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魔王は何度も繰り返す  作者: 稲荷竜
十六章 果てより夜来る
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102話 いのり

『そらとぶしま』


 それはクリスティアナ島に古くから伝わる物語で、よく親が子を寝かしつけるために語られるものだった。


 童話、民話のたぐいがたいていそうであるように来歴ははっきりしていない。『さまざまな説がある』という意味で、すべての物語のルーツを解き明かすのは不可能に近いだろう。


 とはいえ共通点を割り出すことはできる。


『空には島が浮かんでいる』

『男の子と女の子が主人公として登場する』

『主人公の二人はひどい目に遭う』

『しかし二人は優しい気持ちを忘れない』

『それを見ていた空飛ぶ島の住人が二人に光を授ける』

『すると二人をひどい目に遭わせていた人たちが改心する』

『二人は空飛ぶ島に招待されて幸せに暮らす』


 男の子と女の子の年齢は幼児だったり少年だったり、珍しくはあるが青年と女性だったりする。

 身分は二人とも貧民だったり平民だったり、親を失っていたり、あるいは貴族と平民だったり、さまざまだ。

 二人は差別される。その理由もいろいろあるが、とにかくたくさんの人からひどい目に遭わされる。

 空飛ぶ島から降り注ぐ光の色さえも安定しない。


 これらの話を聞いたアンジェリーナは、こういう推測を立てた。


「もしかすると、その二人が『魔族』であり、空飛ぶ島はこの二人を滅する光線兵器を搭載した空中要塞なのではないか?」


「ええ……主人公側が魔族なんですか……」


 オーギュストはちょっと引いていた。

 それはそうだろう。どう考えても『かわいそうな二人』と『それをいじめる悪い人たち』の構図であり、どうしようもない現実を『空飛ぶ島』というファンタジーがファンタジーな手段でもって救うという話だ。

 現実的に解釈するなら『現実で救われなかった二人に物語の中ではせめてもの救いを』という願いがこもった、おそらくは実話をもとにした物語というようになる。


『二人が魔族で空から降り注いだ光線が二人を滅しました』という解釈は、アンジェリーナとの付き合いに慣れたオーギュストでも『ちょっとそれは……』となってしまう。


 だが、褐色肌の青年……バルバロッサが「ふむ」と納得したように声を発し、


「アンジェリーナ、貴様の言葉、もっともである。リシャールが空飛ぶ島に魔族と魔王をどうにかする打開策があると言ったという前提で考えれば、今の話は主人公のほうが魔族という解釈でしっくりくる」


「うむ。我もクリスティアナ島で過ごして長いが……この島の人々がわけもなく少年少女を差別するとは考えがたいのだ。つまり少年少女側に問題があったと考えたほうがすっきりする」


 それはどうなんだろうとオーギュストは思った。

 しかし、確かに、常識というか、倫理というか、『物語はこうであってほしい』というものに目をつむって状況を鑑みれば、空飛ぶ島が対魔王・魔族の飛行兵器であるという推測はある程度納得できるものではある。

 ただ、オーギュストはアンジェリーナやバルバロッサのようには切り替えられないだけだ。


 ちらりと対面に座るエレノーラを見れば、彼女も娘の推理に『えぇ……』みたいな顔をしていた。この中では常識人の部類なのだ。

 実際、普段であれば『ちょっとその解釈はひねくれすぎていて……』とオーギュストも言ったことだろう。


 しかし、今は『普段』ではない。

 常識が通じる状況ではない現在、常識的とオーギュストやエレノーラが判断する解釈よりむしろ、アンジェリーナたちのほうが、状況に即していると言えるだろう。


 オーギュストは「しかし」と前置きして、


「……まあ、このさい、兵器の来歴、製造目的、なぜそこに浮かんでいるかなどはおいておきましょう。考察している暇が今はない。……しかしですよ。果たしてその『兵器』は僕らに動かせるのでしょうか?」


「わからん」


「……そうなんですよね。今のお話には操作方法がなかった。それを操作したのは……『島の住人』です。誰かいるんでしょうか、今も」


「とにかく行くしかないということだ」


「……ガブとバスティアンを呼び出していますので、少し休息となるでしょう。まあ、『果たして本当に君が行くべきなのか?』については……行くしかないのは、わかりますけれど」


 空飛ぶ船を飛ばすには、『魔力の流れを見る目』が必須らしい。

 ……いや、もっとたくさんの人員を乗せて行けるなら必要はないのだろう。だが、リシャールはアンジェリーナの乗船が必須というようなことを述べていたという話だ。


 その理由は推測できる。

 ……今はどうにか振り切った魔王・魔族だが、連中がこのままラカーン王国でのんびりしているとは思えない。

 なにせまったく理解できない理由で人類を滅ぼそうとしているのだから、その攻勢は遠からずドラクロワ王国にも届くのだろう。


 そうなると、魔術や戦技を使える貴族たちは防衛にもあてなければならない。


『最強の騎士』ミカエルや、その次ぐらい、つまりまともに強いバスティアンの父であるウォルフガングをはじめ、『現役当主』は郎等の指揮のためにも地上に残っていてもらわねばならないだろう。

 そして相手側が『軍勢』である以上は数が必要で……そうなると、『空飛ぶ島』へ向かうのは少数精鋭にせざるを得ない。


 なにせ、『空飛ぶ島につけば魔王を倒せる』という話には『根拠』がないのだ。


『預言者』リシャールの言葉に従った、と述べれば一定数の理解は得られるだろう。理解を得て、承認を得て、メンバーを選出して……遅すぎるのだ、それでは。政治的にまともな段階を踏んでいくうちに、『預言者』の熱狂も切れるだろう。


 そして悲しいことに、逼迫感の共有が本当に難しい。


 もちろんオーギュストは父王にも手紙を送った。送ったが、王宮はラカーン王国があの有様になるまで、ラカーンにドラクロワの王子が二人ともいるとわかってさえ手出しをしなかったのだ。事態を軽視しすぎている。

 とはいえこれは無能や怠慢と単純にそしっていい話でもない。

 ……リアルに危機感をもって想像しろというほうが無理のある事態が発生しているのだ。


『いきなりよくわからない動機で暴走した個人がどんどん軍勢を増やして地上を根絶やしにするために攻め込んできます』


 まともな者ほど冗談に思うだろう。オーギュストだって、実際にあの場で戦っていなければ耳を疑い、笑ってしまったかもしれない。


 いったん王宮に戻って自分の口からうったえるというのはオーギュストの頭にもよぎった。しかし、それが効果のある選択には思えなかった。


 なにもかもが、奇想天外。


 この状況で娘に全権委任できたクリスティアナの『女王』エレノーラが異常なのだ。

 王は民の生活を守らねばならない。よって、国家を抵当に入れた賭けに出ることはできない。ドラクロワは王政ではあるが貴族たちの協調が重要な国家だ。ある意味で独裁とも言っていいクリスティアナ島とはなにもかもが違う……


(もどかしい)


 自分が玉座にあっても、おそらく『じゃあ全軍を空飛ぶ島へ派遣しよう!』という決断は絶対にしないとオーギュストは思った。

 そんな賭けには出られない。貴族たちを説得もできない。


(もしも、僕ではなくて兄さんがここにいたなら……)


 預言者のカリスマ性があれば、一聞して意味のわからない話ほど人々を納得させられた気がしてならないのだ。


 積み重ね。


 オーギュストにはそれがない。『できることを、できるようにする』というだけの人生だったオーギュストには……


「では、少々の休息ののち、あなたたちには出発してもらうことになります」


 エレノーラがそう述べたとき、ようやくオーギュストは思考の坩堝から現実に帰ることができた。


「……オーギュスト殿下」


 エレノーラに見つめられて、オーギュストは内心の動揺を落ち着けながら「はい」と応じた。


「あなたが出向く必要は、本当にありますか? 我が娘は行かねばならないのでしょう。というより、もはや止まらないでしょう。けれど、あなたは未来のドラクロワ王です。そのあなたが、空に発つ理由は、本当にありますか?」


「アンジェリーナが行くなら、僕も伴いますよ」


 その返答は思い悩む暇もなく自然と口からまろび出た。

 だから自分でもびっくりしながら、オーギュストは『まともな人の納得を得るための補足』を考えて、


「……それに、僕の安全性への配慮であれば、地上か、空中か、どちらが安全かというのは、もはや判断がつきません。未知の空中か、それとも、魔王の攻め寄せる地上か……であれば、現王が地上におわすのです。僕が空中へ行ったほうが、リスクの分散にもなるでしょう」


「なるほど。差し出口を失礼いたしました」


「いえ。あなたの気遣いに感謝を」


 ……そうだ。どちらが危険なのかは、もはやわからない。

 この先は、前例だの、戦略性だの、そういうものでは量れない領域なのだ。


 ただ、祈るのみ。


 アンジェリーナの無事を。そして、世界の無事を祈って……


 人事を尽くすのみ、なのだ。

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