第五十話 イリーネの姿は無かった
イリーネがグレイプレ達に拐われている頃、Fクラスの控え室前では突然の俺の宣言に全員が声には出さないものの少なからず驚いていた。
「…………それは、貴方が出なくてもFクラスの実力なあれば我々には勝てるという余裕の表れですか?」
そして、一番先に反応したのは目の前に立っているバロル君だった。ただ、怒っているという訳では無くただ確認の為に聞いてるみたいな感じの口調だ。
「いや、余裕とかじゃない。観客の魔素量至上主義の思想を変える為に俺は戦闘に関わらない方がいいんだよ」
「………………お前が戦闘に参加してたら、たとえ俺達が勝ったとしてもそれはお前が例外なだけって観客の目に映るだけで思想自体は変えられないって事か?」
さっきまで俺と話してた位置からソウが聞いてくる。
「ああ、その通りだ。最初の試合で俺達FクラスがCクラスに勝った事によって観客達に衝撃が生まれて、魔素量が少ない人でも多い人に勝てるっていう事を証明出来た。
ただ、さっきの試合を俺が一人で終わらせたせいでもし次の試合でも俺が力を振るった場合、『魔素量が少ないのに勝てた』じゃなくて『俺が異常だから勝てただけ』に認識が変わる可能性がデカい。つまり俺が例外扱いされて終わるだけになるんだ。
だから、この先のFクラスの扱いとかを考えると次の試合で俺は一切手出ししないのが得策なんだ」
「…………いや、じゃあ何で最初の試合であんな派手にCクラスを倒したんだ? あんな事をしなければ君は次の俺達との試合でも戦闘に参加出来ただろ」
と、ここでバロル君と一緒に控え室に来た二人の生徒のうちの男子生徒の方が質問して来る。
「最初の試合のは言わば下地だ。魔素量至上主義の貴族達は10年以上その考えのまま生きて来たせいでその思想が深く根付いてて簡単に捨てられない。
だから、あの試合で普通に勝ってたとしてもほとんどの貴族はFクラスが『強い』っていうのを受け入れられずに、『偶然』や『卑怯な手を使った』って考え始める。
でも、そこは受け入れて貰わないと困る。だからCクラスに派手に圧勝したっていう強い衝撃を観客に与え、『Fクラスは強いんじゃないか』って印象を強く残しておく事によって彼等が『Fクラスが強い』って事実を受け入れやすくなるようにする下地を作る必要があった。
試合の直前までどうやってソウ達に圧勝してもらおうか考えてたけど、結局俺が一発で全滅させれば済む話だって事に気付いたんだ。
幸いあの方法だと衝撃が強すぎて『俺達が卑怯な手を使った』って考えも出て来なかったみたいだしな」
「え、Fクラスの『笑いを取りに行かないといけない』という謎ルールを回避する為ではなかったのであるか?」
俺の説明が終わった所でメクルが思い出したように聞いて来た。
「いや、それもある。俺が一振りで圧勝するって方法はどっちの目的も果たせるからな。ただお前ら試合の直後にさっきの説明をしても理解出来る程の余裕無かったろ。だからあの時は『笑いの回避』の方の説明だけをしたんだよ」
「な、なるほど……」
……今の説明でメクルだけじゃ無くてこの場にいる全員が納得してくれたみたいだな。
「という訳で、俺は次の試合一切戦闘に参加しない。ただバロル君、だからって舐めて掛からない方がいいぞ。俺のクラスメイトはドリアドとメクル以外も曲者揃いだからな」
「……そういう理由なら貴方が我々との試合で戦わないというのにも納得出来ます。ふふっ、ではFクラスの方々。貴方達の実力を目の当たりに出来る事を楽しみにしてますよ。じゃあ行きましょうかソルニスさん、ギダス君」
「おう、じゃあなFクラス」
「では、また後程お会いしましょう」
そう俺らに告げて、バロル君達三人はBクラスの控え室に戻って行った。
バロル君達がいなくなってから少し間を置いた後、俺はくるりと反転して皆の方に体を向ける。
みんなの表情を見てみると、すでに覚悟を決めた奴がいたり、困惑してる奴もいたり、よく分からん笑みを浮かべてる奴もいたり、みんなかなりバラバラだった。そんな彼等に俺は少し笑みを浮かべながら声を掛ける。
「……という訳だ皆。俺はお前らならBクラスに勝てると思ってる。次の試合、がんばれよ」
俺がこの学園に来た目的を果たすにはまずお前らだけでBクラスに勝ってもらわないといけない。じゃないと次の段階に進めないからな。完全にお前ら任せになってる様で悪いけど、俺も出来る限りの事は教えたつもりだ。
……頼むぞ、みんな。
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場面は打って変わって学園の敷地内に建てられた女子寮の中。FクラスとBクラスの試合が始まろうとしている中、一人の男子生徒がその寮の廊下を急ぎ足で歩いていた。普段はお喋りをしている女子生徒で賑わっている廊下も、今はその男子生徒しかいない為静まり返っている。
「はあ、まったく……。何故俺が女子寮の中を歩くはめになっているんだ……!」
その男子生徒、フィンラル・アークンハイドは別に好んで女子寮を歩いている訳では無い。普段は冷静沈着な彼があからさまに赤面しながら焦っているのがその証拠だろう。彼が本来男子禁制であるこの寮にいるのは、昼ご飯のサンドイッチを食べている筈のイリーネに用があったからだ。
「そもそもハンカチなどイリーネが戻って来た時に渡せばいいだろう……!そうで無くとも女性が届けに行けばいい。何故俺なんだ」
フィンラルが女子寮に入っている理由、それはイリーネに彼女が落としたハンカチを届ける為である。だがイリーネは今自分の部屋に戻っており、別にハンカチを落としていても室内に代用品があるためこれと言って困る事は無い。あとで渡せば済む話だ。
その事をフィンラルはクラスメイトに伝えたのだがクラスメイト、特に女子生徒達が頑なに届けに行くべきだと言い放ったのだ。
もちろんフィンラルはそんな彼女達に自分では無く女子生徒が行くべきだという事も伝えた。しかし、何故か強引な彼女達の勢いに呑まれてしまって結局自分が行く事を了承してしまったのだ。
だがそれでも流石に女子寮に入る訳には行かない。なので寮に入る前に寮長に会い、イリーネにハンカチを届けるよう頼んだのだが、何故か寮長はフィンラルが女子寮に入る事を許可してしまったのだ。
そこで女子寮の寮長が男子生徒が入る事を許可していいのかと問いただすと、寮長から驚くべき発言が飛び出して来た。『大丈夫よ、フィンラル君は女子生徒みんなに信頼されてるわ。貴方なら変な事はしないでしょ?』
その言葉にフィンラルは少し危機感を覚えた。自分が信頼されている事は素直に嬉しいが、いくら何でも緩すぎ無いかと。もし自分の本性がただの獣だった場合どうするつもりだったのかと。
だがこの寮長が緩いのは学園内ではかなり有名な話の為、ここで彼女と口論をしてもあまり意味は無い。そう判断したフィンラルは渋々女子寮に入り、今に至るという訳だ。
「何故学園長はあんな緩い人を女子寮の寮長に置いているんだ……! そもそも若すぎる。見た感じ20代前半といった感じだぞ。あの美貌、男子生徒の興奮を誘ううなじを露わにしているポニーテール、そして何と言っても出る所は出ていて引っ込む所はしっかりと引っ込んでいるあの引き締まった身体。あれは学園の職員としてどうなんだ……! 今度学園長に直接問いただしに行かないと気が済まないぞ!」
もしこの場に人がいたら誰もが思わず振り向いてしまう程の早口を口にしながらフィンラルは進んで行く。
「……ふぅ、ようやく着いた。すぐにイリーネに渡す物を渡して出て行こう」
そして、やっとの思いでフィンラルはなんとかイリーネの部屋の前に辿り着いたフィンラルは一呼吸置いてから扉をノックする。
「イリーネ! お前が落としたハンカチを届けに来たんだが今大丈夫か? ちなみに何故俺がここにいるのかは聞かないでいてくれるとありがたい。俺にもよく分かってないんだ」
『……………………』
「ん? イリーネ、いないのか?」
イリーネからの返事が無いことに少し違和感を覚えたフィンラルはもう一度ノックする。
『……………………』
しかし、やはり返事は帰って来なかった。イリーネは誠実な人間だ。無視をしているという事は無いだろう。なので、返事が返って来ない事に関してフィンラルの頭には三つの理由が浮かんだ。
一つ目はイリーネがサンドイッチに夢中になり過ぎて気付いていないという事。正直これは十分にあり得る。イリーネは普段から王女としてとてもきちんとしている。しかし、サンドイッチに関しては別だ。彼女はサンドイッチに目が無く中等部の頃、美味しそうなサンドイッチが目の前にあるだけで周りのほとんどの情報を遮断してしまう事が多々あった。今回もそうなっている可能性が大いにある。
二つ目は寝てしまっているという事。しかし、これは無いだろうとフィンラルは早々に結論付けた。フィンラルはイリーネと付き合いが長く、お互いが幼い頃から知っている。そしてその長い間、イリーネが昼寝をしている所をあまり見たり聞いた事が無いのだ。たしかにしてる時もあったが、少なくとも今日の様な大事な日にした事は一度も無かった。
そして三つ目はイリーネがそもそも部屋にいないという事だ。しかし、これも可能性は低い。まず寮長がフィンラルを通した時点で少なくとも寮長はイリーネが外出した事を確認していないという事になる。
そして寮の出入り口が一つしか無い以上、出入り口が丸見えである寮長室にいる寮長が寮を出るイリーネの姿を確認出来ていない筈が無い。
そうなると寮内のどこかにいるという可能性も出て来るが、それも可能性は低い。女子寮に限った話では無く、『ラーンベルト学園』内にあるすべての寮は学生達の個室しか無く娯楽施設などは別の建物に設置されている。そのためイリーネが寮内で彷徨いてるとは考えにくいのだ。
という訳で自動的に一つ目の可能性に落ち着いたフィンラルは少し迷った後、もう一度軽くノックしてからイリーネの部屋に入る事にした。
「イリーネ、入るぞ」
返答が無かった為部屋に入るのは抵抗があったが、このままだと長時間部屋の外で待つ事になっていた為仕方がなかった。中に部屋主がいるだろうし、彼女が自分に気付いてから謝ればいいと判断してフィンラルは扉を開けた。
しかし……
「……………………イリーネ?」
その部屋の中に、イリーネの姿は無かった。




