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魔王は何度も繰り返す  作者: 稲荷竜
十二章 『かつて』と『今』と
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84話 『期待』と『現実』と

だいぶ遅れて2月25日39時投稿になってしまいました

 たとえばドラクロワ王国ならば、『王都の北に大規模な獣の群れが出た』『王都にはたまたま多くの腕自慢がいる』となると、貴族が号令を発してこれを兵として動員する。


 それは『有志を募る』のではなく『強制徴用』だ。

 もちろんそのための法がある。簡単に概要だけ述べるならば『緊急時にはその場でもっとも位階の高い貴族が民を動員し兵にできる』というものであり、『緊急時に』『貴族が』『平民を』という形式の法文はドラクロワの法に数多くあるのだ。


 しかしラカーンにはこの手の法がないらしい。


 ならば、王都北に『獣の軍勢』が出現したこのタイミングで集っている腕自慢どもを、ラカーン王国王子がどうするかというと……


「武功を挙げた者には賞金と名誉を約束しよう!」


 ……法律がないので、金と名誉で有志を募る。

 そして腕自慢どもはこれにノリノリで応じるのだ。


 国民性、というのか。

 ドラクロワ王国民はこういう時にはむしろ指揮系統だとか、法律だとか、死傷時の補償だとか、そういうものを気にする傾向がある。

 しかしラカーン王国民はといえば、そういうものはなく、賞金の額や名誉の具体的にどういうものかを問わず、武器を掲げて「オオー!」と盛り上がるのだ。


「誰ぞ、このミカエル・ラ・アルナルディと穂先を揃えたい者はあるか!? 我が隊列に加わる者にはもっとも栄誉ある一番槍を約束しよう!」


 そしてミカエルはこのノリに順応している。

 なにより数々の武功を書き連ねたものを積み上げれば天にも届く『諸国漫遊の英雄』であることを差し引いても、隣国貴族であるはずのミカエルの、指揮下に入る者が出るわ出るわ。

 満足に兵も引き連れていなかったはずのミカエル隊は、今や彼の領地の兵よりも多くの人が集い、さすがに多すぎて選考しなければならないほどであった。


 乾いた風の吹く砂地はこのような熱気に包まれている。


 すぐ背後にラカーン王国王都を負った街の外には、厳しい昼の日差しと砂をはらんだ風、それから無限にも思える砂漠が広がっていた。


 しかし、荒涼とはしていない。士気の高い人たちが数多く集い、口々に威勢のいい叫びを挙げ、どやどやと隊伍を作っていっているからだ。


『獣の軍勢』などという、ともすれば与太話と思われそうなものと戦おうという話であるにもかかわらず、義勇兵の士気は異様に高い。


「……いや、すごいな、これは」


 リシャールもさすがに乾いた笑いが出る。

 ラカーン王国の民は日差し照りつける砂漠よりもなお熱い心を持っていた。

 騎乗してやや高いところから見ているからというのもあるだろう、人々が王都北門から溢れ出して次々軍に加わっていく様子は、まさしく圧巻であった。


「俺の人望よ。……と、言いたいところだが、時期がよかった」


 あっというまに義勇兵隊が作り上げられていく光景をながめていると、横から声がかかった。


 目を向ければ、砂塵除けのターバンを巻いて、きらめく黄金の甲冑を身につけたバルバロッサがいる。


 つい先ほどまで用意させた台の上で演説をしていたのだが、もはや彼が姿をさらさなくても民の士気は充分だと見て、降りてきたのだろう。

 彼もやはり騎乗しており、今すぐにでも飛び出せそうなほど、準備が整っている様子だった。


 そう、『民』なのだ。


 兵たちももちろんいるのだが、今、この場で武器を持って戦いに挑もうとしている者たちは、そのほとんどが『腕自慢の民』である。


「剣術大会に出ようという者はな、自分の腕に自信があり、なにより『戦う気持ち』でいる。これが舞踏の大会であれば、少し煽った程度では、この人数を『兵力』には転じられなかったであろう」


 中天にさしかかった日差しがターバンをかぶった顔に深い影を落としている。

 その中で理知的にきらめく灰褐色の瞳だけが、やけに冷えたものを宿して民に向けられている。


「……俺は国家のための決断をした。後悔はない」


 バルバロッサの声は砂をはらんだ風にかき消されるほど小さい。


 彼の行為はたしかに、民を『死ぬかもしれない剣術大会』から『確実にいくらかは死ぬだろう戦』へと駆り出すものだった。

 バルバロッサは勢い任せに直感を信じて行動を開始する。……しかし、行動をしてしまったあとで冷静さも働くのだ。


 リシャールは隣に立つバルバロッサの肩を叩く。


「ここで迅速に大軍を形成できたことは、最終的な死者を減らすことにつながろう」


「『予言者』の言葉と思えば救われるよ。……できれば、あんなものが王都北に展開する前に予言が降りてくれればなおよかったが」


「さすがにそれはな」


 王都北に数万の『獣の軍勢』がいる、という状況。

 これだけの獣が大挙して移動していればもちろん気付く。しかし、相手が展開し終えるまで誰も気付かなかった。

 つまり獣たちは、気付かれないように少数ずつ、長い時間をかけて移動し、今、一斉に蜂起したということ、なのだろう。


(……動きが完全に、戦略に沿ったものだ。……感心するより恐怖するよ。人ほどの知恵がないと思われた獣どもが、こうして明らかに『攻め落とす』意図を感じる動きをしている)


 獣による被害は、もちろん、あらゆる周回においてあった。


 そもそも大陸貴族の兵がこういう獣の群れへの対処を主な仕事としているのだから、獣による被害はあって当たり前だ。

 獣というのは巨大で精強なものだから、それが群れとなって移動するだけでも、あいだにある村などはひとたまりもない。だから、貴族の兵が民を守る。少なくともドラクロワ王国はそうしてきた。


 しかし、この大規模な『獣の軍勢』は、明らかに騎士たちの想定の範囲を超えている。


(おそらく、俺が今まで体験した中で、最大級の脅威だろう。……今まではここまでのものはなかった。この周回で唐突に発生した……となれば、俺の観測範囲でその遠因たりうると想定されるものは……)


 アンジェリーナの存在。

 魔王だなんだとうそぶく彼女の目覚め。


 ……いや、もともと、アンジェリーナは『魔王』というものと無縁ではなかった。

 いくらか繰り返していくうちに、アンジェリーナが魔王を名乗る存在に精神を乗っ取られ、暴走したということもあったのだ。


(しかし、四属性魔法による苛烈な攻撃はあっても、闇属性と思われるものはなかったし……獣を操るなんていうまねもしなかった)


 もともとアンジェリーナは『なにか』を抱えていたようで、それはクリスティアナ=オールドリッチの歴史にまつわるもの、らしかった。

 あの国はあまりにも秘密が多すぎる。繰り返す中でリシャールがクリスティアナ=オールドリッチについて探りを入れた周回は十や二十ではきかないが、最深部には迫れなかった。


 リシャールがアンジェリーナの婚約者となれれば中にもぐりこむこともできたのだろうけれど、アンジェリーナは毎回、絶対にオーギュストを選ぶのだ。

 最初の方はオーギュストの方が国王候補として有力だったからという理由もあったのだが、リシャールがその経験則から有力候補とみなされても、関係なくオーギュストの婚約者になり、未来の王妃は自分だとうそぶくのだ。


(あの領地は数代にわたって『黒髪の男』を婿に迎えているから、金髪のオーギュストより、黒髪の俺が有利のように思えるのだが……)


 繰り返す中で、こういう『そう決まっているから、理由はどうあれ、そうなる』ということは、いくつかあった。


 たとえばそれは、エマの転入時に案内役がその役割をすっぽかすことだったり……

 ガブリエルがオーギュスト暗殺未遂を起こすことだったり。


 なによりアンジェリーナがオーギュストと幼いころに婚約するのもまた、幾度繰り返しても、そうなるのだ。

 その後の展開はさまざまに分岐するのだが、そこだけは動かない。


「リシャール、この『獣の軍勢』の原因、貴様はなんと見る?」


 ちょうどそのことを考えていた時にたずねられたもので、リシャールは妙な笑いがこぼれてしまう。


(というか、思考が逸れたな。……やれやれだ。今はのんびり女のことを考えている場合ではないというのに)


「どうしたリシャール? なにがおかしい?」


「いや。……原因ね。あるなら素敵だな。『これを解決すれば、すべての恐ろしいことは、解決するのだ』というものを、俺は求めてやまないよ」


「ふん。『ドラクロワ風』だな」


「ああ、違う、違う。これは嫌味でも皮肉でもない、『ラカーン風』の言い回しだ。本当に求めてやまないんだよ。『そこ』さえ抑えればすべての困りごとが解決するような、そういうものが、本当にあったらいいなと思うんだ。……ところが、悩ましいことに、見当たらない」


「『すべてを見通す黄金の瞳』も万能ではない、ということか」


「ははは。面目次第もない。だがな……一つ、与太話をしよう」


「……隊列が整うまで、まだ少しかかりそうだ。それまでは聞こう」


「この世界は、絶対に滅びるんだ」


「……縁起でもないことを」


「もちろん『世界』の定義はさまざまだ。しかし……『世界の滅び』と言いたくなるようなことが、確実に起こる。それは……俺たちの王位継承権争いが終わるころには、必ず顕在化する」


「……」


「ラカーンがドラクロワを攻め滅ぼすこともあるだろう。あるいは魔王などという与太の存在が目覚め、これが人々に敵意をもって強大な力を振るうこともある。もしくは━━ははは。今、思い出しても笑ってしまう。ある日な、空から巨大な石が降ってきて、その衝撃で一切合切がぶち壊れるなんていうこともある」


 バルバロッサは奇妙なものを見るように目を細め、眉根を寄せていた。


 リシャールはその一欠片も自分の言葉を信じていない様子にみょうな懐かしさを覚えながら、続ける。


「早ければ今年にも『それ』は起こるかもしれない。遅くとも王位継承争いが決着してから数年……三年以内、というところだった。『なんらかの理由』で世界は滅ぶ。あの『獣の軍勢』は、『なんらかの理由』にあたるかもしれない」


「ふん、くだらん」


「そう思われるだろうが、俺はおおいに真剣なんだぜ」


「ならばそのニヤニヤした顔をやめんか。……ああ、しかし、だ。他ならぬ『予言者』の言葉だものな」


「信じてくれたか?」


「いや。『使える』と感じた。整列も頃合いだな。━━伝令! 拡声の魔道具を持て!」


 号令に従い、ラカーン兵が拳大の石を持ってきた。

 その緑色の石は、ドラクロワ王国のものとはだいぶ形が違うけれど、拡声の魔道具なのだろう。


 バルバロッサは目の前にその石が差し出されたのを確認し、


「みなの者、聞け! たった今『予言者』リシャールより託宣が降った!」


 整列し、雑談に興じていた兵たちが動きを止めて注目する。


 バルバロッサは視線が集まりきるまでしばし沈黙してから、


「これより我らが立ち向かう『獣の軍勢』は、世界を滅ぼす可能性を秘めたモノだという! あの連中は秘密裏に大群(・・)を形成し、我らが王都を狙ったかのように布陣し、まったく唐突に鼻先を並べ、今にも突撃してくるかもしれない! 獣の精強さは貴様らも知っていることだろう! それが数万とくれば、なるほど、あれは強い! 世界さえ滅ぼすかもしれぬ! つまり━━」


 一瞬、言葉を止めて。


 バルバロッサはニヤリと笑う。


「━━これは、世界を救う戦いである」


 直前までの声を張り上げるような口振りから一転、それは静かな静かな声だった。


 その時、ちょうど、砂塵の向こうにうごめく大量の影が見えた。

 それは人ではない巨大なシルエットの大群であった。


 いよいよ『獣の軍勢』が目視範囲まで接近してきた。しかし、その人をはるかに上回る体躯の大群を前に、ひるむ者は誰もいない。


 バルバロッサが叫ぶ。


「勇者たちよ、獣どもを蹴散らせ! 突撃!」


 言うが早いか、騎乗動物の腹を蹴って駆け出していく。

 その背に続くように義勇兵たちが駆け出し、軍の左右には騎乗したミカエルとカシムが、『最前列』の位置を定めるようなペースで続いた。


(……さすがだ。士気の高い民兵なら、勢い任せの突撃が最上だものな)


 難しい陣形やら作戦やらは本職でないと難しい。

 バルバロッサは思考によってか直感によってか、この場でとるべき最善の戦術を選び取ったらしかった。

 ……まあ、直感の方なのだろう。なにせ、民兵を率いて敵に対する機会など、この世界ではほとんどないはずなのだから。


(差し迫る脅威は雲霞のごとく。けれど、それに立ち向かう軍勢は士気も高く、優秀な者たちがそろっている。……もしかすれば)


 今度こそ、すべてを守ることができるのかもしれない。

『彼女』の愛したこの世界を、今度こそ……


 ……希望が見えて胸が熱くなりそうになって、リシャールは慌てて深呼吸をする。

 期待はしすぎないようにしなければならない。裏切られる覚悟はいつでもしておくべきだ。


 しかし、それでも。

 今度こそ、という想いは消しきれなくて……


(さて、愛すべき弟と、我らの婚約者は、この局面でどういう活躍をするのかな)


 去っていく軍勢を見送りながら、思考を逸らす。


(……お前たちだけは生かしたまま国に帰すつもりなんだ。あまり無茶はしないでくれよ)


 と、思うけれど、きっとあの二人は大人しくはしていないだろうという確信がある。

 まあだから突撃について行かずに残ったのだが……



 そのころ。


 リシャールが視線を向けた先━━ラカーン王都南部に、アンジェリーナとオーギュストはいて……


「……我、死ぬかもしれんな」


「あの、冗談になってないですよ、アンジェリーナ」


 そんな会話をしていた。

十二章終了

次回十三章は4月後半投稿予定です

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