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魔王は何度も繰り返す  作者: 稲荷竜
十三章 意地の旅路
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85話 砂嵐の逃避行

『獣の軍勢』の大攻勢があった。


 剣術大会開催にわいていたラカーン王国をとつじょとして襲ったこの事態に、ラカーン王国第一王子バルバロッサは素早く対応。

 剣術大会参加者を義勇兵とし、側近であるカシムや客将ミカエル、さらに隣国の第一王子であるリシャールなどに兵を率いさせ、獣の軍勢にぶつかっていく。


 そのころ。


 獣の軍勢と人の軍勢がぶつかりあう場所から、街を挟んで反対側に、アンジェリーナとオーギュストはいた。



 砂まみれの風は厳しい日差しから二人を隠してはくれるけれど、その代わりにまともに呼吸もままならないほどひどく砂塵を舞わせ、それがびしびしと体を叩くものだから、ただ立っているだけでも痛い。


 ラカーン王国特有の頭のてっぺんからつま先まで覆う、ゆったりした通気性のいい衣服……

 この暑い地域においてなぜわざわざ全身を覆うような服装をとるのかと知識しかなかったころには疑問だったが、なるほど、この衣装は砂と、それから日差しから身を守るために適したものなのだと思い知らされる。


 オーギュストはアンジェリーナを伴って、砂漠の真ん中にいた。


 とはいえ、振り返れば先ほどまでいたラカーン王国の王都が見える。


 石や泥でできたさまざまな建物が立ち並ぶ都市を挟んでしまっては、そのさらに向こう側に展開しているであろう人の軍勢と獣の軍勢の様子を見ることまではできない。


 だが、ビョウビョウと吹き付ける風の音に混じって、かすかに人の叫ぶ声や馬のいななき、金属の打ち鳴らされる音などが届いた。

 向こうは予定通り開戦しているのだろう。


「……(リシャール)がいれば滅多なことにはならないとは思いますが、やはり気になるものですね」


 オーギュストがそんなふうに漏らしてしまったのは、初めてとなる『大規模な戦争』が身近で起きていることへの不安からだった。


 この金髪碧眼の貴公子はそもそも穏やかな性分だ。

 回避できる争いは回避する傾向があり、そのせいで兄であるリシャールとの王位継承権争奪戦も、最初からあきらめていたぐらいだった。


 だから、いくら冷静に状況を把握していようとも、すぐ身近で起こっている争いには、やはり胸が痛むし、恐ろしさも感じる。

 それは獣の軍勢の威容に対する恐怖ではなく、それによって親しい人たちが……剣術大会にともに参加しようとしていた名も知らぬ人たちもふくめて『親しい』と思ってしまうが……傷つくことへの恐怖だった。


 ついつい視線を後方……王都方面、その向こうで戦っているであろう人たちのいる方向へ向けてしまうのは、この王子の性格を思えば、仕方のないことなのかもしれない。


「アンジェリーナ、君は堂々としていますね。先ほどからうろたえた様子がない。僕は君のそういうところをとても━━アンジェリーナ!?」


 オーギュストが視線を戻した先で、アンジェリーナが風にあおられた布を顔に張り付けた状態でもがいていた。

 ラカーン製の通気性のいい布はこうして風によって顔面にくっついたりすると、けっこう呼吸器をふさぐ。

 アンジェリーナの腕力が風圧に負けているので顔に張り付いた布を引き剥がせないようで、布の上に顔のかたちを浮かび上がらせながら無言でもがくアンジェリーナがそこに完成していたのだった。


 オーギュストは慌ててアンジェリーナの呼吸器をふさぐ布を引き剥がした。


「大丈夫ですか!?」


「ふ、問題ない……ぜぇ……ぜぇ……」


 すごく苦しそうなのだが、オーギュストは淑女のプライドに配慮して、それ以上言葉の上で気遣わないことに決めた。


(……そうだ、後方なんか気にしている場合ではない。僕は……アンジェリーナを守る。それだけを考えよう)


 風に吹かれただけで死にそうになるこの美しくか弱い婚約者から、一瞬とはいえ目を離してしまったことを悔いた。

 ここには自分と彼女しかいないのだ。ならば、自分が彼女を守らねばならない……オーギュストは決意を新たにしながら、アンジェリーナの風上に立つ。


「アンジェリーナ、大丈夫ですか? その様子で歩けますか? まだまだ目的地は遠いですけれど……」


「も、問題ない。……海が近付けばこの風もおさまるのであろう?」


「……うーん、まあ、その、ラカーンの気象状況については、僕も詳しいとは言い難いですからね」


 この砂をはらんだ風が海側だとおさまるという話をオーギュストは知らなかったし、ラカーン王国には海路で来たので港の様子も知ってはいるのでたぶんおさまらないと思ったが、わざわざ残酷な真実をつきつけるのもしのびなく、以上のような発言になった。


 ━━海を、目指しているのだった。


 十五歳になろうという男女二人、異国で海を目指して砂漠を行く。


 シチュエーションだけ切り取れば、いかにも戯曲的で、まるで許されぬ恋を成就させるために逃亡する家柄の違う二人のような様子ではあった。


 けれど、これは伝令なのだ。


 護衛がないのはいいとして、馬がないのはいかんともしがたい。

 けれどしょうがない。馬は一頭たりとも捻出できないほどの戦況だし、そもそも、この伝令に速度を求められてはいない。


 ようするに、二人は街から逃がされた。


 期待されてはいない伝令。

 ただ二人の無事だけを願われた逃避行の最中にあり━━


 期待されてないなら、期待以上を持ち帰ってやろうじゃないかという、これはそういう、意地の旅路なのだった。

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