。ただ……」
自分を労ってくれた椅子に座る青年に、玄関近くで立っていた男は少し申し訳なさそうな顔をしながら続ける。
「どうやらグレイプレと接触した事によってあの方が少しの間記憶を取り戻してしまったみたいです。すぐにまた記憶の改変を行ったらしいのですが、これによって記憶を改変出来る残り回数は一回になってしまいました……」
「大丈夫、それはむしろ想定内だ。それに、君に命じたのはイリーネ・ユグドラシルの《《弁当に睡眠薬を忍び込ませる事》》と《《スミラの結界にグレイプレ達が侵入出来るよう》》人知れず手助けをする事だけ。君はしっかりと自分の仕事をこなしてくれたよ」
しかし、そんな男に対して青年は笑顔で応える。男が申し訳なさそうにした報告は彼にとっては予想出来た事であり、彼としてはその男が自分の命じた仕事をキッチリこなしてくれただけで大満足だったのだ。
いや、むしろ記憶を取り戻してしまったのは彼にとって嬉しい誤算だったのかもしれない。
「ありがとうございます」
「いやいや、全然いいよ。それで、今回の作戦はどうだったかな? 大変過ぎた?」
「……作戦が無事に終わったので正直に言ってしまいますが、俺の『固有魔術』を使ってもやはりスミラの結界に侵入するのは怖かったですね」
「ああ、やっぱりそうだよね。君の『固有魔術』"偽装"は自分の存在そのものすら偽れるとはいえ、あのスミラの結界をすり抜けられるかどうかは五分五分だったからね。今回は常時発動型の結界だった事が助けになった」
「ええ、そうですね……」
青年の言葉に男は心の底から安心した声を出しながら肯定する。それ程彼にとってスミラの結界を無事にすり抜けられるかどうかは不安だったのだ。
「「…………………………」」
そして、会話がひと段落着いた所で二人の間に少し沈黙が流れる。
「あの……本当によかったんですか?」
しばらく沈黙が続いた後、先程から変わらずに玄関近くで立っていた男が少し曖昧な表現で聞いた。
そして男の質問の意図に気付いた青年は背もたれに身を預けながら目を閉じ、少し昔の事を思い出しながら返す。
「……ああ、もちろんだよ。例えかつての仲間と敵対する事になったとしても僕は絶対にこの選択を後悔しない。この道を選んだ時からもう覚悟は出来てるよ」
それは一見すると優しい口調だったが、その言葉の中にはたしかに覚悟という物が混ざっていた。それも決して生半可な物ではなく、確固たる物だ。
彼は二年前、自分の目の前で起こった悲劇を見た時に心に誓ったのだ。例え自分の身にどんな事が起きようと、それでかつての仲間達と対立する事になろうと、自分の選択によって不幸になってしまったあの二人を必ず幸せにしようと。
「……分かりました。その道がとんな物だろうと、師匠が決めたのなら俺はそれに着いて行くだけです」
「うん、ありがとう」
男のその言葉に、前髪によって目元が隠れてしまっているその青年は嬉しそうに微笑みながら礼を言った。
☆☆☆☆☆☆
これにて第二章『学年別クラス対抗戦』編は終わりです。次回から、第三章である『討伐された魔王』編に移ります!




