07
「・・・そもそも『3rd Stage』って、何でそんな名前になったん?」
あの後もずっと、グループのことについて質問され続けていた。夜21半を過ぎ、夕食がお互いまだだったことに気づいたため用意を手伝ってもらい(おばあちゃんが作り置きしてくれたものが殆どだが)、一緒に食べた。その食事中もずっと会話の内容は私のことについて。
「私以外のメンバー5人、元々別のグループでデビューしてたの。それが過去に2回解散になって、今のグループって結果的にほぼ再結成みたいなもんなの。だから、3回目の挑戦〜みたいな感じ」
『3rd Stage』は、メンバー6人のうち女子が私1人しかいない。どうして私がオーディションに合格したのかは未だに謎ではあるが、それに文句を言う時期も、私が特別だと優越感のようなものに浸る時期もとうの昔に過ぎていた。同じメンバーでもキャリア歴はまるで違う。私だけがデビューというものを初めてこのグループで経験した。
「え、じゃあ小百合ちゃんはそのグループ名関係ないやん!」
「・・・まあ、そうなるね」
「凄いな。それで受かったって!歌とかやってたん?」
「習ってた・・・とかではないけど、お父さんがバンドやってたから、ちょっと教えてもらったりはしてた。でもステージ経験なんて全くなかったよ」
「へぇ〜!でも歌上手そう!何か歌ってよ!」
「え・・・?近所迷惑になるから駄目」
歌が上手いなんて、今まで言われたことなどない。ダンスのレッスンと比べれば指摘されたりすることは少ないけど、褒められるわけではない。それに他のメンバーだって上手い人はいくらでもいる。
「え〜・・・そう言われると余計気になるわ。あっ!!ライブのDVDとか無いん?見てみたい!」
「え・・・?」
彼女はご飯を食べ終え、食器を台所へ持っていくと、その帰り道で「どこにある?何かはあるやろ??」と急かしてくる。
「1周年記念のコンサートは・・・あったかな。テレビの横の棚に無い?小さいパッケージに入ってると思う」
まだ商品化はされていないものの、その日のライブの反省会に使われたものだ。最初から最後までの映像が1つのカメラ視点からではあるがよく映されていると思う。
彼女がそれを見つけてディスクをセットすると、オープニング映像が流れ出した。
「ほんまに男ばっかやん!」
「だから、そう言ったじゃん」
画面の中の私は、額に汗を滲ませながら全力でパフォーマンスをしている。当たり前のように息が揃っているように見えるが、実はこれがとんでもなくしんどい。気を抜けば私だけ小さい動きをしているように見えてしまう。そうならないようにするだけでも必死だった。
「うわぁ・・・でも上手いやん、小百合ちゃん。歌めっちゃ安定してる」
「え、そう?」
「うん!ハモリパートとか踊りながらしてんのめっちゃ凄いやん!表情かっこいいっ!!」
「あぁ・・・酸欠で死にそうになってるだけだよ」
素直に褒められるのは嬉しかった。ライブを1人、またはメンバーと見返すことはあるけれど、大体は重たい空気になってしまう。ダメ出しの嵐になるし、これを見る度に、
あ、この曲のサビ、めっちゃダメ出し受けたんだ。
この曲は出だしから「全部違う。やる気ないなら外れて見てろ」と言われたものだ。次のパートを始めて練習した日は楽譜投げつけられたっけ。
ここの歌唱部分、音外すとめっちゃ怒られるんだよな。
などと嫌な記憶ばかりが蘇るため、自分の映像を見るのはいつもは乗り気でなかった。
だけど、今まで怒られる思い出しかなかった曲たちが、目の前の彼女の一言によって少しだけ変化していった。
ライブも後半戦に入った。彼女にとっては知らない曲ばかりだし、私の姿も大体見たためそろそろ飽きてきた頃だろう。いい加減に本題に入ろうと、彼女の意識を私に向けた。
「・・・私の話は大体したし、もう少し教えてよ。話せる範囲でいいから・・・その、今後?みたいなの」
自ら命を絶つことを阻止しようとは正直思っていなかった。だけど、彼女が納得のいく道を探すことくらいはできると思うし、もし探していくうちに思い留まるのならそれも1つの答えだと思っている。どっちにしても、もう少し彼女の情報を引き出したかった。
「えぇ〜・・・楽しかったのに!小百合ちゃんの話!」
「それはまあ、いくらでもしてあげるから。・・・その、なんか・・・行きたい場所の候補はあるの?」
「うーんとね・・・都内ってことくらいかなぁ〜」
「死ぬ」と断言する割には、計画がアバウト過ぎないか?そんなものなのだろうか。
「今日、あそこのバス停にいたのって、どこかに行こうとしてたの?」
「んーん!行き当たりばったりやで!家族には『友達の家泊まってくる〜』って言って家出たし、別に今日死んでも良かったよ」
「えっ・・・」
つまり、今日私が彼女に話しかけなければ、今頃この世にいなかったということか。そう考えると少し「死」のイメージができて寒気がした。彼女に頼んで冷房の温度を1度上げてもらうことにした。
「でも溺死ってしんどいし、海に思い入れもないから、小百合ちゃんに会えて良かったわ。思い切って話しかけて良かった〜」
「・・・ああ、うん、なら良かった」
海に思い入れがない・・・思い入れのある場所から絞っていくべきなのだろうか。だけど、どうしてそこまで場所に拘るのだろうか。
「でも、思い入れのある場所ってさ・・・小さい頃の思い出とか、最近までよく言ってた場所になるんじゃないの?候補が多くて悩んでるの?単純に全部しっくりきてないだけ?」
「まあ・・・そうやな。いろいろ考えてみたけど、どうしても想像できひんのよね。だから彷徨ってた感じ」
「でもさ、死にたいって思う理由が嫌い人たちなんでしょ?例えばの話だけど、そいつの家の前で倒れるじゃ駄目なの?」
「・・・え?」
「っ・・・!!」
なんとなく、軽い気持ちで提案しただけだった。だけど、彼女の声のトーンが明らかに変わったのを感じた。何かまずいことを言ってしまったのだということだけは分かった。
「私、言わんかった?嫌いな奴のことを考えて死ぬのだけは嫌って」
「・・・ごめん」
復讐目的ならば大いに効果があると思った、それだけだった。だけど、彼女の目的はそれではない。この現実から抜け出したいだけだった。
「・・・じゃあさ、なんで都内なの?近いから?」
「えっ?・・・まあ近場やしね。あんま他の地域行ったことないんよ」
「あ、そうなんだ・・・。都心が良いの?山の中よりも」
「うーん・・・今日なんとなくいた場所も夜景綺麗な場所やもんね。・・・あ、確かに、その辺がいいかも!景色いいとこ!」
「なるほどね・・・」
夜景などが有名な場所、そこから攻めるのもアリかもしれない。候補地をいくつか絞っていけばいい答えにたどり着くだろう。
「・・・ていうか小百合ちゃん、めっちゃ真剣に考えてくれるやんか!!」
「・・・え?」
今の私の姿をどう受け止めているのかは分からないけど、あくまで人助けのつもりでやっている。言っておくが早く死んじゃえ!とは思っていない。そもそもそう思っているのなら家に招き入れたりなんかしない。
「いや、ありがたいよ?めっちゃくちゃ。でもさ、初対面なわけやん?全然私のこと警戒せんから、逆に怖いんやけど(笑)」
・・・そういえばそうだった。数時間前に出会ったばかりだけど、なぜかずっと前から知っているような感覚で話していた。東京に来てからこんなにわちゃわちゃと話したのは初めてかもしれない。その嬉しさが出てしまったのだろう。もしも私が普通の高校生なら、誰かと笑い合う日々が待っていたのだろうか。
こんな風になるなら他の誰かに譲りたかった。普通の高校生活の方が何倍もマシだ。普通に男性だけのグループじゃ駄目なのかと何度考えただろう。もしかして、私に対する嫌がらせだろうか。・・・それにしては、大掛かりすぎるような気もするけれど。・・・そんなことはどうでも良かった。
「でも、いきなり『私死ぬんです』なんて言われたら色々変わるよ。礼儀も人見知りも、全部ぶっ飛んじゃった結果だと思ってよ」
「あはは(笑)なるほどな!そりゃそうよね!ごめんやで(笑)」
彼女の影響だろうか。暗い話をしているのにどうしても明るく聞こえてしまう。死を悪いこと、口に出しちゃいけないことだと思っていないのだろう。私も別に思わないし、人が話しているのを聞いて「ネガティブな話はやめなよ」と阻止するタイプではないから構わないのだけど。
その後それ以上いい案は出なかった。お風呂に入り、明日のことは明日また考えることにした。