90話 砂にまみれた告白
本日は2話同時更新しております。
先に89話をごらんください。
……それでも、背後を振り返ってはしまうもので。
アンジェリーナとオーギュストは、たしかに進むと決めた。
踏み出した足がすぐに風に運ばれてきた砂に埋もれて、一歩ごとに足を引き抜くために全力で踏み出さねばならなくって、それでも、少しずつでも、自分たちのやるべきことをやろうと決めて、進んでいたのだ。
それでも、やっぱり、後ろは気になる。
残してきた仲間たちが気になる。
リシャールがいる。ミカエルがいる。バルバロッサだってあそこにいる。この三人に比べれば自分たちが未熟で、心配するなどおこがましいのはわかっているけれど……それでも、心配は、してしまうのだった。
だから、オーギュストとアンジェリーナが、ほぼ同時に、もうとっくに見えもしない、砂塵の向こうのラカーン王都を振り返った。
その時、白い光が、発した。
ラカーン王都より北で、その光は発したようだった。
なぜわかるかといえば、光が出た瞬間に砂塵が消し飛ばされるようになって、一瞬、王都までの視界が開けたからだ。
その王都の背後、つまり北側の獣の軍勢がいるあたりで、光は起こっていた。
なんの光なのか……
「…………!?」
光がおさまったころ、アンジェリーナが言葉にならないうめきをあげながら、頭をおさえてくずおれた。
だからオーギュストは光の正体について考察するより前に、アンジェリーナの横で屈み、彼女を気遣う言葉をかけた。
「アンジェリーナ、どうしたのですか?」
「……あの、光」
「先ほどの白い光?」
「そうだ。あの光を……我は知っている。……あれは、あれは……」
アンジェリーナはしばらく地面を凝視したかと思うと、右目を隠す眼帯をむしりとるようにしながら、素早い動作で立ち上がり、ラカーン王都方面へと体ごと向き直った。
そうしてジッと、すでに砂塵の向こうに消えたその方向をながめ……
「純魔力」
「…………それは?」
アンジェリーナが、左肩越しに振り返った。
砂塵除けの布が風にあおられ、中にある銀髪がのぞく。
赤い左目がオーギュストを捉える。
その目は、奇妙な感情を浮かべていた。
なんとも言い難いその目。
……オーギュストはそこにうずまく感情の中に『悲しみ』を見つけたから、アンジェリーナを支えたくなって、その横に並んだ。
同じ方向を見ても、なにも見えない。すべては砂塵の向こうに隠れてしまっている。
「オーギュスト、我はすべてを思い出した」
「……すべて、ですか」
「うむ。……この先の未来の話だ。今ではない、はるかはるか遠く、オーギュストが寿命を迎えたよりも先の未来……」
「……」
「世界は、あの輝きによって滅ぼされる」
「……」
「ここが時代の分岐点なのだ。平和を願い、眠りにつき……勇者どもの光の魔力により、我は時間を遡行した。滅びを止めるために。平和な世で再び……平和になった未来で再び目覚める、そのために」
「つまり、君は……なんなのですか?」
「魔王である。そして……」
アンジェリーナがオーギュストの方へと向き直る。
背の低い彼女が自分へ向ける視線を、オーギュストはまっすぐに受け止める。
赤い左目と━━
黒い、右目。
ずっと、ずっと、赤くしか見えなかったその目は、今、オーギュストから見ても、たしかに黒く染まっていた。
「『始まりの魔王』……『魔皇』を倒し、世界を滅びから救うために、ここに来た。滅びゆく未来を断固拒否し、敵味方の別なく世界を救う意思を持つ者たちで協力し……時代を遡る旅に出た、未来の魔王なのだ」
それは、か細い可能性にすがって、絶望的な成功率に目をつむって……
多くの者の願いを背負った、長く苦しい、旅路なのだった。
けれど、なんとしても目的を達成しなければならない。
退路はなく、退く気もない━━意地の旅路。
成功保証のための切り札などなく、作戦なども立てようがなく、それでも絶対に成功せねばならない、意地以外はなにもない、長い長い、旅。
この旅には大義があって、数多の人命がかかっていた。
少々の犠牲など厭うべきではない、大事な大事な、世界のための旅。
だが……
「……意識がはっきりしている周回は初めてゆえに、今、ここで謝罪をさせてほしい」
「……謝罪?」
「……我は、幾度もアンジェリーナを殺したのだ」
大事の前の小事。
大義のための尊い犠牲。
大仕事のための不可避のダメージ。
けれど、この周回において、アンジェリーナとして過ごしてきたから、思う。
「一人の『恋する少女』を殺し続け、我はこの時代への顕現へ挑戦し続けた。━━我は幾度も繰り返したのだ。世界を救うために、一人の少女を殺すという蛮行を」
その謝罪を本当に向けるべき人物はもういない。けれど、自分が奪った命のそばにいた人へ謝りたい気持ちはずっとあって……
それが、彼へ尽くそうという気持ちと……
彼に好かれるわけがないという気持ちとして、表れていたの、だろう。
世界を救うために、一人の少女を、殺し続けた。
そしてきっと、ここで終わらなければ、これからも殺し続けることになる。
なぜなら━━未来の魔王は、繰り返すから。
意地の旅路は終わらない。魔皇を倒す、その日まで。
十三章『意地の旅路』終了。
次回更新は遅くとも6月末。
書けたら早めに更新はありえます。




