91話 終極の始まり
魔族とは。
……魔王を名乗るアンジェリーナの知る『魔族』とは、人とは異なる生命体だ。
人は出生する。
魔族は発生する。
人は肉と骨と血でできている。
魔族は、魔力でできている。
それはアンジェリーナの知識においては『そういうもの』でしかなかった。
そして平和でない世界において、それ以上掘り下げて考えられることがなかった。
なぜ、そうなったのか。
なぜ、そんなふうに存在するのか。
なぜ━━
━━そんな存在が、生まれたのか。
「……なるほど、大地は『それ』をお望みなのですね」
生命の絶えた砂の大地。
褐色肌の男が両膝を着いている。
翳り切った日差しは砂漠の国に厳しい寒さをもたらしていた。
真昼の灼熱が嘘のような、吐く息が白くなるほどの冷たさ……
黒髪の彼が膝をついている場所には、ただ、砂があるだけだ。
けれど男は━━カシムは、そこにある砂を両手ですくって、大事そうに握りしめて、語りかける。
「あなたは死するべきではなかったのです、リシャール。……大地もそれを、お望みだ」
……純白の光が、砂へと注ぎ込まれていく。
光が注ぎ込まれた砂はきらめき、『物が落ちる力』に逆らって舞い……
次第に、人型を形成していった。
きらめく砂がはっきりと人のシルエットをかたどると、それらは静かに色づいていった。
均整のとれた肉体を持つ、長身の男性だ。
肌の色は白にほど近く、しかし病的ではない。
指先にまで気力がみなぎり、ゆっくり握られた拳は力強い。
真っ黒い長髪が砂漠の風に揺れる。
そして、黄金の瞳が、開かれた。
「リシャール」
カシムは呼びかける。
リシャールは目の前で膝を着くカシムへと、黄金の瞳を向けた。
「…………ああ、なるほど。これが━━俺の生きてきた理由だったのか」
「あなたは人ではないものになったのです。この大地の意思に許されるものに……魔力と砂でできた、生き物……『大いなる流れ』の眷属……これより大地に満ちるであろう、人ではない一族の、最初の一人……」
━━魔族。
魔族とは。
人とは異なる生命体だ。
人が肉と骨と血でできているのに対し、魔族は魔力でできている。
魔族は出生せず、発生する。
一見して『無』としか呼べないようなものから、魔力によって、発生する。
ちょうど今、リシャールが砂と純魔力で肉体をかたどったように。
リシャールは自分の裸身を見下ろして、パチンと指を鳴らす。
すると純白の光をまとった砂が体にからみつくようになり、その砂は次第に布の質感を備え、衣服となった。
真っ黒い服。真っ黒い手袋。真っ黒いマント。
白い面相の中で、黄金の瞳がぎらりと輝く。
「カシム、今一度、お前の目的を聞かせてもらおうか」
「私に目的などありはしない。しかし……『大いなる流れ』の意思はきっと、世界のすべてをあなたと同じような生命にすることなのでしょう。美しく、大地そのもののような、そういう生命に……」
「承った」
バサァ、とマントを翻し、リシャールはカシムに背を向けた。
そして、星の散らばる夜空を見上げて、
「ここがおそらく、我が『繰り返し』の極点なのだろう。……このリシャール、いよいよあなたの願いを叶えられそうだ」
「ええ」カシムも立ち上がり、「すべては、『大いなる流れ』の意のまま、願いのために」
リシャールは肩越しに振り返り、笑う。
楽しげに、満足げに……
あるいは。
嘲るように、ほくそ笑むように。