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魔王は何度も繰り返す  作者: 稲荷竜
十五章 希望と願望
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99話 予言の成就

「ふはははは! もうじき日の下に出るぞ! 面舵(おもかじ)いっぱーい!」


 地底湖の細い水の道を進み、船はようやく地上に差し掛かろうとしていた。

 地底湖からの水路は水流もあって進みが速いのだが、それだけに狭い水の上を座礁せぬように進むのはなかなか骨が折れて、『ガン!』という音が船からあがるたび、船員みなビクリと硬直し冷や汗を垂らすことになった。


 この船は本当に操船の素人ばかりが集っている。


 知識そのものは一通りあるようなのだが、実際に船を操ったことがある者……それどころか『乗組員』として船に乗った者さえ、はほとんどいない。

 バルバロッサを除けば『海軍大将軍』ぐらいのものであり、その大将軍も見習いで、先輩乗組員に怒鳴られるまま下働きをしていたのが、唯一の

『乗船経験』というありさまだった。


 しかし、船員たちは不安などないかのように楽しげだ。


 アンジェリーナからすればそれはもう『ここまで来たら、ヤケだ』というようなものにも見えたし、それはきっと間違いではない。

 けれどそれ以外にも、この苦境を超えたら英雄と呼ばれるであろう予感が彼らを湧き立たせているのはわかるし……


 アンジェリーナと『大将軍』。


 この二人の若者を守るのが『最低限の勝利条件』であるとバルバロッサに示されてから、肩の力が抜け、覚悟が決まり、すべきことがわかった気楽さみたいなものが出ているようにも思われた。


(大義……)


 アンジェリーナには魔王カシムを止めるという『大義』がある。

 そのためにアンジェリーナの精神は未来からここまで来た。


 しかし、そうは言っても、大義のために他者の犠牲をよしとできるか、それを心が認められるかは別問題で……


 アンジェリーナは、冷酷に犠牲を受け入れることができそうもない。


(どうにか、全員無事に終われるといいのだが……)


 まずはクリスティアナ島まで。


 そして、カシムへの対抗手段を見つけ、倒すまで。


 犠牲は少ないほうがいいに決まっていた。


「あの光を見るがいい! いよいよ我らは地上に出る! 総員、覚悟は決まったか!」


 バルバロッサが舳先に片足を乗せて指さす先には、地底湖出口があった。

 そこから差し込む光は外がそろそろ夕暮れ時になっていることを示している。


 アンジェリーナは『なんだかわからんうちに』ここに連れ込まれたので、外でどのぐらいの時間が経っていたか、今がどういう状況なのかについて、さほど詳しくない。


 バルバロッサとの擦り合わせはあったけれど、それは彼が出陣するまでの話であり、今ごろ港町には魔王軍が押し寄せているだろうし、最強の騎士ミカエルがいるとはいえ、それはオーギュストの無事を確約はしない。


(……どうか、全員、無事で……)


 ことが『戦争』なのでそうも言っていられないというのは、未来で実際に戦争を経験したアンジェリーナにはよくわかっている。

 しかしアンジェリーナと同調した少女アンジェリーナのせいか、あるいは未来では環境が許さなかっただけでもともとそういう気持ちがあるのか、アンジェリーナは全員の無事を祈り、自然と手で手を握り締めていた。


 水流は止まることなく船を進め、ついに光さす地上へとたどりつく。


 ざっぱぁん! と波飛沫があがり、吹き抜ける風が帆を叩いた、その時━━


「! 右舷!」


 アンジェリーナの危機感が警鐘を鳴らし、我知らず注意喚起が口から出ていた。


 船員たちの動きは素早い。


 先ほどまで冗談など言いながら笑っていた彼らは一様に表情を引き締めると、右舷方向に向けて純魔力を展開する。


 真っ白い光が薄い膜を形成し船を守った直後、すべてを漂白するような白さが右舷方向から船に向けてぶつかる。


 障壁越しにもすさまじい衝撃が襲い来て、それは震動となって船と水面をめちゃくちゃに揺らした。


 あやうく転覆かと思われたがどうにか船は体勢を立て直し、(へり)を必死につかんで海に落ちないようにしていたアンジェリーナも、ようやく『衝撃の原因』に目を向けることができた。


 そこには、水面に立つ男が一人。


 靴底に純魔力で作り上げた力場を張り、船へとゆっくり近付いてくるその人物は、魔王カシムその人であった。


 片目を隠す黒髪を海風に揺らしながら、魔王カシムは右手をゆっくり上げ、その手のひらを船へ向ける。

 そこには純魔力照射の第二波がすでに準備されていた。


 穏やかな笑顔を浮かべつつ、それが放たれる。


 やや遅れたタイミングで、バルバロッサが叫んだ。


「展開!」


 再び展開された純魔力による障壁は、適切なタイミングで現れ、カシムの攻撃を逸らし、茜空へと跳ね除ける。


 真っ赤に染まった夕暮れに白い光がたなびきながら、どこまでもどこまでも飛んでいく光景が見えた。

 それは空を引き裂く刃の一閃のように、いつまでも夕暮れの中に一筋の白い線を残す。


「殿下、やはりあなたは素晴らしいおかただ」


 カシムが喜ばしく口を開くと、バルバロッサは舌打ちをした。


「カシム! 貴様、この船の存在を忘れていたのではなかったのか!?」


「いえ、きっとその船を取りに来るであろう殿下をお待ちしておりました。あなたはやはり、死ぬには惜しいおかたですからね。私の手で、きっと肉体のくびきから解き放ち、この大地に尽くすにふさわしい新たな存在にして差し上げたかったのです」


 そう述べながらカシムは第三波を左手に準備し始めたので、バルバロッサは再び舌打ちをする羽目になった。


 そして、アンジェリーナを見る。


「会話による時間稼ぎもままならん。かくなる上は船を突っ込ませるので、貴様は海軍大将軍とともに陸地を目指し、オーギュストあたりと合流するのだ」


「しかしだな……」


「もとより我らは決死隊。ただ死ぬだけであった我らに隣国の姫を守りながら討ち死にする栄誉が与えられたのだ。これを喜びと言わずになんと言う。であるからして」


「おい、来るぞ」


「口上ぐらい最後まで言わせろ! 障壁展開!」


 みたび、純魔力同士の攻防があった。


 カシムの照射を逸らすことには成功したけれど、もはや船員たちは息も絶え絶えで、中には立っていることさえできない者も出てきた。


 ただの人間にとって『純魔力』というものを直接放つのは相当の負担になる。

 三度も障壁を展開できたのはもはや奇跡的な偉業であって、彼らが紛れもなく精鋭である証明とされるべきことだ。


 しかし相手は『魔王』。


 人がその心と力を束ねようとも勝利など望むべくもない異常存在なのだった。


 だから抵抗はほんのわずかの時間を稼ぐ程度のことしかできなかったが……


「━━大丈夫だ。すべて、うまくいっている」


 四度目の純魔力波が放たれる直前、アンジェリーナたちの乗る船が持ち上がった。


 それは船の持つ飛行能力ではない。


 海中から出現した土砂が、船を持ち上げ、運んでいるのだ。


「ミス・アンジェリーナ。そしてバルバロッサよ。『予言者』の真実について、あなたたちに教えよう」


 海の上にいつのまにか土砂による道ができていた。


 そこに立つ、黒髪の青年がつぶやく。


「予言とは未来の予測ではない。『未来をこうする』と決め、それを成就するべく行動をすることで成し得るものなのだ。つまるところ、俺の『予言』は、己で述べたことを己の差配で実現させてきたにすぎん。そして……」


 肩越しのその人物が振り返り、黄金の瞳でアンジェリーナたちを見て、言う。


「弟に『すべてうまくいく』と予言をしてしまった。ならば、その予言は命を賭しても成就させねばならん。そうだろう?」


 カシムから船を守るように。

『予言者』リシャールが、その背を向けて立っていた。

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