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魔王は何度も繰り返す  作者: 稲荷竜
十六章 果てより夜来る
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104話 えそらごと

「…………ここは?」


 オーギュストは痛む頭を振って現状を確認する。


 景色は……森の中のようだ。深い森。木々には葉がついていて、木漏れ日がまだらに黒土を照らしている。

 気温は高いように思われた。それでも暑いというほどではない。


 この風土、気候はドラクロワ王国で間違いない……と思う。

 多少湿度は高いような気がするけれど……


 自分の状態を見る。


 土に寝転んでいたせいか着ているものは汚れていた。しかし、破損らしい破損はないし、体にもケガのような違和感はなかった。


「どう、なって……アンジェリーナ……ガブ……バスティアン……バルバロッサ……エマ……みんなは、どこに? それに……」


 記憶がだんだん鮮明になってくる。


 そうだ、空飛ぶ船である『流星号』に乗って『空飛ぶ島』の間近まで来た。

 そこで魔王軍の追撃を受けて船は……落ちた、のだろうか?


 いや、落ちかけたところで島から放たれた光線に包まれて……


 よろめきながら樹の幹に手をついて立ち上がる。

 森の中で遭難している状態だ。へたに動かない方がいいのはわかっている。しかし、いても立ってもいられずに歩き出す。

 よろめいてしまうせいで木の根に何度もつまずきながら、ようやく森を抜けるところまで来た。


 そうして、目の前に広がる光景に、しばし、言葉を忘れた。


 広大な、平原。


 どこまでもどこまでも続いているかのような……


「……世界が滅びて、すべての街が破壊されたとでもいうのだろうか」


 笑えない冗談だ。

 しかし、冗談でも言わなければやってられない。本当に、自分が、みんながどうなったのか、わからないのだから。


 そもそも墜落したにせよ攻撃されたにせよ、こんなに傷一つない状態で目覚めるのはおかしな話だ。

 それとも、ここは『死後の世界』なのだろうか……


 不安に思いながらふらふらと歩いて行く。


 なにもないのは見ればわかった。それでも、歩かずにはいられなかった。


 歩いていく、歩いて行く、歩いて行く。


 爽やかな風が短い草をなでてざあざあと音を立てた。中天に浮かぶ光を見上げて目を細める。遠くからは小鳥のさえずる声が聞こえた。

 さくさくと草を踏みながらなだらかな丘をこえると、遠くのほうに木製の柵で囲まれた村が見えた。


 オーギュストは我知らず足を早めながらそこに近づいていく。

 村と外とをへだてる柵の前、入り口のために開けられているとおぼしき柵の切れ目から、中を見た。

 木製の家が立ち並ぶ田舎村といった風情のその場所はとても静かではあったが、耳をすませば遠くのほうから人の声が聞こえるのがわかった。


 ふらふらしながら村の中に入り、声を目指して歩いて行く。


 視界が一気に開けた。


 青々とした広大な麦畑が吹き抜ける風に揺られて波打っていた。

 その入り口、村に近い場所で、少女が女性と話している。


「あ、あ、あ……」


 その後ろ姿を見たオーギュストは、言葉にならないうめきを漏らした。


 駆けるように銀髪の背の低い少女へと近づき、その肩に手を置く。


 少女はおどろいたように振り返り、そして、おびえたように赤い瞳を揺らした。


「アンジェ━━」


「ちょっと! ウチの子にいきなりなんだい!?」


 オーギュストの肩が強く叩かれ、尻餅をついてしまう。

 姉妹かと思ったが、どうやらこの二人は親子のようだった。同じようにふわふわの銀髪を伸ばし、いかにも村娘という感じの生成りのワンピースを着て、その上にエプロンドレスをつけている。


 緑の瞳の母親と、赤い瞳の娘。


 しかし赤い瞳の娘のほうには、オーギュストがよく知る『自信』みたいなものがなく、ただただ『知らない人にいきなり肩をつかまれた人』がそうするように、おびえ、震え、母の背に隠れたままオーギュストを見ていた。


 ようやく、冷静さを取り戻す。


 オーギュストは片膝をついて、礼の姿勢をとった。


「……申し訳ありません。はぐれた知り合いに似ていたもので、彼女かと思い、声をかけてしまいました。おどろかせ、おびえさせてしまったこと、深くお詫びいたします」


「お、おう」


 母親のほうが戸惑ったような声を出す。

 オーギュストは伏せていた顔を上げて、警戒を解くように笑みを浮かべた。


 娘のほうが頬を赤くして視線を伏せさせる。

 オーギュストは母親のほうを見上げ、言葉を続けた。


「重ね重ね恐縮ではありますが、ここがどのあたりにある村で、ドラクロワ王都までどのようにして行けばいいのか、教えていただけませんでしょうか? ……場合によっては食料などもお願いすることになりますが……都に着いたなら、必ずお礼をしますので」


 とはいえそれが空手形であることはオーギュストにもわかっていた。

 ウォルフガング・ラ・ロシェルが魔王軍にくわわっていたのだ。あの人物は優秀な騎士にして広大な領地を治める有力貴族でもある。彼が魔族にされる……すなわち敗北するような状況で、王都が戦火に包まれていない可能性はどのぐらいあるだろう? ……もちろん、ほとんどない。


 けれどオーギュストは状況を知るためにも王都へ戻る必要性を感じていた。

 なにより、一度魔王軍に狙われた自分がいつまでもここに留まっていては、偶然戦火を逃れたであろうこの村にも迷惑がかかるかもしれない。早いところ退散してしまったほうがいい。アンジェリーナたちを捜索するためにも、人手はほしいところだし、やはり一度、王都方面には向かうべきだろうと結論づけた。


 しかし、親子の反応は鈍い。


「……あんた、外国の貴族様かなにかかい? 悪いけど、どら、ドラクロワ? だかいう国は聞いたこともないんだ」


「……そんなことは、ないと思うのですが……」


 自慢ではないが、ドラクロワ王国はかなり大きな国だ。

 ここがどことも知れぬ遠くの地であろうとも、そういう国家がある話さえ知らないというのは、想像もできない。

 まして彼女たちは人種的にドラクロワ国民のように見える。ラカーンのように浅黒い肌でもないし、さらに東国のような肌でもない。強いて言うなら寒い北方の血を感じるけれど、このあたりの気候はそこまで冷え込むわけでもないのだ。


「あの、お母様、わたし、平気だよ。この人、よく見たら……かっこ……こ、こわくないから」


 娘のほうが急にそんなことを言い出すもので、オーギュストも母親もそろってそちらを見た。

 まだ子供っぽさが抜けない年頃の娘は気が弱いようで、一気に視線が自分に集中したことにびっくりしてしまって、黙る。

 けれど、ぐっと目に力を入れると、こんなことを言い出した。


「ふっ、服、ぼろぼろだし、うちでお世話しようよ……きっと、迷子なんだよ。それに……えっと、だから……ね?」


「アンタねぇ……いや、まあ、たしかに放り出すのは気が引けるけどさ。絶対にどこかの国のお偉いさんだよ? そんな人をお世話するような場所なんかウチにはないんだ」


 なにか自分のあずかり知らぬところで話が進み始めている気配にオーギュストもようやく気づく。

 そこで「いえ、僕はドラクロワ王都の場所さえ教えてもらえたら……」と言うけれど、やはりその名称は通じない。

 だから質問を変えることにした。


「あの、ここは大陸のどのあたりなのですか?」


「大陸ってのはアレかい? 海の向こうの」


「……海?」


「ああ、今ぐらいの時期は霧もなくって、海の向こうに大陸が見えるんだよ。なんでも『実り多き大地』とかで……ウチの島よりだいぶ作物が育ちやすいんだろうねぇ。去年も麦が病気でぜんぜんとれなかったし、アンタもしかして、その『大陸』の王子様かなんかかい?」


 ━━とてつもなく馬鹿馬鹿しい仮説がオーギュストの中で組み上がっていく。


 だが、それは……それは、リシャールの『預言』だとか、アンジェリーナの『魔王』だとか……なにより魔族、魔王なんていうものを実際に見せられ、空飛ぶ様子まで目撃したあとだと、頭ごなしに否定することもためらわれた。


 だから、オーギュストは問いかける。


「……あの、この島の名……いえ、あなたたちの名前をうかがっても? 僕はオーギュスト…………という者、なのですが」


 島の名ではなく、彼女たちの名前をたずねたのは、『そうすべき』という直感が働いたからだ。

 今、島の名に大した意味はない。そこに答えはない。

 目の前の、ふわふわした銀髪の、背の低い、赤い瞳の少女を見ていると、そう思えてならなかった。


「アタシはマルギットだよ。で、こっちが……ほら、隠れてないで自分で名前ぐらい紹介しなよ」


 赤い瞳がせわしなく泳ぐ。

 そして、小さな、みずみずしい唇が、ようやく動いて……


「クリスティアナ」


 その名。

 アンジェリーナ・クリスティアナ=オールドリッチのファミリーネームともなっている、クリスティアナ王国の始祖の名を、つむいだ。

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