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魔王は何度も繰り返す  作者: 稲荷竜
一章 魔王の覚醒
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2話 瑣事

 婚約破棄は流れた。


 アンジェリーナが頭を打ち錯乱(さくらん)したという話になったため、いったん保留となったのだ。


「悲哀よな」


 アンジェリーナは自分が転生したことや、魔王であったことを隠すつもりがなかった。

 むしろ、堂々と名乗ったし、周知させることが望みだった。


 なぜなら、過去にしたある約定(・・・・)が果たされているなら、この時代の人々は魔王だなんだというのは気にしない(・・・・・)はずなのだ。


 人類と魔族は敵対していたが━━


 どこの文化圏で魔王を名乗ろうが、そんなものは、どうだっていいと思われる時代のはずなのだった。


「人が魔として生きてもよい。魔が人として生きてもよい。王であろうが、民草であろうが、関係がない。生きたいように生きられる時代が来ている━━そのはずだったのだがな」


 ようするにアンジェリーナは『頭がおかしい』と言われて、療養という名目で軟禁されている現状が気に食わないのだった。


 あの誕生日会以降、自室に幽閉されている。


 アンジェリーナの部屋はとにかく布製品が多い。

 書物などはほとんどなく、剣などもなかった。


 アンジェリーナは努力が嫌いだった。努力を憎んでいた。


『自分は生まれたままで、なんの苦労もせず、すべてに報われていてしかるべきだ』


 その少女の根底にあった想いを言語化するならば、そうなるだろう。

 ……ようするに、『私は世界で一番お姫様だから、苦労とか努力とかは周囲で勝手にして、いい感じに私を気分よく過ごさせろ』というのがアンジェリーナの願望だった。


「……まったくもって空閑(くうかん)よな。いかにして無聊(ぶりょう)(なぐさ)めよというのだ」


 この部屋には学び、鍛えるべきものがなにもない。


 ……いや、少しだけならば、ある。


 本棚に申し訳程度に収められている書物があって、それはどうにも、恋愛を題材とした物語読本なのだった。


 アンジェリーナは空想とお洒落を趣味としていた。

 お洒落にかんしては、自分の部屋とは別に衣装部屋を持っている。

 そしてお洒落の規模に比べると、ささやかに、空想のきっかけとなりうる恋愛小説を自室にたくわえていた。


 どうにも空想のほうは秘めた趣味だったらしい。


 魔王は魔王でもあるがアンジェリーナでもある。部屋にある本を読んだ記憶はあるし、繰り返し読んだおかげでその内容をほぼ暗記している。


 魔王としては、すでに内容をそらんじられるまでになっている本をまた読む必要性は感じない。

 いかに暇でも、そんな無駄なことをしようという熱意はわかない。


 だが、アンジェリーナにとっては、なんども繰り返し読んでしまうぐらいお気に入りの本だけが、文机の上に乗っているのだ。

 自然と体は動き、座り心地はいいが長時間掛けていては腰を痛めそうな柔らかい椅子に腰掛けると、慣れた動作で本を手に取り、ページをめくってしまう。


(恋愛、か)


 魔王にとってそれは縁遠いものだった。


 娯楽として楽しむものだ、という発想もなかった。


(くだらん。……好む者もいよう。それも否定はせぬ。されど……理解はできぬな)


 頬杖をつきながら、ページをめくっていく。


 その物語は、身分を偽って市井を視察する王族と、こちらも身分を偽って領地の視察をする貴族令嬢とが、出会い、平民のように交わり、そして互いに惹かれあっていくという筋のものだった。


 王族の少年と貴族令嬢は同じ国家に所属しているが、派閥が違う。

 貴族令嬢の家は少年の弟を次期国王にしようと擁立しており、その政治的対立はかなり激しかった。


 国王陛下の崩御をきっかけに二つの陣営の政治的闘争は激しさを増し、ついには互いの擁立する王子へと暗殺者が差し向けられるようになり……

 貴族令嬢は敵対者であるはずの王子を(かば)って暗殺者の凶刃に倒れ、王子もまた令嬢のあとを追ってその胸に刃を滑り込ませるのだった。


 誰も幸せにならない物語だ。

 強いて言えば、貴族令嬢の家が擁立していた王子が生き残っているので、そちらが無事に王になり幸福な結末を迎えたのかもしれないが、そこについて詳しい描写がないまま物語は終わる。


(己を弟より優れた王たるものとするならば、後を追うべきではなかろうに)


 王の視点から見れば、あまりにもくだらなく、苛立つ。


 だが。


 だが━━アンジェリーナは、涙を流していた。

 結ばれない運命に翻弄された二人。それでも手をとりあって、最後は死後の世界で一緒になった━━死後の世界は描写されていないものの、きっとそうだろうという確信が、胸に確固として存在するのだ。


 その悲哀。その純粋な愛。その美しい物語に、アンジェリーナは涙し、ため息をついてしばし茫然とする。

 なんども読んだはずのその物語は、読み返すたびそのようにアンジェリーナに満足感を与えた。


 くだらない、と魔王は思うけれど、読み進め、読み終わり、もう一度読み返して、思う。


(恋がしたい)


 魔王は恋愛に憧れた。


(そうだ。平和な世界で、我は、恋をし、家庭を持ち……子供たちに看取られて幸せに寿命を迎えるのだ。ただ寿命を迎えるまで生きるのではない。幸福に、満たされて、天寿をまっとうする……)


 定命(じょうみょう)の者の幸福とはなにか?


 それはきっと『ああ、いい人生だった』と思いながら死んでいくことだろうと、魔王は思った。


 魔王は不死であった。

 いや、魔族のすべてがそうだ。寿命による死はない。

 戦乱により魔力が枯渇しきってかき消える(・・・・・)ことはあったが、死ぬ、というのは人類ならではの感覚なのだろうな、と思える。


 だから、魔王は天寿というものを得て、それをまっとうしたいと思った。


 綺羅星のように生きて燃え尽きるように死んでいく人類に、憧れたのだ。


(人に愛され、人を愛し、生きたい。しかし……現世の我の周囲にある者どもは、みな、我を嫌っていような)


 アンジェリーナは人格がアレなので、周囲にかなり迷惑をかけて生きてきた。

 もちろん面と向かって『お前、嫌い』とは言われていないが、客観的に見ると、こんな女を好ましく思う方がどうかしている、というぐらいだ。


(見目は麗しいのだがな……)


 さらさらの銀髪は長く、腰までとどくほどだ。

 鮮血を思わせる赤い瞳。

 十四歳にして体の起伏は大人顔負けであり、肌つやもよく、礼儀作法教育のたまものか、にじみ出る雰囲気にも高貴さがあった。


 だが、やはり性格というのは大事なもので、人を見下すような顔つき、あざけるような笑い方、すべてが自分に奉仕する存在だと信じ切っている傲慢(ごうまん)さが、その美貌(びぼう)を損ねている。


(このような容貌(ようぼう)の者に逢引(あいび)きをにおわせられたなら、相手は『暗がりに連れ込まれて血でも抜かれそうだ』と思うであろうな……)


 愛されたい━━


 それにはやはり、周囲への対応を変えていかねばならないだろう。


(すなわち━━王)


 アンジェリーナは性格が悪い。

 だが、魔王のほうは、臣下に愛され、敵対者であった勇者とさえ(よしみ)を通じた。


 万民に愛されるべき人格。それすなわち、王なのだ。


 魔王は、愛される。

 魔王として生きた魔王には、その確信があった。


 確信があったし━━

 つっこむ人材がどこにもいなかった。


 なので、


(やはり、我は王らしく、王としての振る舞いを変えるべきではない)


 そんなふうに結論して、


(では、覚醒(めざめ)た王たる我が、狂態(きょうたい)をさらしているのではないと家人に示すには、いかにする?)


 考えた。

 答えはすでに出ていた。

 だからアンジェリーナは部屋を抜け出した。


 謹慎を言い渡されているだけで、監禁されているわけではない。ドアはなんの問題もなく開いた。


 そうしたら、ちょうど部屋に入ってこようとしていた両親が、そこにいた。


「お父様、お母様……?」


 アンジェリーナの口が、現れた二人の男女にそう呼びかける。


 父の方は黒髪に赤い瞳で、母の方は銀髪に緑の瞳を持つ定命の者だ。

 

 目の色は持って生まれた魔力の属性によって変わる。

 赤が炎、緑が風、青が水、黄が地……といった具合だ。

 アンジェリーナの知識によれば、現代ではこの四属性しか確認されていないのだが、かつては光や闇や二重、三重属性などもあったと言われているようだ。

 たしかに魔王の知識において、魔王が生きた時代には両目で色が違う者なども珍しくなかった。


 そして属性は遺伝によるところが大きい。


 つまり、瞳が赤いアンジェリーナは、父の属性を受け継いでいる、ということなのだろう。


 その、同じ色の瞳を持つ父が、柔和そうな笑みを浮かべ、述べる。


「アンジェリーナ。誕生日会の時のことだけれど……」


 向こうから弁解の機会がやってきた。

 アンジェリーナはこれ幸いと口を開く。


「お父様、我は魔王の魂を宿しているのです。困惑には理解を示しましょう。けれど、わかりませぬか? この、我より張鎰(ちょういつ)せし王気(オーラ)が……定命の者らの目は魔力を映す機能に乏しいというのは存じ上げておりますが、それでも、我ほどの力であれば、捉えられぬことはないかと……」


 正直にすべてを話し、正面からねじ伏せる。


 それが、魔王の選んだ『自分は錯乱しているわけではない』と両親に示す方法だった。


「うん、うん。わかっているよ」


 父の微笑みは優しかった。

 というか、優しすぎた。


 母も同じような笑みを浮かべて、アンジェリーナを見ていた。


 母はその笑顔のまま、告げる。


「あなたも、そういうお年頃なのでしょう」


 父はうなずいて述べる。


「なに、誰にだって、そういう時期はあるものさ」


「……どういう意味です?」


 アンジェリーナは問いかける。


 父母は答えず、顔を見合わせて微笑み合って、


「わかっているよ」「わかっていますとも」


「……なにがです?」


「いいんだよ」「ええ。いいんですよ」


「……」


 二人の微笑みがあまりにも優しいけれど、その微笑みには魔王でさえが今まで感じたことがない不思議な圧力があった。

 これ以上の問答の一切を拒絶し、言葉のやりとりすべてを封殺するような圧力だ。

 けれど、決して敵対的ではない……なんとも不思議な、未曾有(みぞう)の圧力だった。


 圧力に負けて言葉を失っていると、父はうなずき、言葉を発した。


「謹慎は解こう。アンジェリーナ、お前にも色々とあるのだろう。けれど、そうだね、お願いを一つだけ聞いてもらえるならば、他の方の前では、あまりそういう振る舞いはせぬようにしてくれるかな?」


「……はあ……?」


「うん、うん。いいんだよ。大丈夫だ。いずれきっと、顔を覆いたくなる日も来るだろうけれど、それもまた、人生だ」


 アンジェリーナは両親に肩を抱かれて、晩餐(ばんさん)へと連れていかれた。


 お陰でいまいち噛み合わない会話の本意を聞き出しそびれてしまったが━━


(まずは、よかろう。我が錯乱し狂態をさらしているわけではないと、理解していただけたようだからな)


 謹慎が解けたならば、それでいい。


 それ以外のことは、たいして気にすべきでもない瑣事(さじ)だ━━魔王はそう結論したのだった。

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