第111話 魔王と勇者の物語1
これは魔王と、それを討ち滅ぼそうとした勇者の話だ。
『魔物』『魔族』というものがあった。
それはもともとまったく違った存在……『自然に発生した獣』と『生み出された生命体』という違いがあったが、どちらも地脈からの魔力の影響を受け続けているせいで、次第に協力的な存在のようになっていった。
魔族たちを統べる存在として『魔王』もおり、それは『統べる』ために人魔の心を掌握する属性たる『闇属性』を持って産まれることとなっていた。
人の側も抵抗するうちに『光属性』を発現した。
これは『時間』に作用する黄金の属性であり、それだけではなく闇属性の人心掌握・操作から心を守る働きも持っていた。
……ある時、『おかしな魔王』が産まれた。
魔族の生誕はずいぶん長いこと『発生』と呼ぶしかない、『大地の魔力が人をかたどる』といった方法で成されてきたけれど、その魔王は人と魔とのあいだに産まれた変種だった。
もっとも本人はその特殊な出自を知らないが……
奇跡としか呼べない彼女の生誕経緯が、彼女を変わり者にし、これまでの魔王にはなかった視座を持つ原因になったのは、事実だろう。
『この世界は、このまま人と魔を争わせ続けて、どうするつもりなのだ?』
大地の声はひっきりなしに人の絶滅を叫んでいる。
人は『大地の声』を受けて責めてくる魔族との和解などできようはずもない。
だから人と魔とは争い合うしかないのだが、人も人で、だんだんと『進化』しており、戦いは泥沼化が起こっている。
『魔』が『大地の声』という大いなるモノの意思を受けて人を滅ぼそうとしているように──
『人』もまた、なんらかの大いなるモノの意思と加護を受けて抵抗しているのではないか?
その二つがこのまま争ったら、自分たちの住まう大地が粉々に砕けるか、人も魔も絶滅し、あとには大地しか残らなくなるのではないか……
『魔王』はその可能性を危惧した。
ゆえにまず、彼女は魔族を操って争いを止めようと考えた。
ところがこれは不可能だと思った。
『大地』の目的に反することをしようとすると、魔王の出力はいちじるしく下がるのだ。
また、仮に魔族すべてを操って人への抵抗をやめさせたとして、それは魔族の絶滅を意味するだけだ。
彼女にとって同胞は『大地などというものに導かれるまま、自分も相手も殺し尽くすような戦いに身を投じざるを得なかった被害者』であり、これを救いたいと思うぐらいに、彼女の精神は人間的であった。
……その考えがひどく矛盾したものであり、達成不可能な願望であることさえ、気付かないぐらいに、人間的、なのだった。
では、『原因』をどうにかするべきか?
可能ならそれが一番いいのだろう。
そしてこの時点で彼女が『原因』と思うものは、『大地の声』であり、『人に光属性をもたらした何者か』であった。
自分たちをこの大地という盤上で戦わせている大いなる意思、というのか……
神と呼ぶしかない概念。この地上に現れず、そのはためく薄衣の端さえつかむことのできぬ『何者か』であった。
ゆえに、これも不可能だと思った。
ならば、どうするか。
……初代魔王。
魔族を発生させ、人と魔との争いを始めたモノ。
これの発生を防止することができれば、あるいは、『何者か』にこの手が届かずとも、『何者か』の意思をくじけるかもしれない。
弱り果てていく大地と減っていく人々の状況を見つつ、魔王はそれしかないと思った。
しかし、それは不可能だった。
何せ初代魔王などというのは過去の人物であり、彼女には過去に遡行する手段がない。
だが、まったくアテがないというわけでもなかった。
勇者。
人の中でも特に強い光属性の持ち主を味方につけられれば、あるいは、過去に戻ることも可能かもしれない。
彼女は決意した。
『勇者を味方につけよう』。
魔王の『やり直し』に向けた努力が始まった。




