第三十五話 いやまじで
今のこの会場の雰囲気に私、イリーネ・ユグドラシルは気分が悪くなっていた。会場中がリンドウ君達を蔑み、嘲笑う。魔素量が多いのはそんなに偉い事なのだろうか。
リンドウ君達を罵倒していないのは彼らのクラスメイトのソウ・アルク君、ライア・レイベルさん、クララ・サールドさん。そして何故か私達の隣でこの試合を観戦しているフィンラル君だけだ。
「フィンラル君、あなたなんでこの決闘を私達の隣で観戦してるの?」
私が真ん中に立っているアルク君越しにそう聞くとフィンラル君は意外そうな顔をしながら答えた。
「ん? 中等部でも互いに切磋琢磨していたドリアドの決闘と聞いたから観戦しているだけだ」
「いや、返答になってないわよ。私は、《《なんで私達の隣で》》観戦してるのかを聞いてるの。《《なんで》》観戦してるのか、じゃないのだけど」
「ああ、それはもちろんリンドウ・ナツの事をよく知ってる者の隣で彼の事を聞きながら観戦しようと思ったからだ」
…………へえ、これは少し意外ね。フィンラル君にリンドウ君と関わりがあったなんて。
「で、実際の所彼はどんな人間なんだ?」
「それは…………」
「まあメクルとドリアドのアホさに少し隠れてるけど、普段はかなりふざけてる奴ではあるな」
私が答えを出しあぐねていると、私達の間にいたアルク君が代わりに答えてくれた。私はリンドウ君の実力を知っているとはいえ、頻繁に話してきた訳ではない。だから普段の彼をあまり知らないのだ。私の時と違って初対面のフィンラル君にタメ口なのは私が王族だから例外なだけであって、普段から同学年に対してはタメ口なのだろう。
「だけど、やる時はやる奴なんじゃねえか? クルセウスを言い負かした事は知ってるだろ? あの時のナツは凄かったぜ。まっ、俺もまだ一ヶ月の付き合いだから全部を知ってるって訳でも無いんだけどな」
「へえ、なるほど。面白そうだな。で、リンドウ・ナツの実力は?」
「あいつは強いよ。物凄くな。それこそ魔法師ギルドのギルドマスターであるヘステ・ソルネを倒したぐらいだ」
えっ?
「なっ、あのヘステ・ソルネをか!? あの方はこの国でも十本の指に入るほどの実力者だぞ!?」
「ああ、俺も知った時はビックリしたよ。まさかあいつがそんな強いなんてな。まあ、だからこの模擬戦は安心だろ。ヘステ・ソルネを倒した奴がSクラスとはいえただの生徒に負けるわけねえよ」
「…………あ、ああ。そうだな」
「………………」
私は今フィンラル君とは別の理由で驚いている。何故アルク君はヘステ師匠とリンドウ君の模擬戦の事を知っているのだろうか。あの場にいたとは考えにくい。という事はあの場にいた冒険者の誰かから直接聞いたのだろうか。いや、それもおかしい。冒険者は基本的に荒くれ者がかなりの割合を占めている。余程の事が無い限り一般人と世間話のような物はしない。じゃあアルク君はなんでこの事を?
……直接聞いてみないと分からないわね。
「ねえ、アルク君。あなた何故……「始まったぞ!!!」
私の質問は前に座っていた生徒の大声によって掻き消された。決闘が始まったのだ。こうなっては仕方ない、とりあえずリンドウ君達を応援しなきゃ。質問はその後にすればいいか。
そうして私は中央の決闘場に意識を割いた。
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「んじゃ、まずは作戦通りメクルだけで行ってみるか」
「ああ、そうだな。よし、メクルよ行ってこい!」
「某はすぐやられると思うのであるが……ま、まあやるだけやってみるのであるよ」
決闘開始の合図が審判からされた途端、俺達は作戦通りに進めた。
俺達の作戦は簡単、とりあえず一人ずつ戦うという物だ。まあやられる可能性はあるけどドリアドは確実に強いし、メクルは筆記試験が25点で入学出来てるって事は多分強いし、俺はステファニー先生倒してるし、そして何よりも俺達は互いの戦い方をほとんど知らないから連携もなにも無い。いざ全員で戦うと足を引っ張る可能性がある。まあ、メクルはドリアドの戦い方を知ってるけど。
「くぅ〜、作戦とはいえやらないといけないのであるか」
そう小さく呟いてからメクルは足と両手を広げながらボヨンに向かって挑発を始める。
「さあデブっちょよ、かかってくるのであるよ! それともなんであるか、デブだから気が引けているのであるか!」
ていうかデブだから気が引けるは意味わかんねえよ。そんな悪口聞いた事ねえんだけど。
「な、私がデブだ……と……?」
「お、落ち着けボヨン。あんな奴の言い草など聞く耳を持つな!」
「そうだぞボヨン。所詮はFクラスの魔素量の無いクズだ。耳を貸す必要は無い。あんな奴らは叩き潰してやればいいんだ」
メクルのデブという発言が許せなかったボヨンはもう一目見たくらいで分かるほどブチギレてたが、マイエルとクリスが彼を落ち着かせる。それにしてもマイエルのあの発言、露骨なまでの魔素量至上主義の発言だな。
ていうかデブって言われて怒るくらいなら痩せろよ。いやまじで。
「ふぅ、ふぅ、うむそうだな。お前らの言う通りである。ふふっ、ではまず余が彼奴らの相手をしてやろう。クリスとマイエルは下がっていてくれ」
クリスとマイエルの宥めで落ち着いたボヨンは二人に作戦を伝える。まあ、俺達を舐めてるせいで作戦って言える程のもんでも無いけどな。
「行くぞFクラスのクズ共! この私、ボヨン・ボヨヨンに逆らった罰を与えてやる! "水刃"!」
完全に落ち着きを取り戻したボヨンは魔法陣を書き、そこから水の刃を射出する。最初に水魔法を使ったって事は恐らく水魔法が得意なんだろう。俺達を舐めて得意じゃない魔法を使った可能性もあるが、あいつはBクラスだ。得意魔法じゃない魔法をまともに使うのは恐らく無理だろう。
「では行くのであるよ! "火炎粒獄砲"!」
ボヨンの水の刃に対してメクルが放ったのは炎の魔法だ。『ラーンベルト学園』内での評価で、Fクラスと言えばそれなりの威力の魔法を使えない、名門のこの学園ではまさに劣等生の集団だ。そのためメクルが放った魔法の威力を見た瞬間、会場中が驚いた。メクルの魔法は劣等生と呼ぶにはいささか疑問が浮かぶぐらい威力が高かったからだ。
《シュウウウウウ》
だが、それでもボヨンの水魔法を完全に消し去るには威力が足りなかった。威力が弱くなった水刃はメクルの元まで行き……
「"炎塔"」
メクルの作り出した炎の塔によって完全に消し去った。
「おいおい、Fクラスがボヨンの魔法を消したぞ。どういう事だ?」
「落ち着け、あいつは二回の魔法でボヨンの魔法を相殺したんだ。そこまでじゃねえよ」
「でもそれでFクラスがボヨンの魔法を相殺できる物なのか?」
そしてその様子を見ていた会場の観客はざわめき始める。
「う、うむ。次は来ないのであるか? 某はまだ大丈夫なのであるよ」
そんな周りを気にせず、メクルは引き続きボヨン達を挑発する。
この挑発は、相手の頭に血をのぼらせて相手がまともな判断出来なくするために事前に考えてあった作戦だ。
メクルは日頃こういうのには慣れてないだろうし内心ガタガタだろうけど、効果は的面みたいだな。
「くっ、調子に乗るなよクズが! 徹底的に痛めつけてやる!」
こうして本格的に決闘が始まった。




