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魔王は何度も繰り返す  作者: 稲荷竜
十六章 果てより夜来る
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101話 あがき

 行方不明になっていたアンジェリーナだったが、どうやら例の『空飛ぶ船』に乗って港町に現れたらしい。

 突然魔族の軍勢……魔王に恭順した人たち……が退いたことによって助かった人たちとともに、船でクリスティアナ島に向かっているということだ。


『アンジェリーナからの話』は船内でヒアリングされ、それはすぐさま遠距離通信を可能とするクリスティアナ家秘伝のイヤリング型魔道具により、クリスティアナ=オールドリッチ家当主のエレノーラ・クリスティアナ=オールドリッチまで共有された。


 共有されたのだが……


「……我が領地の上空に島!? そんなの知らないのですが!」


 伝言をたくしたらしいリシャール王子への悪態も漏れようというものだった。

 エレノーラは十五歳になろうかという娘がいるとは信じられないほど若々しいが、今の焦燥に満ちた顔は疲れのせいで年齢相応の『疲れ』みたいなものが堆積しているように見えた。


『ふわふわしたお嬢様』というタイトルで絵を描けば、この銀髪の貴婦人の姿が描かれるであろうというほど、普段のエレノーラはどこか浮世離れした雰囲気をまとっている。

 それはもちろん水鳥が水面の下で足をばたつかせるがごとき苦労の上であり、『かつてドラクロワ王家に敵対し、今は恭順し王国のいち領主となっている家』ならではの弱みを見せられない事情もあり、常に余裕があり優雅で『底知れない』雰囲気をかもしていなければならなかった……という事情もあった。


 なので周囲に誰もいない時のエレノーラはわりと気が抜ける。

 とはいえここまで髪を振り乱し、クリスティアナ家の書庫にもぐって次々と伝来の古書を漁っては一読して放り投げ……というほどおてんばではない。


「なぜ我が家に世界の命運みたいなものにまつわる秘密があるの!?」


 リシャールはアンジェリーナに言付けたそうだ。

『魔王を倒す鍵はクリスティアナ島の上空にあり、くわしい話はお母上に聞け』と。


 敵に回ったリシャールの言葉をどこまで信じていいのかという問題はあるが、エレノーラはだいたい『まあ、普通に考えてこうなるだろう』という予測にもとづいて動くと裏目に出てきた人生を送ってきた。

 なので『自分の領地の上空に島!? しかも敵であったリシャールの助言!? 信じられる要素がどこにもない!』という状況だからこそ、こうしてその言葉を真実として行動しているのだが……


 空に島。

 そんな話は聞いたこともなかった。


 なので書庫をあさり、粘土板や木簡にいたるまで急いで読み漁り、なんとしても娘らがこの島に来るまでに『魔王を倒す鍵』を見つけようとあがき……


 ふと、思い出した。


「……まさか」


 これまで漁っていた歴史資料の書棚から抜け出し、それどころか書庫からさえ足早で抜け、そうして目指す先は……


 年老いた、元メイドのところ。


 エレノーラの母の代からこの家に仕え続けたクリスティアナ島の生き地引……とはいえメイドにしかすぎないので家の秘密などは知りえない立場ではあるが、彼女の知識に用事があった。


 エレノーラが思い出したのは、自分が幼いころによくベッドの中で聞かされたおとぎ話。


『そらとぶしま』にまつわる童話、なのだった。



「その話であれば、我も聞いたことがあるやもしれん」


 アンジェリーナたちを乗せた船団が無事にクリスティアナ島にたどり着く。

 そこでは国を魔王に滅ぼされたラカーン王国の民とともに、オーギュストたちが一時の休息をとっていた。

 いったん港で休ませて、それから仮居住区などへ人員を振り分けて案内する予定となっている。


 時刻は昼だった。夜通し船を走らせ続けたことにより、船員たちの疲労は特にひどい。まして背後からいつ『純魔力』による攻撃や魔王カシムが現れるかもわからない状況だ。いくら覚悟を決めていようとも『いつ死ぬかわからない』というストレスは心身を削る。


 アンジェリーナやオーギュストはクリスティアナ島の領主屋敷におり、そこで休息も満足にとらぬまま、エレノーラから話を聞いていた。

 それは『そらとぶしま』にまつわる童話だ。

 幼児が寝る前に親にせがむような、クリスティアナ島であればどこでも語られているような話である。

 この島に住んでいれば知らない者はいないほど━━なのだが、アンジェリーナは言われて初めてその物語について思い出していた。

 というのも、かつてのアンジェリーナがそういう古い童話とかを大変嫌ったためである。

『おしゃれじゃない』という、センスにひっかかったわけである。


「島民たちの各家庭に伝わる『そらとぶしま』を統合した結果、家ごとにアレンジは見受けられましたが、まったく同じように言及している箇所を洗い出すことができました」


 エレノーラがにっこりと微笑んで語ると、場にいるアンジェリーナ、オーギュスト、そして亡国王たるバルバロッサがおどろきの表情になる。

 ……というのも彼らは『遠距離通信の魔道具』について知らないため、自分たちが港に来て、船員でもあったクリスティアナ島の兵がエレノーラに伝令をして、そこからここまで調べたのか、と思ったからだ。

 普通であれば『いくらなんでも情報提供から調査までが早すぎる』と思われるところだが、クリスティアナの『女王』エレノーラの有能さはこの三人のよく知るところであったため、『やはり、すさまじい手腕だ』という勘違いが起こったのであった。


 エレノーラもエレノーラで今の発言は秘伝である『遠距離通信魔道具』の正体を露見しかねないうかつなものであったと、言ってから気づいた。

 なにせ娘らが来るまでのほんの短い時間で島にある家庭から童話のヒアリングをしまくっておりまともに寝ていないのだ。らしくもなくハイになっていたと言えよう。


 まあ。

 もはや、この三人に魔道具の存在を隠す気はないのだけれど。


 こういう時にエレノーラは『問題解決後のこと』を考える。

 そうして秘中の秘たる魔道具の存在を隠そうと思ったり、『魔王』に当たるのに最初に名乗りをあげるのを避けようと思ったり、もっと政治的なことを考えるわけだ。

 だからこそ、それらはすべて裏目に出るだろうなと思っていた。

 ……裏目に出るだろうなと思ったことを回避した結果裏裏目に出ることもないではないが……


「アンジェリーナ、これよりクリスティアナ島の行動はすべてあなたに任せます。話を聞いた上で、なにをどう差配するのか、あなたが判断なさい」


「母上、それは……」


「この島にまつわるあらゆる秘密をあなたに引き継ぎましょう。……『魔王』という未曾有の危機に対するのに、わたくしには必要不可欠なものが足りないのです。だから、あなたが成しなさい」


「必要不可欠なものとは?」


「運です」


「運」


「……クリスティアナ王国が待ち望んだ運命の子よ。あなたこそがきっと、この事態を解決すべき伝承の女王なのだと思います。ですから、あなたに任せます。というよりも、わたくしが主導でなにかを成そうとすれば、それは必ず裏目に出るでしょう。それはこの局面において、『気の持ちよう』ではどうにもならない失敗を引き起こします」


「しかし、母上……運勢などと……」


「よろしいですかアンジェリーナ。『運勢などと……』と言えるのは、あなたがこれまで運勢に成功を阻まれたことがないからなのです」


 その発言にこもっている『運勢』への圧が強すぎて、アンジェリーナはなにも言えなくなってしまった。

 エレノーラはため息をつき、


「……もちろん、それだけではありません。この事態、どうせあなたは『浮島』まで自分で行く気なのでしょう?」


「は? いえ、それは……もちろんですが」


「クリスティアナ王国は『聖女』にまつわる話を紐解くまでもなく、女王が最前線に立った時にこそ最大の力を発揮します。……実際にどうかはともかく、そのように信じられているのです。ゆえにこそ、どうしても前線に立つであろうあなたを『女王』と成します。……ああ、もちろん、ドラクロワ王国に反旗をひるがえして独立しろという意味ではありませんよ?」


 エレノーラがちらりとオーギュストを見ながら言う。


 それはオーギュストの視点においてはわかりやすい『取り繕い』にしかすぎなかった。クリスティアナ島の人々がいまだに自分たちを『王国の民』とし領主を『王様』と呼ぶのは知っていたので、苦笑を浮かべるしかない。


 しかしエレノーラ視点では『運勢』に対する牽制であった。

 これからアンジェリーナがどう行動しようがかまわない。本当に王家として独立してしまってもいい。ただしそれはあくまでも娘アンジェリーナの意思であり自分の思惑ではないのだから、どうか娘の意思まで阻んでくれるなよ━━と、そういう願掛けであり、験担ぎなのであった。


 アンジェリーナはどう受け取ったのか。


「拝命いたします」


 おごそかに目を伏せて、それだけ述べた。


 エレノーラは娘の眼帯に隠れていない赤い目を見て━━そういえば娘が眼帯および包帯まみれというのも見慣れてしまった━━


「では、『そらとぶしま』の要点を語りましょう。……時間がもったいないので、食事でもしながらね」


 発言の直後、来賓室のドアがノックされる。


 平時であればこんな場所で食事などと作法にもとる。しかし今は『戦中』であることを、エレノーラはもちろん、オーギュストも、バルバロッサも、アンジェリーナさえもわかっていた。


 たぶんこのあと、オーギュストが呼び出した二人の家臣が島にたどり着き次第、すぐ発つことになるのだ。

 栄養の補給は必須だろう。

 ……ともすれば、これが最後のまともな食事となる可能性さえ、あるのだから。

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