第七十一話 俺は一度だけ見た事があるぞ!
「何者だお前らは! 何をしにここに来た!」
俺の隣で血抜きの為の管を攫ってきた女に刺そうとしていたデリコルが、崩れた天井と共に入ってきた三人の人間に向かって叫ぶ。
「俺達はそこで縛られてるイリーネ・ユグドラシルの知り合いだ。お前らからそいつを助け出す為に来たに決まってんだろ」
そしてデリコルの問いに無精髭を生やしている男が答えた。
…………それにしてもどうしたものか。まさかここまで早く追い付くだなんて予想もしていなかった。そもそも何故ここがバレたんだ? この娘を攫ってからアジトに着くまでの間に誰にも見つかっていなかった筈だぞ……!
「……そもそもどうやって人間ごときがベンゼルを倒せた! そいつは俺達三人の中で一番強いんだぞ!」
静かに焦っている俺を他所にデリコルは次々とその三人に噛み付いて行く。このアジトがバレた事はもちろんそうだが、人間を下に見ていたコイツはその人間に仲間のベンゼルが倒された事が余程信じられないんだろう。
「……そんなのただ単に俺達がコイツより強かったってだけだろ」
「なんだと? ベンゼルがお前ら人間…「おい」
少し苛立ちながら反論しようとしたデリコルの言葉に被せる様に無精髭を生やした男は重く低い声を出す。
「何をそんなに焦ってんのか知んねえけどそれ以上口を開くな。直接授業を持ったことは無いがな、そいつはよく俺の所に魔法のコツとかを聞きに来てた大事な生徒なんだ。そんな大事な生徒に酷い目を遭わせようとしたテメェらの声なんか聞きたくもねえんだよ」
「な、なんだと! 人間の分ざ……え?」
男の威圧感に少したじろぎながら反論しようとしたデリコルだったが、途中で言葉を止めてしまった。
《ゴオオォォン》
「グハアッ!」
「っ、デリコル!」
次の瞬間、大きな打撃音とともに大きく吹っ飛んだデリコルは後ろにあった壁に強く身体を打ちつけられた。そしてその打ち付けられた衝撃からか、デリコルは壁に張り付けられたまま気絶してしまった。
「……言っておくが、私はオーズスタンほど気が長く無いんだ。オーズスタンが口を開くなって言ったんだからその通りにしろ。じゃないと苛立ちのあまりお前達をすぐに殺してしまいそうになるだろ」
そう言い放ったのはいつの間にか先程までデリコルがいた場所に立っている女だ。だがただ立っているわけでは無く彼女は身体中に電撃の様な物を纏っていた。
攻撃が急すぎてよく見えていなかったがデリコルを吹き飛ばしたのは恐らくこの女なんだろう。
「お前達、人間の分際でよくもデリコルを!」
「っ、待てラタル!」
「『固有魔術』、"透過清過"!」
俺はデリコルが気絶させられたのを見て憤慨するラタルを止めようとしたが、頭に血が上っていていつもの冷静さを失ったラタルに俺の言葉は届かなかった。
そして俺の言葉が届かなかったラタルは『固有魔術』を使って自分の身体を透明にする。
「……なるほどな、お前らはそうやって透明になって学園の中を歩いていた訳か。でもなあ、"火流蝶花"」
「なっ、グアアアアァァァ!」
しかし無精髭の男が言葉を発するのと同時にどこからともなく無数の赤い蝶が空中を舞い始め、そのうちの一匹にラタルは当たってしまう。そして赤い蝶に当たったかと思うと今度は身体が燃え始め、ラタルはその痛みのあまり大きな声を上げながら透明化を解いてしまった。
そして透明化が解かれたラタルはそのままその場で気絶する。
「アホかよテメェ、こんな至近距離で体だけを透明にしたって音とか気配で居場所がバレるに決まってんだろ。少しは頭を使いやがれ」
…………何なのだこの二人の強さは。たしかにラタルとデリコルの二人には油断や焦りがあった。だがそれでも実力だけで言えば俺の部下の中でも5本の指には入るんだぞ。そんな二人をこうもあっさりと倒してしまうとは……!
「さて、残るは一人か。……こいつも私がやらせてもらうが二人とも異論は無いな?」
俺が二人の強さに戸惑っていると、デリコルを倒した女が電撃を纏ったまま俺の方に歩み寄って来た。先程から思っていたが、こいつは他の二人に比べて俺達への怒りが多い様に感じる。
「いや、ちょっと待ってくださいヘステさん」
しかしその女の動きを先程から後ろで立っていた少年が止めた。
「……なんだいリンドウ君。もしかして邪魔をするのかい?」
「いや、そういう訳じゃないです。むしろヘステさんの気持ちを考えるなら止めない方がいいとも思いますよ。ただ、ヘステさんの場合やり過ぎる可能性があるんですよ。相手が予想以上に弱くてイリーネを守れなくなる可能性がなくなったのは嬉しい誤算でしたけど、それと同時に弱すぎたんです。
こいつらを捕まえて目的とか学園への侵入方法とかを聞き出さなきゃいけないのに、このままのヘステさんだと相手を殺してしまう可能性があって情報が聞き出せなくなるかもしれないんです。それだと次の為の対策が出来なくなってしまいます。だからどうかここだけは怒りを抑えて俺にやらせて下さい。
それに、大切な弟子の前で怒りのあまり相手を殺してしまう自分を見せたいですか?」
少年の言葉に、電撃を纏った女は俺の後ろにいる縛られた娘を一瞬見てから少し考えた。
「……………………分かった、ここは君に任せるとするよ」
そして少年の言葉で少し冷静になれたのか、不服そうではあったがその女は纏っていた電撃を消して大人しく後ろに下がった。
しかしあの少年、今あの女を宥める時に聞き捨てならない事を言ったな。
「ありがとうございますヘステさん。…………そんじゃあそこの魔族、今度は俺とお前でやろうか」
「……ああ、そうだな。ただその前に一つだけ聞かせろ、俺達が弱すぎたとはどういう意味だ?」
「そのままの意味だよ。学園の結界をすり抜けて侵入して来たからそれなり強いのかと思ってたけど、俺達にやられた他の三人はもちろんの事お前も見た感じそこまで強そうじゃ無いしな。まあ、正直お前らが弱かったのはこっちとしてはかなり助かったけど」
「…………お前達に倒されたデリコルやラタルはともかく、まだ戦ってすらいない俺まで弱いとほざくか。…………いいだろう、それでは今からその判断が間違いだったと後悔させてやる!」
そう叫びながら俺は戦闘体制に入る。
正直先程までの俺は戦う意思など無く、どの様にして後ろの娘を抱えてこの場から逃げ去るのかしか考えていなかった。しかしここまで馬鹿にされてしまっては戦わない訳にはいかない。
「ああ、後悔させてみろよ」
そして俺が構えたのを見て、俺を馬鹿にしたその少年は鞘に収まっていた剣を抜きそれを真正面に構える。
…………いや待て、あれは本当に剣なのか? たしかに一見剣の様な形をしているが、あんな形状の物は見た事がないぞ。しかも取り出したのは魔剣ではなく性能で圧倒的に劣化している実物の剣とは……そんな物好きな奴は見た事が無い。人間との戦争や魔族同士での争いで様々な敵と戦って来たがここまで異質な奴は初めてだぞ。
…………………………っ、いや違う! ある、俺は一度あの剣を見た事があるぞ! そうだ、直接戦った事が無いから最初は気付けなかったが俺は一度だけ戦場であの剣とその使い手を目にしているんだ! 一度見てしまえば一生忘れられないであろうあの姿を!
ま、まさか…………つまり、俺の目の前にいるコイツはそういう事なのか!? な、何という事だ! 俺は先程までこんな化け物と戦おうとしていたのか!
「客観的に言わせてもらうけどお前が俺に勝てるだなんて微塵も思わない方がいいぞ。今から俺に負ける覚悟をしといた方が賢明だ」
「ま、待て!」
これから戦うという時に流れを切った俺の言葉にその少年……いや、その化け物は首を傾げた。
「俺は人間軍と魔族軍の戦い、人魔大戦の戦場にいた。そしてその時に『黙示録のラッパ吹き』の姿も見た事があるのだ。もちろん全員の姿をな! そして魔剣ではなく実物の剣を扱う上にその独特な剣の形状…………ま、まさかとは思うがお前は……!」
俺の言わんとしている事を察したのか、目の前の化け物は一旦力を抜いて構えを解き、右手に持っている剣の刃先を俺に向けてから言い放つ。
「……はあ、なんだ俺の事知ってやがったのかよ。じゃあ改めて自己紹介がてらにもう一回だけ聞いといてやるよ…………『黙示録のラッパ吹き』団長、竜胆夏に負ける覚悟は出来たか?」




