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魔王は何度も繰り返す  作者: 稲荷竜
十四章 空に路ありて
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93話 王たる者の輝き

「己の家臣だった男に、むざむざ国が滅ぼされているのをここで見ていろと!? 近親の者を見誤り、国民を犠牲にし、都を滅ぼされ……! 他国にすがり生きながらえる……! これのなにが『王たる者』か!」


 バルバロッサの突撃が却下されたのはもう幾度目になるかわからない。


 ラカーン王国の港町には国家全土から集まった人たちがおり、その半数は国外への亡命を希望していた。


 都が魔王カシムに滅ぼされてからというもの、『獣の軍勢』は各地に出現していた。

 ラカーン王国の誇る武闘派貴族たちでさえも抗えぬこの大攻勢に国家はどんどんその領地を切り取られており……

 国民の三分の一は運良く港町までたどりつき、三分の一は自分の生まれ育った村や町、それに家族が逃げる時間を稼ぐために居残り……

 ……あとの者の行方は知れない。


 ……知れない、ということで、発表されていた。


「今ここで! 王となるべくして生まれた俺が立ち! ラカーン王国未だ健在と示さねば! 裏切る者が後を絶たぬであろうが!」


 国民のうち、残り三分の一は魔王カシムの側についたらしいことが報告されている。


 しかしその報告も単純に『裏切った』ということではなく、『死んだはずなのに生きていた』だの、そういう眉唾なことが多い。

 報告者さえも目を疑っている様子ではあったので、情報統制が成功し、『行方知れず』ということにできているけれど……

 魔王カシムが本気で港町に侵攻する時が来たならば、きっと、そういう『裏切り者』を大挙して引き連れて来るに決まっている。


 相手は『魔獣の王』で、話が通じないとされているから、ラカーンの民は徹底抗戦や逃亡を選ぶのだ。

 もしも国民に『魔獣の王は投降した者を臣として迎え入れる』と思われてしまえば、どうにかもっている士気は落ち、本当に(・・・)裏切る(・・・)者があとを絶たなくなるだろう。


 ……魔王カシム発生の現場にいた者たちは、知っているのだ。

『あの存在が人の投降など認めるはずがない』と。


 それでも向こう側に裏切り者と思しき存在が確認されているのは、なんらかのおぞましい仕組みがあるはずで……

 少なくともそれは『投降すれば生き残れる』などという、甘い夢を粉砕するような、そういうものだと思われるのだ。


 だから、港町にあった無人の家屋を接収して確保された本陣……


 日の高いうちからラカーン王国第一王子バルバロッサが口角泡を飛ばして訴える『裏切り者』とは、『裏切れば生き残れると思って向こうにつこうとする者』のことを指す。


 バルバロッサはそういう者さえも守らねばならぬと思っている。


 だが、『裏切り』がひとたび民の意思で始まってしまえば、それを止めるのは困難を極めることを理解している。


 だからこそ━━


「このままでは国も民も切り崩されるのみ。反転攻勢こそが我らの生きる唯一の道なのだ……頼む、行かせてくれ。俺と国を想う者のみでいい。必ずカシムの首級(しるし)を挙げてみせる……どうか……」


 力なくテーブルに手をついてうなだれるバルバロッサは、その態度が示す通り、この場の支配者ではなかった。


『本陣』にはバルバロッサを連れて帰った『最強の騎士』ミカエル・ラ・アルナルディ……

 隣国ドラクロワの第二王子であるオーギュスト・ドラクロワ……


 そして、もっとも高い位置には、豪華で鮮やかな銀髪に赤い瞳を持ち、しかし片目を眼帯で、片腕を包帯で隠したために、すっかりものものしい雰囲気になっている、アンジェリーナ・クリスティアナ=オールドリッチの姿があった。


 席次が示す通り、この場でもっとも強い発言力を持っているのは、アンジェリーナだ。


 というのも、港町に集ったラカーンの民に食糧を与え、簡易の寝床を作り、さらに亡命希望者を船で運んでいるのが、クリスティアナ=オールドリッチの家なのである。


 ラカーンの臣民が今『生活』できているのはアンジェリーナの実家の力添えあってのことであった。


 また、敗走しもっとも力ある王都の兵と、剣術大会に参加しようとしていた者たちで構成された義勇兵を失い……

 しかも股肱(ここう)の臣に裏切られ国を滅ぼされかけている。


 難民流入により『ラカーン軍』と一応呼べるだけの頭数はこの港町にそろっている。

 だが、今のバルバロッサの権力基盤はそれだけであり……

権力基盤が『義勇兵』である都合上、ますます兵站(へいたん)の世話をしてくれているクリスティアナ=オールドリッチには頭が上がらない……という循環に陥っていた。


 加えて述べるならば……


「ならん」


 アンジェリーナの態度が、断固としている。


 この少女は体の小ささに見合わない尊大な態度がかねてより注目されてきたのではあるが、それでも、少し前まではもう少し『軽さ』があった。


 しかし今のアンジェリーナの言葉、一挙手一投足には大人の男さえも逆らい難い重圧がある。


「無策に『魔王』と当たっては返り討ちに遭う。その理由もすでに語った。魔王として言うが、魔王には『勇者』でなければ勝てぬのだ」


それ(・・)だ!」


 バルバロッサが勢いを取り戻し、古く丈夫な木のテーブルを叩く。


「アンジェリーナ! 貴様! そのような説明で納得(あた)うと思っているのか!? 『魔王だから、魔王のことがわかる』などと! 貴様が『魔王』というのは、けっきょくのところ、自称ではないか! 根拠にならんのだ!」


「バルバロッサ」


 短く名前を呼ぶのは、困った微笑みを浮かべるオーギュストだった。


 そこでバルバロッサは自分の言動に冷静さが失われていたことを思い出さされたようで、ばつが悪そうに視線を動かし、知らずに浮いていた腰を降ろした。


「……すまん。……魔王云々はさておき、アンジェリーナの見解はまったくもって正しい。俺が義勇兵を伴い出撃したとて、アレに勝てる見込みは薄かろう。だが……だが……!」


 生まれ育った故郷を切り取られ、すりつぶされている。

 しかもそれをやっているのは血のつながった兄であり、この上ない信頼をおいていた家臣だ。


 ……今のバルバロッサに語るべき言葉を持つ者はこの中に誰もいなかった。


 いるとすれば兄を失ったオーギュストぐらいのものではあったが、こういう時にオーギュストは冷静だ。

 むしろ『兄を失っただけ』の自分より、『兄に裏切られ、父母や兵を失い、宮殿を追われ、国土を切り取られている』バルバロッサの方がつらいに(・・・・)決まって(・・・・)いる(・・)のだから、彼を差し置いて苦しむことは許されない━━そんなふうに思っていた。


「ねえアンジェリーナ、その『勇者』というのについて、具体的なことがわかれば国に手紙を書いて捜索してもらえるのですが……それはわからないのですよね?」


「わからないというか……『光の魔力』を持つ者だ」


「……『光の魔力』というのが確認されたことがないので、手紙には書けませんね」


「むう。潤沢な純魔力を操る者を相手に、力押しでは勝てぬのだ。それこそ『時間を止める』ぐらいの搦手がなければ……それに、カシムが『魔王』ならば、おそらく人心を操る闇の魔力も身につけていよう。……ここから先、光の魔力の持ち主も、闇の魔力の持ち主も発生する。どこかの時点では出てくるはずなのだが……」


「なんとも根拠に乏しい話です。けれど、僕は信じます」


「……」


「君の『言いたいこと』を信じたうえで、君の言葉や思いを、誰にでも理解が適うような、現実的なものに置き換えていきましょう。それがきっと、今できる、僕の役割なのですから。ただ……『確認されたことのない属性の魔力を持つ者あらば教えてほしい』と国に送ったけれど、未だ返事がない状況を思うに、もう少しせっつきたいところではありますが」


 会議は膠着している。


 現状は不可思議な停滞に包まれていた。

 というのも魔王カシムが全力で攻め寄せて来たならば、彼の扱う『純魔力による攻撃』『獣の軍勢』において、この港町はすでに滅びていてもおかしくないからである。


 ところが港町には時おり難民を追うようにして獣の軍勢が訪れるだけであり、その攻勢は厳しいものの、騎士ミカエルが義勇軍を率いて出れば、ほとんど被害もなく撃退できる。


 この状況に不気味さを感じているのは、おそらく首脳として港町に残る全員であろう。


 きっとカシムにはなにか目的があって、ラカーン王国最後の防衛線である港町への侵攻をしていないのだと、全員が思っている。


 だが、なぜ、そうなっているかわからない。


 だからこそオーギュストは少しでも情報を欲して停滞・検分を重要視し……


 アンジェリーナは方針を決めかねている。


 首脳の中で唯一、そういった戦略に頭を悩ませていないのはミカエルで、彼は半ば防衛隊長のような座にあって、兵たちをまとめ、鼓舞し、獣の軍勢を追い散らしてはまた港町に戻るという日々を繰り返していた。


 この状況においてバルバロッサが焦って一発逆転を狙った反転攻勢論を唱えるのも、無理がないことではあった。


 なにせラカーン王国の生命を支えるのは、その全員が隣国ドラクロワの者たちなのだ。


 クリスティアナ=オールドリッチの支援なくばとうに戦線は崩壊していた。

 また、騎士ミカエルという『最強』なくして、獣の軍勢を追い散らすことも難しかっただろう。

 オーギュストがドラクロワに向けて送ってくれる手紙はこの停滞した状況を動かす可能性を秘めていた。さらに彼がクリスティアナ=オールドリッチの支援に『自らの資産から支払う』と明言してくれなければ、そもそも現状の安定さえなかったかもしれない。


 まあ、それら働きに充分に感謝しつつも、やはり最大功労者は、そもそもクリスティアナに話を通し迅速な支援を確立させた、リシャール王子に思えるのだけれど……


 バルバロッサ・ラカーンにとって重要なのは、これらすべてが『隣国の者であり、ここに拘束される理由がまったくない』ということだ。


 極論、彼らの気が変われば、現在どうにか得ている安定はなくなる。


 ……もちろんオーギュストやアンジェリーナのことを疑っているわけではない。だが、王子という立場で政務を行っていたバルバロッサは、『個人の想い』がもっと大きな力でないがしろにされる現実も知っている。


 ドラクロワ王国が『帰ってこい』と命じれば、オーギュストは逆らえないだろう。


 アンジェリーナの実家が支援を打ち切ると言い出せば、それを撤回させる手段などないはずだ。


 ラカーン王国最後の港町は、このように危うい均衡の上に成り立った、『砂に突き刺さった細長い木切れ』だった。


 しかも……


「で、伝令!」


 家屋の外から切羽詰まった声が響いて、全員が『その時』の訪れを予感した。


「その、軍勢が、港町に迫っていると、物見が……」


「……はっきり言え」バルバロッサが疲れ果てた声を出す。「それは『獣の軍勢』か、それとも、他の(・・)軍勢か」


 おどろくような沈黙があった。


 伝令は緊急時にあっては長すぎる沈黙のあと、続ける。


「……行方不明者たちを引き連れた、魔王カシムの軍勢です」


 ……もはやラカーン王国の『将来』は、閉ざされているのかもしれない。

 バルバロッサはラカーン王国王子としてその可能性をふまえた行動をとりえなかった。どのような乏しい可能性であっても、祖国が滅ぶ前提の言動はできない。


 なぜなら、王たる者として生まれたからだ。


 どのような状況であろうと、どれほどか細い可能性であろうと、国が国として残るように行動せねばならなかった。


 だが……


「……オーギュスト、アンジェリーナ。俺の焦りに共感してくれとは言わぬ。一発逆転を目指した突撃も勝利の目算が低いことは認めよう。ならばこそ、ここに、言おう。━━ラカーン王国は、滅ぶ」


 一同が息を呑んだ。


 王子としてその言葉を発するのに必要な覚悟のほどを、軽く見る者はこの場にいなかった。


「その上で、この港町でカシムを仕留めきれんことも、付け加えよう。ゆえに俺は……ドラクロワ王国のために動く。今後きっと同じ脅威にさらされる貴様らの国のため、提案しよう」


「……うかがいましょう」


 アンジェリーナからの視線を受けて、オーギュストが応じた。


 バルバロッサは灰褐色の瞳をまっすぐオーギュストへ向けて、


「『船』を一隻、確保したい」


「……船?」


「うむ。この港町にはない船だ。━━王都に停泊している、我が『空飛ぶ船』をだ」


「…………」


「もはや我が手でカシムを仕留めることはあきらめよう。だが、危険を冒してでも、あの船は確保したい。自軍で利用できるならばこの上なき戦力となるだろうし……カシムがあれを利用せんとするならば、めちゃくちゃに壊すべきだろう」


 当然ながら。


 魔王カシムに支配された地域へ進撃するのは、カシムの首を狙った突撃と同等以上の危険な行為となるだろう。


「……であるからして、アンジェリーナ・クリスティアナ=オールドリッチ並びにオーギュスト・ドラクロワ殿下、加えてミカエル・ラ・アルナルディは、俺と義勇兵の出陣を許可されたし」


「危険すぎます━━というのは、言うまでもありませんよね」


「もちろんだ。……なあ、アンジェリーナ」


 灰褐色の瞳が切なげに細められ、そちらを向く。


 アンジェリーナもまた、褐色肌の青年をじっと見つめた。


 彼女が言葉を発する前に、バルバロッサは語り始める。


「いや、今さらなにをと思われるかもしれんが……迷惑をかけたな、本当に」


「………………そういえば、本当にそうだ」


 そもそもアンジェリーナは誘拐されてこの国に来たのである。


「ここがドラクロワでなくラカーンということもあり、また、実家の支援が甚大だという都合もあり、最高司令官のような位置に立たされた重圧、その細い身にはつらかったであろう。……俺も腑抜けてしまっていた。貴様のその席には、どれほど恥知らずであろうとも、俺が座るべきだったのだ」


「……」


「重圧をかけてしまったこと、許せとは言わん。償いとなりはしないだろうが……俺の死後、ラカーン王国に残るあらゆる資産は、すべてクリスティアナ=オールドリッチに寄贈すると誓おう。このあと書面に(したた)めさせておく」


「バルバロッサ、それは……!」


 ここで声を出したのはオーギュストだった。


 クリスティアナ=オールドリッチの力を飛躍的に増しかねないその約束は、かの島の助けになるどころか、政治的均衡を崩しかねない。


 しかしバルバロッサは笑った。


「オーギュスト、クリスティアナ島は貴様が守れ」


「……」


「なにせ俺は、契約が履行されたあとになにもできんのでな。……これは男の嫉妬である。すでにアンジェリーナを手にしていた貴様への、筋違いな意趣返しよ」


「……そう言われてしまうと、参ってしまいますね」


「俺は『ドラクロワ風』は好かんので言ってしまうが、現状の貴国の動きを見るに、おそらく貴国は『魔王との戦い』を、この港町で終わるものと考えていよう。そのような国に俺のものを渡したくはない。渡すならばともに戦った戦友に遺したいのだ。……貴様やミカエル殿に渡しては、国のものとなるだろう。そういう意図もあるのだ。許せ」


溌剌(はつらつ)さが戻ってきましたね」


「うむ。ことここに至り、ようやく俺は俺を取り戻したというわけだ。……ここは俺の国で、貴様らが今まで噛んでいたのは、他国の問題よ。ゆえに……俺はこの言葉を遺そう。『すべて許す』と」


「……」


「この国が滅ぶことも、今まで戦いで出た犠牲も、すべて俺の双肩にある。ゆえにこそ、貴様らがその件で少しでも自分を責めることあらば、この俺が貴様らを許していることを思い出せ。……もともと、貴様らにはなんの責任もないのだ。それでも責任を感じそうな貴様らを、あらかじめ許しておく。この、俺が! ラカーン王国第一王子、バルバロッサ・ラカーンが、だ!」


 バルバロッサは天を仰ぎ……


 顔に、不敵な笑みを取り戻した。


「貴様らの胸に後悔がよぎった時、この俺の尊声と尊顔を思い出し、それを拝した光栄を思い出せ。……滅びるなよ。我が国のように」


「……心に刻みます」


「うむ。……では出陣する」


 立ち上がり去って行くバルバロッサを、止める言葉を見つけられる者はいなかった。


 リシャールの生かした命というよすがを責めることもできたかもしれないが、そのように足を引くには、あまりにもバルバロッサは輝かしかった。


 太陽のような青年が去っていく。


 重苦しく沈んでいる暇はない。事態は一刻を争い、避難させなければならない民は、あまりにも多いのだから……

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