第五十九話 ま、魔剣……
レグリアとスミラがイリーネの誘拐について話し終わって試合の観戦を始めた時、FクラスとBクラスの試合は佳境に入っていた。
ネイル達の道路とメクル達の道路の戦いが終わり、この試合で最後の戦場となっていたのはドリアド達のいる道路だ。
そこではドリアドとライアの二人が、試合前にFクラスの控え室に来ていたバロルとソルニス、そして以前の決闘でドリアドとの対戦経験があるボヨンと戦っていた。
「くっ、Fクラスの分際でここまで粘るとは!」
「落ち着いてボヨン君。そんなに苛立ってたら勝てる物も勝てなくなるよ」
戦闘が思い通りに行かなさすぎて大きく文句を垂れたボヨンを彼と一緒に戦っていたソルニスが宥めようとする。
「うるさいぞ! 逆にお前はよくこの状況で平然としていられるな!」
「それはだ……っ、ボヨン君避けて!」
「ぬっ!」
ソルニスの言葉で自分に迫って来ていた土の塊に気付いたボヨンは右に飛んでその豊満な身体を揺らしながら避ける。
「不意打ちとは卑怯だぞ! 恥を知れ!」
無事に避けたボヨンはその土の塊を撃った相手に怒号を上げた。
「今は戦闘中だよ! そんな時に会話してる人に不意打ちだとか言われる筋合いは無いね!」
「なっ、クズのくせに余に向かってそんな詭弁を並べるなど……!」
その土の塊を撃った相手であるライアは正論で返すが、ボヨンはその言葉にまったく納得しなかった。
「そもそも何故お前なんかが余の相手なのだ! 決闘で余の楽しみを奪ったドリアド・ドドンガでは無く!」
会場全体で見たら一つの戦場になっているこの道路でも、細かく分けたら二つの場所で戦いが繰り広げられていた。
一つ目はライアによるボヨンとソルニスとの戦い、もう一つがドリアドとバロルによる戦いだ。
そしてこの男、ボヨン・ボヨヨンは以前のドリアド達との決闘で負けた際にドリアドの出した条件によって、二度と立場を利用して女性に無理矢理迫る事が出来なくなっていた。
普通ならそのようなふざけた条件を出されても何の問題も不満も出ないはずだが、自分の楽しみを奪われたボヨンはドリアドの事を酷く恨んでいた。
そのため自分を相手しているのがドリアドでは無い事に不満を持っているのだ。
「はっ、決闘の仕返しがしたいんだろうけど、そもそも私一人相手に手こずってる時点でドリアド君に勝てるわけ無いじゃん」
「なに!? 余がお前ごときに手こずっているだと? 世迷言はそれまでにしておけ! "魔剣現出"!」
ライアの煽りによってただでさえ全面に出ていた苛立ちがさらに激しくなったボヨンは、その勢いのまま自分にとっての切り札である『魔剣』を手に持つ。
『魔剣』は扱う人が自分の好みに形が変えられる物だ。ボヨンはそんな『魔剣』を一般的な大きさの水の槍の形にしていた。
「"水球乱舞"!」
魔剣を手に握ったボヨンが最初に使ったのは決闘の時にも使っていた辺り一面に水の球を浮かべてそれを操る魔法だ。
「行け!」
そしてライアを中心にして現れた十数個の水の球のすべてをボヨンはライアに向けて一斉に撃つ。
「"土周岩壁"!」
しかし、それはライアが自分の周りに作り出した壁によって阻まれてしまった。
二人の魔素量の差を考えればライアの魔法が『魔剣』まで出したボヨンの魔法を止められる事はまず無い。だが、今ボヨンが撃った"水球乱舞"は操作に重点を置きすぎたあまり威力がおざなりになってしまっていた。そのため本来止められる筈のないライアの土魔法でもボヨンの魔法を止められたのだ。
これに関しては、ボヨンが自分とライアの魔素量の差を過信してしまったのも一つの原因と言えるだろう。
「なっ、余の魔法を止めるとは小癪な!」
しかし、そんな事に気付く事もなく自分の魔法を止められた事にボヨンは声を出しながら驚いた。ライアはそんなボヨンの様子を気にもせずに次の魔法を撃つ。
「"地殻隆起"!」
「ぬっ!」
「こ、これはっ!」
ライアが地面に手を当てながらそう叫ぶとボヨンとソルニスの立っている地面が急に盛り上がり、二人は思わずバランスを崩した。
だがライアの魔素量が少ないせいか地面の盛り上がりはそれ程大きく無く、ボヨンとソルニスがすぐに立て直せる程度の威力だった。
一瞬驚いたボヨンもその事に気付くとすぐに余裕そうな顔を見せる。
「はっ、所詮はFクラ…「"断崖土壁"!」
だが、ライアの攻撃はこれで終わりじゃない。
ボヨン達がバランスを立て直した直後にライアはまた別の魔法をボヨンに向けて使う。
ライアが使ったのは、メクル達と戦っていたルークが使っていた地面から土の壁を出して相手の攻撃を防ぐための魔法だ。
「ぬっ、うわあああああ!」
しかし、ライアはそれを違う目的で使った。ライアは本来であれば自分の近くなどに出す土の壁をボヨンの真下から出して、その勢いでボヨンを空中に飛ばしたのだ。
そしてボヨンは宙に飛ばされた勢いのあまり平衡感覚が崩れてしまい、思わず手に持っていた槍も離してしまう。
「ボヨン君! "雷道砲"!」
それを見たソルニスはライアがボヨンに追撃出来ない様に、すぐにライアに向かって適正属性である雷魔法を撃とうとする。
ほとんど迷わずに迅速にライアを攻撃をしようとしたのは素晴らしい判断力だった。本来ならこの攻撃によってボヨンを助けられて、そこから攻勢に出られただろう。
「"断崖土壁"!」
「えっ!?」
しかし、ライアはソルニスのその攻撃を読んでいた。ライアはソルニスが自分に向けて魔法を撃ち終わる前に彼女の真下に土の壁を出して、ボヨンと同じ様に彼女を空中に押し上げる。
(やっちゃった! まさか私もボヨン君と同じ手に掛かるなんて! ……いや、でもよくよく考えたら彼女にはすぐに追撃出来る手段は無いはず。ならすぐに体勢を立て直して攻撃に移れば!)
二人とも飛ばされてしまった事にソルニスは一瞬焦るが、すぐに今の状況を思い返して冷静さを取り戻した。
今までのライアの魔法からして、メクルの様な特殊な存在でも無い限りライアの適正属性は土魔法だとソルニスは思った。
そして土魔法は地面から直接撃てば速度は上がるが、それ以外となると戦闘五属性の中で一番遅い。
そのため体勢を立て直せるぐらいの時間はあるとソルニスは判断したのだ。
「"水刃"!」
ソルニスと同じ様に考えたのか少しだけ落ち着きを取り戻したボヨンは、先に上に飛ばされていた分ソルニスより早く空中で体勢を立て直してライアに向けて水の刃を撃つ。
「っ、あぶな!」
そしてその攻撃に気付いたライアは前に飛びながらそれを避けて、そのまますぐにボヨン達に向けて追撃をする……かと思われた。
(あれ、ボヨン君の攻撃を避けたのに追撃して来ない!?)
ボヨンの攻撃を避けたライアは追撃をしようとせずにその場で足を止めたのだ。
そんなライアの追撃に備えて魔法の準備をしていたソルニスはその様子にはっきりと戸惑いを見せる。
「ははっ、余の魔法の威力に怖気ついたか! ならばそのまま潔く負けてしまえ!」
(いや、"水刃"よりも威力の高い魔法を散々受けて来たのに今さら怖気つくはずが無い。じゃあなんで止まってるの? ……いや、いずれにしても私達はもうすぐ地面に着地出来る。どんな理由があったのかは分からないけど追撃して来なかったのは悪手だよ!)
そして無事に着地出来たボヨンとソルニスはライアに手の平を向けて魔法を撃とうと魔法陣を描く。
(今までよく私達相手に戦えてたけど、それもこれで終わ…「"魔剣現出"!」
「…………え?」
しかし、その魔法が撃たれる事は無かった。ライアが叫んだ言葉、そして彼女の両手に握られている物に驚いて魔法を中断してしまったのだ。
彼女の両手に握られていた。いや、正しく表現すれば両手を覆っていたのは茶色のいわゆる籠手と呼ばれる武器だ。
籠手という武器自体はそこまで珍しいわけでも無く特段注目する様な物では無い。問題はその籠手の現れたタイミングと材質だ。
その籠手はライアが「"魔剣現出"」と叫んだ直後に現れ、さらに見た目からして金属では無く彼女の適正属性と同じである土から出来ている事が分かる。
つまり、いま彼女が手に持っているのは……
「ま、魔剣……」
ソルニスがそう呟く。
そう、『魔剣』だ。Bクラスでもボヨンとバロルしか出す事の出来ない『魔剣』を、Fクラスであるライアが出してみせたのだ。
「よ、よし出せた! 行くよ!」
自分が『魔剣』を出せた事に声を上げて喜んだライアはボヨンに向かって走り始める。
「くっ……ん? っ、しまった!」
それに対してボヨンは急いで自分の『魔剣』である槍を構える素振りを見せる。しかし先程空に飛んだ時に槍から手を離してしまったため、彼の手元にはライアの攻撃を防げる槍が残っていなかった。
「"水刃"!」
だが、だからと言って自分の槍を取りに行く時間は無い。そのためボヨンはライアを近づけさせない様に水の刃を撃つ。
「おっと!」
「なに!?」
迫って来ていた水の刃をライアは軽く左に飛びながら避ける。
普段であればこの刃はライアの足止めが出来ていただろう。しかし、ライアが『魔剣』を出した事に対して動揺してしまっていたせいでボヨンはまともに魔法を撃つ事が出来なかったのだ。
そのため威力も照準もおざなりになってしまい、ライアは簡単に避ける事が出来た。
「喰らえええ!」
水の刃を避け、いつの間にかボヨンのすぐ側まで迫っていたライアは籠手を装着している右手を大きく振りかぶって全力の一撃をボヨンの顔面に喰らわせる。
「ぶぅっ!」
そしてその一撃によってボヨンは大きく宙を舞って少し離れた場所まで飛び、そのままその場で気絶してしまった。ただでさえ顔面に喰らっているのに、その上『魔剣』で出来た籠手での一撃なら一発で気絶してしまうのも無理はない。
ライアに喰らったダメージが結界の基準を超えたと判断されたボヨンは、結界の能力によって外に転移された。
Fクラスの生徒が正真正銘自分一人の力で、格上であるBクラスの生徒を倒してみせた瞬間である。




