第二十九話 いや、ボヨンって(笑)
「やめてください! お願いします!」
「やめてくださいだと!? お前は余の事を知らないのか! 余に愛されるというのはこの上ない光栄な事なんだぞ!」
大きな声が聞こえて来たパン屋に辿り着くと、そこにはすでに小さな人だかりが出来ていた。
その真ん中では二人の従者らしき人物を後ろに控えさせている、俺達と同い年の金髪でいかにも肥え太った少年が茶色の髪を下げ、頭に三角巾をしている綺麗な女性の腕を引っ張っていた。
あまり状況が掴めないため、俺はその様子を見ていた男性に事情を聞いた。
「あの〜、すみません。何が起こったんですか?」
「あ? ああ、実はあそこにいる太っちょがパン屋の一人娘のエリーゼちゃんを自分の嫁の一人にするって言い出してな。エリーゼちゃんはもうすでに将来を約束した相手がいるから断ったんだが、なんとあの太っちょかなり有名な貴族でな。自分の申し出を断ったら、パン屋は潰すし将来を約束した相手を酷い目に遭わすって脅しやがったんだ。最初は止めようとしてた連中も貴族って事に怯えちまってよ、今ではあの有様だ」
「なるほど、典型的な貴族による横暴だな」
「えっ、ああいうのはよくあるのか?」
男性からの説明が終わるとドリアドが納得したような事を言うので話を聞いてみる。
「残念ながらある。まあ、あそこまで横暴な貴族も珍しいが街を歩いていて気に入った娘を自分の嫁にする輩はいる。同じ貴族として恥ずかしいのだがな」
ああ、なるほど。どの国でも貴族は平民に対して何をしてもほとんどの場合許されるけどそれを婚約の形で行ってるのがあいつなのか。しかもあのエリーゼさんは将来を決めた人がいる、と。まあ、横暴過ぎるなあれは。
「よし、じゃあどうする? 見たところあいつも俺達と同じ『ラーンベルト学園』の生徒っぽいけど」
ドリアドの説明を聞き終えた俺は皆にどうするか聞く。幸いここにいる奴等は俺とソウ以外貴族だし何も臆する事なく意見が出されるだろ。
「そんな物止めるに決まっているのであるよ。あんなの見過ごせるわけ無いのである」
「俺も同感だな、あれは同じ貴族として許されざる行為だ」
「私達も同じ考えですよ、リンドウさん。ね、ライアちゃん」
「うん、あれは流石に許さないよね」
「よし、じゃあ皆の意見が一致した事だし止めるか」
貴族出身のメンバー全員の意見が出たので、ソウが止めに入るように動く。それに続いて俺達も止めに入る事にした。
人混みをかき分け、一番前に出た所でソウが太っちょに声をかける。
「おい、そこまでだぜ。流石にそれは横暴過ぎる」
「ん? なんだ? 余に言っているのか?」
「いや、むしろお前しかいないだろ。逆に誰だと思ったんだよ。あれか、希代のアホなのかお前は」
《バチン》
「痛っ、なにすんだよライア!」
太っちょにツッこむと、隣にいたライアに頭を叩かれた。威力は抑えられていたためそこまで痛くはないが、叩かれた理由がマジで分からない。
「リンドウ君は余計な事言わないで。ややこしくなるから」
「貴様! ボヨン様になんたる態度か!」
「はあ、ほらこうなった」
俺の一言にキレた従者の一人が右手を俺に向ける。魔法が大成していない昔であれば剣などを向けたのだろうが、魔法が戦いの主になっている今の時代では、これが脅しの基本なのだ。
そしてこの事態を予想出来たのだろう、ライアが頭を抱えながら溜息を吐いた。
いや、ていうかボヨンって(笑)
「落ち着け…………ふむ、見た所お主達も『ラーンベルト学園』の生徒のようであるが、余に何か用なのであるか?」
ボヨンの問いにソウが答える。
「ああ、じゃあ単刀直入に言うぞ。今すぐその意味わかんねえ行為をやめろ」
「ふむ、意味の分からない? 一体何の事を言っているのだ?」
「だから、その女性の腕を引っ張って無理矢理自分の嫁にしようとするのをやめろって言ってんだよっ」
別にとぼけている訳ではなさそうだが、そのイラつかせる態度にソウは怒気を孕んだ声で言い放つ。
「ふむ…………ちなみにお主、どこの貴族の者だ?」
「は?」
急に投げかけられた意味の分からない問いに、引き続きソウは怒気の孕んだ声で聞き返す。
「いいから答えるのである」
「…………俺は平民だ」
「ほう、ならお主の言う事を聞く道理は無いな。ほらカマス、ケメス、余の嫁を連れて行け」
「「はっ!」」
「いや、やめて!」
ボヨンに指示されると、従者の二人が無理矢理女性の腕を引っ張り、連れ去ろうとする。
「おいちょっと待て!」
その事に痺れを切らしたのだろう、ソウはボヨンの肩を掴むと勢いよく引っ張り、そのまま胸ぐらを掴んだ。
「俺の言う事を聞く必要が無いとはどういう事だ!」
「貴様! 今すぐボヨン様から手を放せ! 平民が貴族にそのような態度を取るなど、万死に値するぞ!」
「まあ、待てカマス。此奴は自分の立場を分かっていないだけである。今余が此奴に貴族のありがたさを説いてやる。とりあえず余の服を放せ」
「放すわけねえだろ。このままその立場とやらを教えろ」
「うむ、仕方ない。ではこのまま話すとするか。お主ら平民と余達貴族では国への貢献度が違うのだよ」
「貢献度?」
急に貢献度の話が出てきたため、ソウは意味がわからないと言った風に首を傾げた。
「うむ、余達貴族とお主ら平民の一番の違いはなんだ?」
「……いや、知らねえな」
「うむ、では教えてやろう。違いは魔素量なのだ……「ああ、いや、いいや。お前の言いたい事は分かったからいいよ、うん。お前が言おうとしる事、食堂でのクルセウスとまったく同じ気がしてきたわ」
ここで俺が口を挟む。絶対戦争とかの話を持ち出す気だよなこいつ。もう一回論破するのもアリだけど、正直二回も同じ台詞を言うのはちょっと恥ずかしい。
「ん? おいお主、ちょっと放せ」
ボヨンはそう言うと、無理矢理ソウの手を振り解いた。
「クルセウス? 食堂? ……お主らまさか、入学式の日にクルセウス・シュナイダーと揉めたFクラスの連中か?」
「えっ、そうだけど」
「はっ、なら余計お主らの言う事を聞く必要は無いな。まさかFクラスだったとは。余はBクラスだぞ、Fクラスのクズはさっさと余の視界から消えるのだよ! お主らと同じ学園と考えるだけで吐き気がしてくるわ! ああ、嫌だ嫌だ。雑魚が移ってしまう。ほら、カマス、ケメス、余の嫁を早く連れて行け」
こいつあれだ。普通に予想出来てたけど典型的な魔素量至上主義だ。
「ちょっと待つのであるよボヨン氏」
「………………」
メクルがボヨンに話しかけるが、ボヨンはそんな事などまるっきり無視してエリーゼさんを気持ち悪い笑みで見る。きっと嫌な想像でもしてるんだろうな〜。
「こちらにはドリアド氏がいるのであるが、それでもまだそんな事を言えるのであるか?」
そう言いメクルはドリアドを前に出す。メクルの魂胆としては!ドリアドを出してボヨンを驚かせようとしてるのだろう。
しかし、ドリアドを見たボヨンは意味深な笑みを浮かべ、嘲笑うかのようにメクルに言い放つ。
「ははっ、お主らはそのドリアド・ドドンガに大層頼っているようだが所詮そいつは過去の栄光に縋っているだけなのだよ」
「ふむ、それはどういう事なのであるか?」
過去の栄光に縋っている、その言葉の意味が分からなかったメクルは首を傾げながら聞き返す。
「はっ、分からないのか。ドリアド・ドドンガは今や過去の人間なのだよ! たとえ中等部の頃に名が知られていたとは言えそれは所詮中等部までの話。其奴がFクラスにいるのも入学試験で高等部ではまったく通用しないと判断されたからだろう! これがドリアド・ドドンガが過去の人間だという事の理由だ。こんな物私のBクラスとそれ以上の間では有名な話だぞ」
それ、全然検討違いなんだけど。ドリアドがFクラスなの筆記試験がとてつもない出来だったからなんだけど。なんでそんな予想が立てられるんだ?
…………ああ、そうか。あの筆記試験で0点なんて取るはずが無いって思ってるからか。ドリアドの実力は見た事無いけど点数的にかなり強いはずだもんな。
「うむ、俺はそういう見解がなされているのか。それは誠に遺憾だな…………では、一つ提案をしよう。お前のその愚行をやめさせる提案だ」




