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魔王は何度も繰り返す  作者: 稲荷竜
一章 魔王の覚醒
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1話 覚醒

 十四歳の誕生日というのは貴族にとって大きな意味を持っている。

 だからアンジェリーナの今年の誕生日には当然、大きなパーティが開かれ、王侯貴族たちが祝いの品を持参して集った。


 そこで『ある失態』をしたのはアンジェリーナらしいと言えばらしいし、らしくないと言えばらしくない。


 なにせアンジェリーナという少女は貴族としての作法だけは完璧だった。

 一方で彼女は高飛車でわがままなところがあり、どのような場面でも自分のわがままが通らないと駄々をこねる癇癪(かんしゃく)持ちなところがあった。


 だから、婚約していた第二王子からその破棄を言い渡された時には、癇癪を起こして、作法も忘れて第二王子に詰め寄った。


 するとスカートの(すそ)をふんづけて、派手に転んで、頭を打った。


 その時に思い出したのだ。


 ━━前世。


 まだ『勇者』も『魔王』も実際にいたその時代。

 自分は『魔王』としてこの世界にあり、ある約定(・・・・)を交わして、いずれ転生するまで長い長い眠りに()いたのだった。


 そうして、時は巡り……


 現在、後頭部をしたたかに打ちつけたショックで、その記憶が戻った。


「お、おおおおおお!」


「アンジェリーナ様⁉︎」


 後頭部をぶつけて気を失った貴族の令嬢が、いきなりカッと目を開いたかと思うと、地鳴りのような声で叫び始めた。


 この異常事態にパーティに来ていた王侯貴族たちは一様に注目し、立ち去りかけていた第二王子でさえも足を止めて駆け戻ってきた。


「大丈夫ですか、アンジェリーナ⁉︎」


 さらさらの金髪に真っ青な瞳を持つ十四歳の少年は、さすがに心配そうな顔をしていた。

 もっともそれは、アンジェリーナの体調をおもんばかるのと同じかそれ以上に、自分の体面を気にするものではあっただろう。


(記憶が、戻っていく)


 アンジェリーナは目を見開いたまま、脳内に流れ出す二つの人生を認識していた。


 一つは魔王として生きた記憶。


 もう一つは、貴族令嬢アンジェリーナとしての人生。


 アンジェリーナはわがままな令嬢だった。

 上級の貴族の家に生まれ、望んだものをすべて与えられて育った。


 六歳の時に王子を見初(みそ)めて、一方的に(なつ)いて婚約まで取り付けてしまう。

 それからは王子にベタベタし、近寄る女たちには嫌がらせをし、排除(はいじょ)してきた。


 その嫉妬(しっと)ぶりと独占欲はすさまじく━━客観的に見れば━━王子はたいそう迷惑していて……

 かけ続けた迷惑が、十四歳という大事な年齢になった今日という日に、婚約破棄というかたちで発露(はつろ)した、というわけだった。


(無理もない)


 魔王という記憶━━視点を得た今、アンジェリーナという自分がいかに問題のある行動をしているか、正しく認識できた。


 王子には非がない。それどころかアンジェリーナのせいで出会いのすべてを遠ざけられ続けた人生はさぞつらかっただろうとさえ思えた。


「アンジェリーナ、その、ケガはありませんか……?」


 ここで、婚約破棄のショックでアンジェリーナがケガをしたとなれば、その責任をとらされて婚約破棄を破棄されかねない━━王子の胸中にはそんな不安が渦巻いているのだろうと、判断できた。


 そしてなにより、アンジェリーナは別に恋をしていなかった。

 ただ、美しく聡明で身分もある『王子』という装飾品(・・・)を持った自分が好きだっただけだった。


(これも運命か)


 今、自分が目覚めたのは、この王子を解放してやるためだったのではないかという気さえしてくる。


 魔王は魔を統べる者であった。人類の敵対者であった。

 けれど他者の不幸を望む者ではなかった。


 仮に魔王が他者の不幸を望んでいたならば、今、この世界はとっくに滅びていただろうし、こうして転生することもなかっただろう。


 解放してやろう、と思った。


 アンジェリーナin魔王はガバっと上体を起こして、見開いたままの目で王子を見る。


 王子は片膝をついてアンジェリーナのそばにいたが、視線の圧に耐えかねてちょっとだけあとずさった。


「あ、アンジェリーナ? 怒って……いますよね?」


()い」


「は?」


「我、覚醒(めざめ)り。それにより、傍目(はため)からの視点を獲得せん」


「は?」


其方(そなた)の半生の艱難辛苦(かんなんしんく)、察するにあまりある。王たる者は民がため(こら)えるべき。とはいえ、こうも埒外(らちがい)なるものに振り回されては、王器(おうき)とて(ひび)が入ろう」


「は?」


「王とは!」アンジェリーナは立ち上がり、周囲を見回して、「天上にありて民草(たみぐさ)を見下す者にあらず! 迷える民草の先頭に立ち、それを導く者である!」


「アンジェリーナ?」


「聞けい!」


「え⁉︎ は、はい」


「……新しき時代の王よ。そして、王を支えるべき者どもよ。我はここに宣言しよう。我はすべてを思い出した。我が魂の名は『魔王』! これよりは太古に王を経験せし先達として、そして現代を生きる臣下として、この時代を導く若き萌芽の道をふさぐことはせぬとしよう! ……王子よ、これへ」


「は、はあ」


「貴様との婚約を破棄する」


「……え⁉︎」


「これより、貴様はふさわしき(きさき)を求め、国家を導く(いしずえ)磐石(ばんじゃく)たるものにするがよい」


 ━━婚約破棄返し。


 誕生日会場は騒然(そうぜん)とした。


 王族から言い渡された婚約破棄を、改めて自分からしたのだ。

 それがいかにマナー違反か、貴族たちはよく知っていたし━━

 それがいかに異常なのか、王子との婚約をなにがなんでも守りたいアンジェリーナを知っていた者たちはよく理解していた。


 周囲の混乱をよそに、アンジェリーナは清々しい顔で、


「平和な世は、みな賑やかで素晴らしい。やはり天寿をまっとうするならば、こういう世界でないといかん」


 そんなことをつぶやくのだった。



 ◆◆◆◆



 そのころ。

 誕生日会にいた『ある者』は、周囲の誰とも違う理由でおどろいていた。


(魔王? 魔王だって?)


 それは神話に出てくる伝説の存在だ。


 そんなことよりも━━


(今までの周回(・・)じゃあ、あのアンジェリーナが、『魔王を名乗る』なんてことは、一度もなかった)


 アンジェリーナというのは、権力を背景にわがまま勝手をするだけの、やられ役(・・・・)でしかなかった。


 世界を決定的な破滅から救う『主人公』に対する、『悪役』でしかない令嬢━━それが、アンジェリーナの立ち位置だ。


(いくらループしたって変わらなかったものに、変化が(おとず)れている)


 それは好転だろうか。それとも……


(まあ、どっちだっていいか。俺はただ、このループを抜けたいだけだ)


 そいつはアンジェリーナを傍観(ぼうかん)する。


 あいつが、ループを抜けるための、なにかの『きっかけ』になってくれればいいな、と祈りながら━━

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― 新着の感想 ―
[一言] > ━━婚約破棄返し。 何度読み返してもこの部分でまず吹き出して笑ってしまう! 家で読んでて良かった!てまじ思います。 完結まで応援してます!
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