08
「・・・何書いてんの?」
「ん?これ?遺書」
朝目が覚めると、知らない人がリビングにいた。いや、よく考えたら昨日道で拾ったんだった。朝特有の寝ぼけによってできた私の脳内の物語は数秒で完結した。時計を見ると午前10時。私にとっては休日の起床時間だが、彼女は一体いつから起きていたのだろう。
「家族とか友達とか、お世話になった人にはせめて書いとこ〜ってなった。あ、ペン勝手に借りた」
「・・・それは別にいいけど」
一夜明けても彼女の意思は変わっていないらしい。いつ、どこでなど、具体的には決まっていないけれど。
「今日、どうすんの?」
「んーっとね、とりあえず昨日出た候補地にでも行ってみようかなって。下見して、ここ!って思ったら最終的に・・・かな。だから、早く決まれば今夜にでも・・・」
「・・・そう」
遺書を書き終えたのか、ペンを元の位置に戻し、小さなノートに挟んだ。この家を出てしまえば、もう二度と会えないのか。なんとなくそう考えたけど、かと言って彼女の本当の最期を見届ける勇気もまだ持ち合わせていなかった。
「お金はあるの?そこまで行く交通費とか」
「あるよ。でも、小百合ちゃんにそこまで迷惑はかけへんし安心して!泊めてもらえただけでめっちゃありがたかったし!」
「・・・。」
おそらく彼女は1人で行くつもりだ。身支度を始め、床に散らばった荷物を片付け始めている。本当にこのままでいいのだろうか。所詮は赤の他人であり、一晩泊めたとはいえ友達とも言えない気がする。死についてなど重たい話はしたが、他人だからできることだったのだと思う。その場限りの関係だからこそ自分をさらけ出せることだってある。
それでも、乗りかかった船だ。
「私も、一緒に行っていい?」
「・・・え?小百合ちゃんも?」
「うん」
「・・・いや、歩くのも大変やろ?」
「なるべく合わせるから。そこは努力するし」
「でも、休止してるとは言え芸能人やろ?私と一緒にいるの見られたらイメージ悪なるで?やめといた方がいい!」
彼女は首を縦に振ってくれなかった。だけど、もう少しだけ話がしたい。理由はないけど、ここで別れるのはなんとなく嫌だった。
「一緒に探して欲しいんじゃなかったの?死ぬ場所」
「・・・!・・・まあ、それは、うん・・・」
そもそもどうして私に頼み込んできたのかは未だに疑問だった。私だったら1人で探して1人で勝手に消えていたと思う。まだ何かあるような気もしていた。それに東京に来て初めて何でも話せるような人ができたのだ。そこには私も感謝しなきゃいけない部分もある。
最期まで協力させて欲しいと言うと、彼女はようやく頷いてくれた。
平日の昼間のためか、駅を利用する人はいつもより少なかった。朝のラッシュを経験しているというのもあるのかもしれない。彼女に支えてもらいながらエレベーターに乗り、改札を通って電車乗り場へ向かう。
「最初は・・・どこに行くの?」
「ここ!建物ん中のトイレ!」
「・・・観光スポットのトイレって・・・人凄そうだね」
人も多いだろうし、営業している側からすれば迷惑な話だろう。だけど「迷惑になるしやめなよ」という言葉を向けたところで止まるわけがないし、「こっちの気持ちも知らない癖に」となってしまって終わりだ。さすがの私もそこまでは想像できた。
「まあ、流石にすぐには決めへんよ!他の候補地も回るから安心して!」
「あ、うん・・・」
私の知らないところで消えてしまうことが今現在1番怖かった。
しばらく電車に揺られて、東京の中心部の駅に停車した時のことだった。
「・・・あっ、ねえ、あれ!」
「・・・え?何?」
「あの広告、小百合ちゃんたち・・・・・・あ、ごめん、違った」
窓から見える大きな看板。アニメ広告などが並ぶ中で6人組アーティストの看板があった。男性4人に女性2人。私も知らない人たちだった。おそらく新曲の広告だろう。笑顔で1つの場所に集まっていて仲の良さそうな印象だった。
「左端の女の人、小百合ちゃんそっくりちゃう?」
「え、そう?めっちゃグループ牛耳ってそうだけど」
「でも昨日のDVD見た感じ小百合ちゃん、結構そんな感じやったで?」
「それはないよ。だって・・・」
私だけが実力も心も、何もかもが遅れているのだから。実力に関しては当然なのかもしれないが、いつまでもそれに甘えているわけにはいかない。世間から見ればそんなことは関係ないのだ。だからこそ一生懸命くらいついていたのだけど。
「だって・・・?」
「・・・先生からも、チームからも見放されてるもん。『辞めろ』って、めっちゃ言われてたから」
チームに追いつけるように私に指導をしてくれていると、最初は思っていたが、
「今のとこ、もう1回確認するからね。・・・あ、もうお前には何も教えない。何にもできないのにこれ以上やっても無駄だし。はっきり言うけど向いてないよ?この業界で生き残るの。辞めた方がいい。それだけなら協力してあげる」
と言われ、酷い時は本当にレッスン場から締め出されたこともあった。
1番決定的だったのは、私が薄いピンク色のレッスン着を着て来た時。その日はレッスンすら参加させて貰えなかった。「やる気ないなら帰れ」と突き飛ばされ、理由かは分からないけど「それで色気でも出してるつもり?そんな奴ここには必要ない。いい加減にしろ。早く消えろ。他の人に迷惑」と、練習後訳も分からず1人1人に謝罪させられた。これは約半年前の話。ここでようやく、私は嫌われているのだと気づいた。私はただ引き出しの手前にあったTシャツを着て来たに過ぎなかったが、もちろん言い訳の時間なんて与えられなかった。
「え、何それ。パワハラやん」
「・・・やっぱりそう思う?」
確信的な証拠もないし、音声を録音していたわけでもない。実力の無いお前が悪いと言われれば言い返せなかったし、そう言われると分かっているのなら速やかにその人たちや環境から離れて、家で寝た方がマシだと思った。
「それでグループの仲が悪いんか・・・納得したわ。そりゃ、他のメンバーと話したくても話せへんよなぁ」
「・・・うん」
「なんかさ、よくあるやん?『いじめられてる方が悪いんやで〜』みたいな風潮。小百合ちゃんも思ってたんちゃう?自分さえちゃんとしてればこんなことならんかったのに!って」
「・・・そう、だね」
彼女の言葉は妙に説得力があった。始めてできた味方だからだろうか。それか、環境は違えど辛い思いを経験してきたからかもしれない。
「でも、昨日の映像では間違いなく小百合ちゃんは頑張ってた。よう1年も続けたな。普通に凄いで?」
「・・・ありがとう」
普段言われない共感の言葉や褒め言葉が次々と私に向けられ、慣れていないためか少し驚いた。電車の中じゃなければ危なかった。感情が爆発してとんでもないことになっていた。
目的の駅に着くと、駅直結ということもあり、道に迷うことなく辿り着くことができた。フードコートやゲームセンターがある大型のショッピングモールを抜け、この建物の最上階までエレベーターで移動する。
「・・・高いとこがいいの?」
「うーん、そうやね。その方が景色いいやろ?」
「そっか。・・・でも、よくよく考えたらトイレでしょ?そっから景色って見えるの?」
「あっ・・・ほんまや!個室やもんな(笑)」
チン!という音で扉は開いたが、結局引き返すことにした。扉の隙間から見えた景色は確かに綺麗だったけど、かなりの人が集まっていた。命を絶つ前に人に見られて終わってしまいそうだ。
「ごめん、他の場所行ってもいい?」
「うん、いいよ。次はどこに行く?」
こうなることも始めから予想していた。行き当たりばったりの都内観光。考えてみれば初めてのことだった。だけど、それでさえも楽しかった。