09
次に電車で向かったのは、若者に人気な通り。ちょうどお昼時だし、そこで何か食べようということになった。
「え?こっちじゃないの?」
「うん!そっちは人多いし、美味しいご飯屋さんこっちにあるんよ!」
ここの駅はあまり来たことがないが、観光名所と言えばこの通りだと思っていた。しかし彼女が指差したのは、全く人のいない道。彼女なりのこの場所の楽しみ方でもあるのだろうか。特に有名な通りに用があったわけでもないので、彼女に従ってみることにした。
路地裏の通りを抜けると、小さなカフェがあった。人は2組程度で、すぐ席に座ることができた。ここはパンを使った料理がメインらしい。フルーツパンケーキのようなお洒落なものもある。値段はまあまあするが滅多にできないお出かけだ。これくらいはなんてことないと思っていたけれど、
「好きなもん食べて良いで!私の奢り!」
「え!?・・・いや、それはっ!」
彼女が奢ると言い出した。1000円単位のものだ。流石にそれは出来ないと首を横に振るが、
「良いの!!どうせ今後の人生で金なんか使わんし」
「っ・・・!」
それを言われると何も言い返せなかった。そして、その一瞬を見逃さず「ほら、選んで選んで!」と進められてしまった。気遣いではなく、本音であるというのもまたタチが悪い。
「もう全部今日で終わらせるつもりやし、お金なんて持ってても仕方ないんよ。まあ、どっちにしろ余ったら小百合ちゃんにあげるつもりやし」
「は!?いやいや、え!?」
「だってもう、この先誰にも会う予定無いもん」
ふわふわした旅のように見えて、その目的自体を彼女は見失っていない。本当に死のうと思っているのかと疑問に思った次の瞬間には現実に引き戻される。すごく心が忙しい。
「・・・分かった。じゃ、お言葉に甘えて」
「はーい!」
注文を終えると、彼女は私の顔を見て笑った。
「何か小百合ちゃん、楽しそうやね」
「えっ・・・?」
「いやぁ、思ったより表情豊かよね。初めてあった時死んだ顔してたもん!」
「・・・えぇ?」
それは正直私も同じだ。バス停でぼーっと下を向いて座っていた彼女と、今こうして私の話を笑いながら聞いてくれる彼女は本当に同じ人なのかと疑いたくなるくらいだった。
「だから最初『アーティスト活動してます』って聞いた時びっくりしたもん!・・・言っちゃ悪いけど、オーラ無いし、暗すぎたし」
「それはまぁ、うん。否定しない」
元々私は明るい性格でもないし、当時はキラキラな世界に飛び込むことができるなんて全く想像していなかった。
「でも、何で芸能界入ろうとしたん?お父さんのバンドの影響?」
「あぁ、まあ、それもあるけど・・・」
それ以外にも憧れる理由があった。小学生の頃、朝ご飯を食べながらテレビを見ていた時、たまたま芸能ニュースが流れ、男女混合アーティストの新曲が紹介されていた。そして、当時友達のいなかった私は衝撃を受けた。
一言で言うと、新しい世界を見た。男女がこんなに近い距離で笑いながら歌っている、私の周りでは絶対に見ない景色だった。学校で遊ぶ時や学級活動行う時にも男子は男子、女子は女子と分かれていたし、男子と一緒に関わるとハブられる。これが私の生きていた世界だった。そして、息苦しいとも思っていた。
そこからは行動が早かった。私もあんな風になりたいと思うようになり、そのアーティストについて調べまくった。そして事務所を知り、そのオーディションを受けては落ちての繰り返し。そして高校生になる直前、アーティスト募集オーディションを受け、奇跡的に合格して今に至る。
「へぇ〜!合法的に男子と仲良くなりたかったんか!」
「合法って・・・まあ、それで間違ってないよ。歌は元々好きだったけど、命賭けてたかと言われたらそうじゃないもん。そりゃ、向いてないし辞めろって言われて当然かぁ」
「いやいやいや、受かってるんやからそこは自信持ち!」
彼女はそう言ってはくれているけど、友達作りのために芸能界に入ってしまったようなものだ。先生や他のメンバーからしてみれば、私は邪魔な存在と思われても仕方ないと思った。普通に高校生になっていたら、もしかしたら私の望んだ世界があったかもしれない。元々芸能の道への拘りが弱すぎた。
「辞めようかな・・・」
そう呟いた時、「失礼します」という声が聞こえた。美味しそうなパンや肉の匂いにそれまでの空気が一変した。彼女も「美味しそう〜」と呟き、冷めないうちに食べることにした。
その後お店などが並ぶ大通りに戻ったが、結局どこにも入らなかった。彼女が何を思い描いているのかは分からないが、とにかくここではなかったようだ。
私に歩幅を合わせて歩いてくれるため、移動時間だけで時間を費やしてしまっていた。松葉杖とはいえ、左足の筋肉が鍛えられているような感覚に陥る。休憩も挟みながら駅に向かい、次の目的地へと向かった。
「今更なんだけどさ・・・」
「うん。何?」
「・・・怖くないの?」
「え?」
あれからいくつもスポットを回った。都心を中心に高層ビルやテーマパークまで、中に入っていい場所を探すがどれもしっくりは来なかった。高いところから飛び降りるにしても外に出られなかったり、トイレで首吊りの案は「景色が良くない」という理由で無くなった。テーマパークのジェットコースターに轢かれるという案も出たが、運悪くその日はメンテナンスのため動いていなかった。
仕方なく観覧車に乗りながら今後のことを考えていた時のことだった。
「その・・・死ぬって、こと」
「どしたん?急に(笑)引き止めてくれるん?」
「・・・え?・・・うーん」
それを聞いた理由は、単純な興味だった。ただ、「いや違うよ」とも言い難い。この後続く言葉に関わらず、「いや」と否定すると、まるで私が彼女に死んで欲しいと言っているように聞こえてしまうのが何となく嫌だった。もしここまで大袈裟に私に対して「死にたい」と伝えてしまったため、撤回できずに困っているのなら引き止めようとも思った。「嘘つき」と罵るつもりもないし、これからも出来ることなら一緒にいたいと思えた。
日はすっかり沈み、彼女と一緒に居られる時間も残り少ないことを思い知らされた。
「それは安心して。苦しい死に方をせん限り大丈夫やから。一瞬だけ頑張れば私は幸せになれるんよ」
「幸せ・・・」
「まあ死んだことないしなんとも言えんけど、今よりもずっと人間らしくいられる気がするんよ」
人は生まれ変わったらどうなるのか。宗教みたいな話になってしまうけど、死んだ後も人は人のままで居られるのだろうか。私は身体も感情も全て失うものだと思っていた。
「死んだ瞬間新しい命に生まれ変わったり、怨霊になって誰かに取り憑いたりするかもしれんけど、だけど今よりは幸せになれる。自分の人生を歩めるって信じてるから、平気!」
「・・・それは、強がってない?本音?」
「本音やで!・・・もし人間に生まれ変わったら『3rd Stage』のファンになるし、それまで存続しててな!(笑)」
「・・・。」
彼女にとって、これは明るい未来の話だった。だから笑顔で話しているし、幸せになるために一生懸命道を探した結果なのだから、止める権利は最初から無かったのだと気づいた。
一方、私の未来は何も明るくなかった。生きていくのは私の方なのに、感情の持ち方はまるで正反対だった。グループに復帰しても怒号の飛び交う日々が待っている。今以上に冷たい目で見られてしまう。だけど辞めたところで行く場所が無い。家族に何を言われるか分からない。地元の人に私の活動を私の口からは言っていないが、知られていたのだとしたら冷やかされてしまうだろう。
足も怪我してしまったし、いいタイミングのように思えた。