06
彼女は最終バスには乗らなかった。代わりに私をタクシー乗り場まで送り、一緒に乗り込んだ。目的地は、私の家。
「いじめ・・・?」
後部座席で2人並んで話をする。いきなりよく分からないお願いを、しかも赤の他人からされて「はい」などと言えるわけがなかった。しかし言葉を交わした以上、無理矢理断ることも何となく良くないとも思った。とりあえず話だけ聞こうとしたのだが、バスが来てしまった。だけど彼女はそれには乗らず、「帰る場所が無いからここにいた」と私に話してきた。
「・・・ざっくり言うとそんな感じ。もうどこ行っても駄目やなって思って。嫌いな奴に殺されるくらいなら、好きなタイミングで、好きな人を思い浮かべてぽっくり逝きたい」
「・・・なるほど」
彼女の年齢を確認したら、私と同じ高校生だと話した。ということは、ずっとバス停なんかにいたら補導されかねない。一晩だけ、私の家に泊めることにした。何となく悪い人には見えなかった。彼女に騙されて金品などを持って行かれたらどうしようとも考えたが、話を聞く限り死にたいのは本当のようだった。
「それって、学校での話・・・?家族は?」
「そう。家族はいるけど、このことは話してない」
「・・・そうなの?」
「学校でのこと、知らんもん。知ってほしくない。家だけは私にとって大切な場所であって欲しいから」
「え・・・?」
大切な場所・・・?家があるのなら、なぜ帰らないのだろう。家出だと思っていたから、何か問題でもあったのではないかと思ったのだけど。
「だから離れるんよ?もし家族が私のこと知ったら、変に心配したり距離を置いたり、『友達と仲良くしなさい』なんて強要されたら耐えられんもん。いじめって、何も当事者だけの問題と違うんよ?私の周りにいた友達も、『同じ目に遭うかも』って離れてくし、教師も腫れ物扱いするし、黙って下を向いて生きてくしかないやんか」
「ああ・・・」
確かにそれは分かる気がした。いじめではないにしろ、私だってグループ内では腫れ物扱いのようなものだ。先生の罵倒が原因かは分からないけど、メンバーとの距離がどうしても離れている。怒られている奴とわざわざ仲良くしようなんて誰も思わないはずだ。相手からすれば、それこそ足の引っ張られるだけなのだから。
「で、全部が嫌になって飛び出してきて、小百合ちゃんと出会って、助けてもらった・・・かな?」
タクシーを待っている間に、私のことは彼女に軽く伝えた。名前と年齢と、『3rd Stage』のこと。それだけ言うと、「じゃあ同い年なんや!」と笑顔を向けられ、それ以降、自然と敬語がなくなった。だけど、彼女の情報についてはほとんど教えてもらえなかった。名前も知らない。言いたくないと言われてしまった。不自然には思ったが、強要するつもりもなかったし「分かった」とだけ返した。関西出身なのか、時々方言が混ざっている。それは本人から言われたことではなく、会話の中で気づいたことだった。
「うわっ・・・綺麗〜」
「そう?何もないだけだと思うけど」
家に着き、彼女に支えてもらいながら靴を脱ぐ。片足でしか動けないため、彼女を部屋に案内することが出来ず、「奥の右の部屋使って」「左に冷蔵庫があるから」と口で言うしかなかった。普段人など呼ばないため、寝床という寝床はないけれど、ソファーなどを使えば何とかなるだろう。
「小百合ちゃん、お茶飲んでいい〜?喉乾いた」
「ん?いいよ。コップも好きに使って」
そう言うとすぐに乾燥機を開けて「どれにしようかな〜」と楽しそうにコップを探している。私の家では好きにしてくれて構わないとは伝えているし、逆に変に萎縮されてもなんとなく嫌だった。
「ふぅ〜これがアイドルの飲むお茶かぁ〜」
「アイドル・・・ではないよ。それにただの麦茶だよ?スーパーとか普通に売ってるけど」
ソファーまで辿り着き、私もお茶欲しいと言うと、もう1つコップを取り出して持ってきてくれた。そして私の隣に座る。
「へぇ〜!スーパーとか行くんだ!意外!!」
「そりゃそうだよ。どうやって生活するのよ」
「いやぁ・・・でもさ、お客さんびっくりしない?『3rd Stage』の空野小百合がいる〜って」
「それは大丈夫だよ。そんなことなったことないし、これから活動も・・・あっ!!!」
「うわっ!!・・・え?」
突然大声を出してしまい、隣に座る彼女も驚いている。
「忘れてた・・・」
「何?どうしたん?」
「お知らせ!!休業の!!」
「きゅ・・・え?」
彼女の質問に答える前に、慌ててスマホを取り出す。『3rd Stage』のHPを見ると、「空野小百合についてのご報告」として、休業することが1時間前に伝えられていた。
「えっ!!小百合ちゃんやん!何で?」
私のスマホを覗き込み、直接疑問を投げかけてくる。
「足怪我したから、しばらく活動しないって決まったの。それを自分の口からも言わないといけないの」
「そうなん!?えー・・・」
急いでメモ帳アプリを起動し、文章を考える。「急な報告になってしまってごめんなさい」という趣旨で大丈夫だろう。だけど問題は、この後。何を書くか全く思い浮かばない。
「何書けばいいんだろう・・・。何がいいと思う?」
「えっ?知らんよ。ご理解の程よろしくお願いします〜じゃ駄目なん?あと『復帰したらまた頑張ります』〜的なやつ」
「ああ、なるほど・・・」
意気込みか。そう思ったけど、何故か何も浮かんでこない。復帰した未来が全く想像できなかった。むしろ、このまま消えてしまう方がよっぽど現実的で、私の場所なんて最初からあるようでないと言っても過言ではない気がした。
「・・・これでいいや」
ようやく更新した、たった2行の言葉。ファンの方に対する謝罪だけを書き綴った。
「あ、終わった〜?」
テレビを見ていた彼女が再び私のスマホを覗き込んでくる。
「・・・えー?」
「何・・・?」
「・・・『3rd Stage』って、仲悪いん?」
「・・・何で?」
話を聞く限り、彼女は私たちのグループのことを何も知らないのだと思う。デビューして1年しか経っていないし当たり前かもしれないが、だからこそたった数時間でグループの中身を見破られてしまったのだと思うと顔が強張った。全く知らない第三者から見てもそう見えるのだろうか。
「いや、なんかグループに思い入れなさそうな文やな〜って。他の子にエールみたいなの送ったりせんの?」
「・・・あー」
確かに「迷惑かけてごめんなさい」くらいは言っても良かったかもしれない。そこまで頭が回っていなかった。しかしもう投稿して拡散されてしまっているし、今更消して書き直しても変わらないような気もした。
「多分、大丈夫だよ」
「そうなん?てかそもそも小百合ちゃんが怪我したこと、知ってんの?」
「うん。それは知ってる。メンバーの目の前で病院に運ばれたしね」
「えっ!?そんなん余計心配してるんちゃうん!?ショックやろ。仲間が突然活動休止なんて」
「・・・分かんない」
メンバーが私に対してどう思っているかなんて考えたくもなかった。ただ少なくとも、毎日のように怒られて大人から散々「要らない」と言われているような人に近づきたいなんて思わないはずだし、それは私も分かっていた。だから、私だけ1年経っても初対面の時のような緊張感はまだ残っているし、何でも打ち明けられるようになんてなる筈もなかった。その空気はどうやらファンにも伝わっているようで、「空野って要らないよね」という言葉がネット上でも飛び交っていた。
仲間外れとは思わないし、私は特に気にした事がない。流石にカメラなどが回っている前で孤立するのは少し焦るが、そこは一応「同じメンバー」として仲間に入れてもらっている。相手にとっても私(同じグループの仲間)をいじめていると思われたらデメリットでしかないから、上手い具合に利害関係が保たれている。それにこのグループに入るまで、主に中学の頃は特に事務所なども入らず、学校へ行って部活をして家に帰るという当たり前のような生活を送ってきていた。その頃から芸能界を生きている彼らとそもそも一緒に居られる事自体が奇跡なのだ。
むしろ私がいない方がやり易いのではないかと思っていた。