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魔王は何度も繰り返す  作者: 稲荷竜
十一章 砂漠と宝石の国
75/122

75話 己

 ……実は。


 すでに、アンジェリーナの調べ物は終わっている。


 ほしかった情報はすでに手に入っていた。抱いていた疑問にはもう答えが出ていると述べてしまってよかった。


 ラカーン王国王宮の書庫は本当に素晴らしかったのだ。


 この国はバルバロッサのみならず、国全体……少なくともバルバロッサの執務に付き合って言葉を交わした人たちは、みな、『現在主義者』とでも呼ぶべき考えが根底にある気がした。


 それはバルバロッサからはっきり『未来を保証するなどとうそぶく者は詐欺師だ』と言われてから思い返して気付いたことではあるが……


 十ヶ年計画の相談中、彼らはその計画が頓挫したらとか、その計画の変更がよぎなくされたらとか、そういうものを話し合わない。


 それは思慮不足という感じではなく、『未来、もしもダメだったらしょうがない』という、健康的なあきらめ……とでも言うべき思想が彼らの根底にあるから、なのだった。


『なんとかなるさ』。


 この国の気風を一言にこめれば、そうなる。


 それは水の乏しい国土や昼夜の寒暖差の激しい気候が関係した考え方なのかもしれなかった。

『今』をまず生き延びられなければ未来などあるはずがないという考え方が、この国で過ごす人々の端々まで行き届いているのだろう。


 だがそれは過去や未来をないがしろにするというのとはまた違う。


 こうしてたくさんの蔵書が大切に保持されていたり、十年二十年先の話をいくつもしていたりといったことからもわかるだろう。


 彼らは過去も未来も大事にしたうえで、現在をもっとも重要視している……

 気風についてなるべく誤解なく語ろうとすれば、そのような表現になるだろうか。


 そんな国柄だからこそかなり古い資料もあって、バルバロッサ王子のお墨付きをもらったアンジェリーナは、そういった貴重なものまで読むことができた。


 そうやって調べていって、なにを確かめたかったのかといえば━━


(我は、なんだ?)


 ━━自分はなんなのか?


 アンジェリーナという少女そのものではない。これは、間違いない。

 自分は魔王だという自覚がある。これも、間違いない。


 だけれど、最近触れたさまざまな事件において、どことなく奇妙な違和感がある。


 世界には闇属性や光属性がないとされ、複数属性持ちさえ珍しく、魔力を見る視界というものが発現しなくなって長く、魔物というものは空想上の、脚色された化け物とされている。


 だというのにアンジェリーナの……『魔王』の感覚からすれば巨大すぎる、魔物としか呼びようのないほどの獣が当たり前のように徘徊し、人々はこれを当然のように受け入れ、それとの戦いに生涯身を置く『騎士』という者まで存在する。


 うまく言葉にできない、ずれ(・・)がある。


 それは歴史の中でさまざまな知識や感覚が失われたからだと思っていたが……


(あまりにも、つながっていなさすぎる)


 ……『水の都』での、闇の魔道具と思しき仮面。

 学園であった、善良な生徒の唐突なサボり。


 闇の魔力の気配、残滓のようなものはそこらにある。

 大人たちはなにかを知っている気配がする。


 だからきっと、そこになにかが隠れているのだろうと思っていた。


 けれど━━


 …………思い出した、ことがあるのだ。


 それは妄想というか、あまり現実的でない記憶のように思われた。


 そしてそれは、ラカーン王国において、貴重な古代の資料を読んだことにより、現実である可能性が高まってしまった。


『確信』という、他者に根拠を示し難いものの強度だけで語るのならば、ほとんど確定的とも言えるぐらい、強く確信してしまった。


 アンジェリーナという少女を土台にしていたせいで、気付くのが遅れてしまったが。


 古語、なのだった。


 ……今、この時代。アンジェリーナという少女が生まれ、育つ中で教わった文字は━━


 ドラクロワ王国でも、ラカーン王国でも使われている、この文字は━━


 魔王である自分にとって、古語なのだった。


 まだ、言葉がバラバラにされていなかったとされる時代の、文字、なのだった。


「我は、なんだ?」


 自分という魂は、過去から来たのか、それとも未来から来たのか。


 自分は本当に伝説で語られる『魔王』なのか。

 そう信じ込んでいるだけの『誰か』なのか。


 自分の記憶は嘘なのか? あるいは認識がズレている? 解釈が違う?


 わからない。


 ━━自己の喪失。


 ……しかもこれは、誰にも相談できない自己の喪失なのだった。

 なにせ魔王云々という話は誰もが冗談半分に聞くものだ。そこについて真剣に悩んでいたとしたって、冗談の上に妄想を重ねたようにしか思われないのは、肌で感じている。


 アンジェリーナ自身もまた、それがなにか現実的な問題をもたらすかと問われれば、答えることができない。


 気にしなければ済む話。

 でも、気になって仕方がないこと。


 異国の書庫で一人思い悩む。


 十四歳の少女は、自己を見失い、たたずんでいた。

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