第一話 プロローグ
そこは、最早原型を保ててない城の中の玉座の間にあたる場所だ。
「あ〜あ、私も……ここまでかな」
「………………」
傷だらけの少女の前に立っているのは戦いの後とは思えないほど身体にまったく傷が無い少年だ。それほど敵である少女を圧倒したのだろう。そんな少年に比べて少女は立ってるのも……いや、意識を保っているのもやっとの所だった。
「ほら……早く私を殺さないと……大変な事が起きちゃうよ」
「いや…………殺さない。ここでお前を殺したら……俺は……俺はっ!」
少年が続きを言おうとした所で少女が少年の口を手で塞ぐ。
「ほら……我儘……言ってないで。君も……私がやった事を……忘れたわけじゃ……無いでしょ?」
「いや、でもそれは仕方がないじゃないか! あれはお前の責任じゃない!」
弱り切っている少女の手だ。少年は口を塞いでいるその手を軽く払い、少女に反論する。
そんな少年に少女は困ったような笑みを浮かべる。そう、彼女が今までやって来た事。それは決して彼女の責任では無い。寧ろ彼女は被害者と言えるだろう。
「団長……」
そんな二人の様子を、前髪が目にかかっていて外から目がまったく見えない青年が玉座の間の端で見守る。
「君の言う通り、もしかしたら……私のやった事は、私のせいじゃ……無いかもしれない。でもね、それ以前に私は……生きてるだけで人間に……災いをもたらす存在なの。そんな私が……生きていていいと……思ってるの?」
「お前の身体の事はこれからなんとか解決策を見つければいいだけの事だろ!」
「そんな物……無いよ。私がどれだけ探したと……思ってるの? 私は魔王で……あなたは……それを討伐する者、いずれ……こうなる運命だったんだよ」
少年の提案に、少女は自分の運命を悟った表情で反論する。
「で、でも俺はッ——」
「いいから私を殺してッ!」
少年の言葉を遮るように少女は叫んだ。少年が今まで聞いた事が無いような激しい声だった。
「もう人を殺すのは嫌なの! 今まで戦争をして来た君ならわかるでしょ? 終わらない人間の悲鳴、悲しみ、絶望。もうああいうのを目にするのは嫌なの! 今までずっと死ねる場所を探してた! 色んな方法を試した、でも支配されてる状態じゃ死ねなかったの! あいつの支配が行き届いていない今ならやっと死ねるの、お願いだから私を殺して!」
それはもはや悲鳴に近い叫びだった。それほど人を殺す事が苦痛だったのだろう。それほど生きる事が苦痛だったのだろう。
少年が体験した事の無い痛み、だが同時に理解出来る痛み。だからこそ辛かった。少女を殺す事が彼女にとっての救いになると理解出来てしまうのだから。
「…………分かった。じゃあ最期に言い残す事はあるか?」
自分にとっては辛い事、しかし彼女にとって救いとなるなら彼は彼女を殺すしか無かった。覚悟を決めた少年は微笑みながら少女に聞く。
「ふふっ、ありがとう。言い残す事か……そうだな…………あっ、じゃあ一つあるから、それを言ったのと同時に私の首を切って」
「…………分かった」
意味は分からなかったが、少年は少女の言う通りにしようと思い、手に持っている刀を振りかぶった。そうして少女の首を斬る動作に入る。そして、
「好き」
「!?」
《グサッ》
少女の口から放たれた言葉に少年は心の底から驚いた。自分が振り抜いている刀を止めようと思ったが、その言葉が聞こえてきた時にはもう遅く刀を止められなかった。
そして同時に、彼女の言葉が信じられなかった。『好き』、その言葉を彼女から聞いた事は無い。そんな素振りはほとんど見せなかった。自分だけの片思いだと思っていた。だが彼女は最期、たしかに少年にそう告げた。
少女は気づいていたのだろう、もしその言葉を言ってしまえば少年は絶対に自分を殺せなかったと。事実その言葉を聞いてしまえば少年は彼女を殺せなかった。殺そうと思っても絶対に殺せなかった。
そして、ただでさえ少女を殺すだけでも精神が壊れてしまってもおかしくない。いや、確実に精神が壊れていたのに、それはさらに追い討ちをかけるような言葉だった。少女に悪意の類は一切無い。ただ、死に行く前に自分の気持ちを伝えたかっただけ。今まで我慢していた自分の気持ちを最期に伝えたかっただけ。だが、それは少年の精神をさらに破壊するには十分だった。
彼女を自分の手で殺したという実感、彼女の彼に対しての恋愛感情、そして彼女の思惑に気付いた少年はよろめきながら座り込み、胴体と離れた少女の頭を抱く。
「あ、ああ、あああ、うぁぁぁぁぁぁぁぁあああああああああああああああああ!!!!!!」
そして叫んだ。涙が枯れるほど出ても構わない、喉が枯れても構わない。彼は、心の痛みをかき消すようにただひたすら叫んだ。だが心の痛みが消える事は無い。それほど彼女の存在は少年にとって大きかった。
大声で泣き叫ぶ少年。その姿を、団員である青年は遠くから静かに、悲しそうに、そして泣き叫ぶ少年ほどでは無いが絶望しているとも思える顔で見ていた。
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