18話 そして炎の季節がおとずれる
吹きつける風がにわかにぬるさを増してきたころ、学園は年度第二の祭典の準備に向けて活気を増していく。
第一の催しはもちろん『入学式・始業式』だ。
第二の催しは━━『体育祭』。
この運動の祭典は炎天下の日を選んで行われる。
騎士団の意向が強く出るこの祭典において、気合いだの根性だのが重要視され、それには炎天下という条件が不可欠だというのが伝統的に定められているのだった。
「まったく、来賓として出向く方の身にもなってくれ」
夜。
ランプの灯りを頼りに執務室で一人庶務をこなしながら、リシャール王子はぼやいていた。
幾度繰り返そうが、オーギュストが一年生の時の体育祭は毎回燃え上がるような暑さの中で行われる。
倒れる生徒や教師も出るぐらいだ。
来賓はある程度の魔法を使っていいので、水魔法を使える者などは体の周囲に冷気をまとわせるなどの自衛もするのだが、それにしたって、もうちょっと日取りを選べよ、とは思う。
ぼやきながらも書類の整理をしていく。
リシャールの書類確認は異常な速度で、第三者から見るとまったく内容を読んでいないようにすら感じられた。
それは正解でもあり、不正解でもある。
同じ時間軸を幾度も繰り返した彼は、自分がこれから読む書類の内容を覚えてしまっていた。
だから、この周回においては書類を読んでいないが、書類を初見の周回においてはきちんと読んでいた。
この周回にもきっと、新しい書類が出ることだろう。
アンジェリーナが魔王になった━━暫定、魔王になった。それはいかなる変化をこの退屈なる人生にもたらしてくれるのか……
「ん?」
……思わず手を止めて、書類に見入る。
そうして、たった一人の執務室で、口の端をつり上げて笑う。
「こいつは、面白い。いつもの周回じゃあ、オーギュストが二年生の時に来るはずだったが……今回は一年早いな」
書類にはこんな文字が書かれている。
『四重属性を持つ奇跡の少女が平民より発見される。
特例として学園への入学を認めたい。
裁可を願う』
「さーて。アンジェリーナ。いよいよ来たぜ。あんたをこれまで破滅に追いやった人物。ある周回ではオーギュストに夢と希望を与え、ある周回ではガブリエルに剣を捧げさせ、またある周回ではバスティアンの本音を引き出し━━時には俺さえも籠絡せしめた『聖女』」
ガリガリッ、と勢いよく書類に採決のサインを書き、
「お前を『悪役』として破滅せしめ、人を救い、世界を救った、中心人物━━『主人公』の登場だ」
最後に書類をパシンと叩いてから、採決済みの箱におさめる。
それからの書類整理はますます手早さを増していく。
……己の体が活力に満ちているのを感じ、リシャールは笑った。
書類を早く処理しても時間が早く進むわけではないのを理解しつつも、逸る気持ちを止められない。
この感覚さえ実に久しぶりだなと思って、いよいよこらえきれずに吹き出した。