第四十一話 なあ、キレていいか? いいよなあ?
「グレイプレ様、こちらにいらっしゃいましたか。このような薄暗い場所ではなくたまには日の光を浴びませんと」
「はあ、ラタルの言う通りですよ。グレイプレ様ずっとこんな所にいて気が滅入りませんか? 俺はちょっといただけでも気分が下がりますよ」
「ははっ、その通りだなぁデリコル! 気分が下がりすぎて人間共をぶっ殺したくて堪らなくなっちまってるぜ!」
薄暗く、とても人が生活できるような明るさでは無い部屋に入ってきた三人の男は、元々その部屋で机に向かって立ちながら紙を持って考え事をしていた男に話しかけた。
ただひとえに『男』と言っても、四人の外見は『男』と言われてすぐに頭に浮かぶような姿ではない。体のほとんどは従来の人間と同じで大差無いのだが、特筆すべきはその異質な肌色と頭の上に生えている二本の角だ。
肌色は人間とは思えない緑一色で、人間の街中を歩いていたら必ず通報されていただろう。もちろん彼等の種族にとってはこの肌色が当たり前なのだが、見慣れない人間からすると恐怖の対象になってしまう。角は山羊などに付いている物と酷似しており、大きさはそこまでは大きくなく身体とのバランスが程よい物となっている。
これらから分かる通り、彼等は人間ではない。寧ろ人間に敵対する存在だ。人間を日々恐怖に陥れる魔物の中でも珍しく知性を持ち、七人のうちのいずれかの魔王に仕える種族、魔族なのだ。
「ああ、お前らか。何のようだ? 俺は作戦のことで忙しいと伝えていたはずだろう」
部屋に入ってきた男達にグレイプレは持っていた紙を机に置き、返事をする。
「作戦など考えて意味があるのですか? 相手は劣等種の人間です。そんな物立てずとも人攫いなど楽々と出来るでしょう」
「ラタル、人間を侮るなと何度も言っているだろう。そのせいで魔王が何人も倒されたのを忘れたのか?」
作戦など無意味だと言うラタルに、グレイプレは何度も説明しただろ、という呆れた雰囲気を出しながら注意する。
「いやいやグレイプレ様。ラタルの言う通りです。その魔王共は所詮魔王の器ではなかったんですよ。『黙示録のラッパ吹き』とかいうふざけた集団にやられた奴等ですよ? そんな奴等と俺達を一緒にしないで頂きたい。なあ、ベンゼル」
「ギャハッ、その通りだなぁ。所詮は雑魚だったんですよその魔王もどき共は。ギャハハハハハハッ!」
自分の注意に真っ向から反論する部下達にグレイプレは心の中で頭を抱える。何故そこまで楽観的なのか、と。
しかし彼等が楽観的になるのも理解は出来る。彼等は自分とは違って『黙示録のラッパ吹き』を実際にその目で見た事が無いのだ。彼等の強さ、そして異常さを。やられた魔王達が弱かった筈がない。何故ならそれぞれがすべての魔物や魔族の頂点に君臨し、長い時を生き続けた存在だったからだ。ただ『黙示録のラッパ吹き』はそんな魔王達を倒せるほどの力を有していた。それほどまでに『黙示録のラッパ吹き』は強い。
だが理解できるからと言ってその発言が間違っていないかと問われれば話は別だ。魔族の頂点である魔王達を雑魚と評する部下達の現実の見えていなさにグレイプレはいつも頭を悩ましている。
「はあ、まったく。好きに考えておけ。ただその油断で殺られたとしても俺は責任を負わんぞ。で、俺に何の用件なんだ?」
そう言いグレイプレは半目でしかラタルの方を向いていなかった自分の体を半転させ、真正面から彼等の方を見た。
そしてその問いに三人を代表してラタルが答える。
「ええ、先程のお話と似たような事なのですが、そもそも隠密に目的の人物を攫うのは必要な事なのですか? そもそも学園の人間共など皆殺しにしてから堂々と攫えば済む話なのではないでしょうか」
呆れて言葉が出ない。グレイプレが最初に浮かんだのはその言葉だ。彼等が人間を侮っているというのは日頃の会話からも明らかだった。だが、いくらなんでも侮りすぎている。その侮りが敗因になりうるにも関わらずだ。
今回対象を攫う時間帯として選んだのは対象が魔法師養成学校にいる間だ。その理由としては彼女が学園にいる間が彼女の周りの警戒が一番薄くなっていて隠密に攫うには一番適している時間帯だからなのだが、逆に真っ向から学園の人間を排除しまくる作戦となると数の暴力によって四人は必ず返り討ちにあってしまう。
そんな事も想像出来ていない部下にグレイプレは呆れているのだが、いくら呆れているとはいえ彼等がこの心構えのままでは作戦に支障をきたす。そのため彼は今回の作戦についてもう一度詳しく説明することにした。
「はあ、わかった。では今から今回の人攫いの概要と要点を教える。もう二度と言わないからしっかりと聞け。そして《《あのお方》》のために俺達が存在している事を肝に銘じておけ」
その言葉の後にグレイプレは三人に作戦の概要を改めて伝えた。
そして同時に考える。果たしてこのような不甲斐ない部下達を連れて作戦をつつがなく実行出来るのかと。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
グレイプレ達のいた薄気味悪い空間とはうって変わってそこは豪華で明るい場所だった。豪華な飾り付けがされており、その豪華な空間の一番奥には巨大で煌びやかな、この国でも一人しか座ることが許されない椅子、玉座が置かれていた。
そう、ここは玉座の間。リークレッド王国の王城の中にある、王が外国の使者など様々な人間と面会する場所だ。
そしてそんな玉座の間の端で立っている大臣達は遠くから見ても分かるくらい緊張していた。ある者は震えていたり、ある者は尋常じゃないほどの汗をかいていたり。ただ、その緊張は決し恐怖から来る物ではない。彼等の目の前で談笑している人物達への憧れから来るものだ。
大臣という国でもトップの地位に立つ彼等が震えたり汗をかいたりするほど緊張する存在、それは……
「いや〜、久しぶりだなメリアとメイゲル。一年半ぶりとかじゃないか?」
玉座で座っていた金髪のオールバック、いい具合に筋肉が付いている健康的な体格をしていて笑顔が似合いそうな、王様にしては若すぎる男性が玉座の前に立っている女性と男性に話しかける。
女性の方は白色の修道服を身につけていて、腰まで下げている長い銀髪と豊満とまでは言わないが十分魅力的な身体、そして彼女の雰囲気をより増加させている彼女特有の細目。それらすべてが相まって神秘的な雰囲気を醸し出していた。
そしてその女性の隣に立っている男性は、茶髪を携えていて、常にキリッとした顔とこの玉座の間においても鎧を着ている事からいかにも堅物という印象を受ける。
補足すると三人とも学生までは行かないが若く、その年齢は二十代くらいだ。
「ええ、そうですね。最後に会ったのは貴方が王になった時だったと思います」
「………………」
玉座の間に座っている男性に女性が微笑みながら答え、堅物な印象を受ける男性は微動だにしないままキリッとした顔をしていた。
「それでダグラス。一つ質問があるのですけどいいですか?」
「おう、なんだ?」
女性の質問に玉座の男性はポーズを変えないまま答えようとする。
「貴方、そのポーズはなんのつもりでしょうか?」
女性は玉座の間に入った時から気になっていた事を玉座の男性に質問する。玉座の男性は今、背中を後ろにつけ、偉そうに脚を組み、さらに頬杖を付いているという典型的な偉い人のするポーズを取っていた。女性はその事が気になって仕方なかったのだ。
「ああ、これか? 簡単だよ。俺は今王なんだ。いくらお前らが『聖女』とその従者とは言え立場的には俺の下だろ? だったら立場が下の人間にはそれ相応の対応をしないとなぁってだけだよ」
玉座の男性の答えを聞いた女性は少し黙ってから、堅物そうな男性のいる右側の手を上げながらいい放つ。
「…………そうですか、分かりました。メイゲル、やりなさい」
「承知いたしました。"魔剣現出、土だ……「ちょっと待て!」
女性の合図で堅物そうな男が魔剣を現出させて玉座の男性を攻撃する体制に入った途端、玉座の男性は玉座が飛び降りながらストップをかけた。そしてそのストップがかけられたのと同時に女性は片手を上げ堅物そうな男性に攻撃をやめるよう合図した。
そして堅物そうな男はその合図通り攻撃体制を解き、魔剣も消す。
「あら、なんでしょうか?」
「『あら、なんでしょうか?』じゃねえんだよ!!! アホかテメェは! なにメイゲルに俺を攻撃させようとしてんだ。こいつ脳死でお前の言う事聞くんだから簡単に変な指示出すなよ! 俺とこいつがここで戦ったらこの城ぶっ壊れるぞ!」
「貴方が私達を見下すような発言をしたのがいけないのではないですか。まったく……王という重責、そして何よりも頭を使った仕事を続けていたせいで性根が腐ってしまったんですね。可哀想に……」
そう言い女性は玉座の男性を憐れんだような目で見る。それを隣で見ていた堅物そうな男も真似し、頑張って同じような目を玉座の男に向けた。
「んなもん冗談に決まってんだろ!!! 本気であんな事言ったことねえわ! 大体頭を使った仕事を続けた程度で性根の腐りを疑われるって俺お前の中でどんな評価なんだよ! ていうかその本気で憐れんだような目をやめろ、普通に傷付くわ! ……あとメイゲルは憐れむ目全然出来てねぇからやめとけ。お前昔から表情変えんの苦手なんだから」
その一言が割と心に来た堅物そうな男は憐れむ目をやめ、かなり分かりにくいが何となく落ち込んだ雰囲気を漂わせていた。
そして隣の女性は、大声を出している男性に向けていた憐れむ目をやめて頬に手を当てながらとぼけた表情で答える。
「あら、冗談だったのですか? ごめんなさい気付きませんでした」
「なあ、キレていいか? いいよなあ?」
女性に痺れを切らして握った拳を震わせている男性が女性の目の前に立ってそう聞く。
ちなみにその一連の流れを端で見ている大臣達はと言うと……
「「「「あわわわわわわわわわわわわわ」」」」
憧れとは違い新たに加わった感情である、この先起こりうる事への恐怖によって立っているのもやっとな状態であった。
「…………はあ、ここら辺にしとくか」
「そうですね。ダグラス貴方少し熱くなりすぎですよ。ねえ、メイゲル?」
「はい」
「だ、誰のせいだと……」
そんな大臣達の変化に気付いた三人はそこで会話を中断した。彼等にとってはいつもの調子で会話やふざけ合いをしていただけだったのだが、側から見ると喧嘩にも見えるやり取りで、すぐに取っ組み合いが始まりそうにも見える。
そしてここからさらに彼等の取っ組み合いが始まると想像した大臣達は気が気ではなかった。先程玉座の男性が言った通り、本当に城が壊れるのも覚悟したくらいだ。
「んで、目的は? "聖女"様がこの国に何の用なんだ?」
「あら、簡単ですよ。私達は久し振りに団長に会いに来たんです」
玉座に帰らずに立ったまま会話を続ける男性に女性が答えた。
「団長に? なんで?」
「………………いや、まあ、正直団長に会うのはついでですね。本来の目的はレグリアに頼まれた『ラーンベルト学園』の大会のゲストです」
「何で今ちょっとした嘘ついたんだよ。すぐ撤回すんなら変な嘘やめろよ意味わかんねえよ。…………はあ、それにしてももうそんな時期か。お前を呼ぶなんて随分気合入ってんなレグリアの奴」
「ええ、まあ、あそこはたしかに名門で今でも優秀な人材を世に送り出しているほどの学園ではあるんですが、教員も含めて生徒のほぼ全員が魔素量至上主義ですからね。私になにか言って欲しいのでしょう」
「ああ、なるほど。たしかに効果的かもな。で、学園に行く前に一度俺に顔を見せに来た、と」
「まあそういう事になりますけど、貴方に会いに来たのは割と重要な要件があるからです」
「重要な要件?」
そこで女性の雰囲気は一気に変わり、かなり真剣な物になった。それに釣られ玉座の男性も気を引き締めて聞く体勢に入った。ちなみに堅物そうな男性は常に真剣な雰囲気でいたため彼はあまり変化が見られなかった。
「ええ。ギンラから聞いた話なんですが、対処しないとかなり大変な事になりそうです」
「……分かった、じゃあ場所を移そう。会議室とかの方がいいだろ。他の連中にも聞かせて大丈夫か?」
「大丈夫です。私達三人では対処出来ないのでむしろ聞かせるべきかもしれませんね。ただ聞かせるのと同時に緘口令を敷くべきです。市民に伝わったらそれこそもっと大変な事になりますので」
「分かった」
会議室に移動する事が決まった玉座の男性はそれまで蚊帳の外だった大臣達にこれからの予定を告げる。
「よし、んじゃあ聞いての通りこれからは会議室で話を続ける。それぞれ準備してから来いよ。あとこれから会議があるって事は他人に伝えるなよ、今から会議があるというのを知るのはここにいる俺達だけだ。いいか?」
「「「「はい!!!!」」」」
元気に返事をする大臣達を見て玉座の男性は微笑みながら言う。
「よし、んじゃあ行くぞ〜。先に行っとくから準備出来た奴から来い」
そう言い玉座の男性を含めた三人は、早々に玉座の間を退出していった。
その様子を最後まで見た大臣達は三人の退出後、準備をするよう指示されているのにも関わらず全員が放心状態にいた。そしてその内の一人が心ここに在らずといった感じで呟く。
「あれが…………『黙示録のラッパ吹き』同士の会話……」
『黙示録のラッパ吹き』【第四のラッパ】、"紫電"ダグラス・グル、同じく【第二のラッパ】、"聖騎士"メイゲル・クレラス、そして同じく【第一のラッパ】、"聖女"メリア・グレイシア。そう、彼等は全員人類にとっての英雄であり憧れの存在、『黙示録のラッパ吹き』の団員なのだ。
大臣達は今までダグラスと一緒に仕事をしてきたが、他の『黙示録のラッパ吹き』に直接会ったのは初めてだ。その生ける伝説である存在達の生の会話が聞けた事に、彼等は年甲斐もなく興奮していたのである。




