一歩
一歩を踏み出そうと足を持ち上げる。
もし、この一歩を踏み出すことで世界が一変したら、そんなことを考える。
誰かが手を無理やり掴んできて、笑いながらこう言うのだ。
ほら、こっちに来て。
きっととんでもない刺激のある世界に連れて行ってくれる、そうに違いない。世界中が夢に包まれる。翼も無しに飛び回る。全ての概念を飛び越えて、一つの粒子となって。そんな、自分の望むもの、望まぬもの、そんなことも関係無いような、そんな世界に連れて行ってくれるのだ。その手をしっかり握り返したら、それがOKサインだ。それに引かれるままに世界に飛び込もうと足を踏み出…。
…声がした。その声が少しの躊躇い産む。その声の所在を確かめようと首を回す。後ろを振り返ると、誰かが笑っている。そんなことあるはずがない、無駄だ、お前の人生は変わることはない、そう言って笑う、笑う。酷く滑稽なものを見るような冷ややかな目を向けながら、愉しそうに。全ての努力を馬鹿にするような、全ての成功を妬むような、そんな目だった。
それは、行くな、と後ろに引く。少し前の自分ならば、それに負けて現状維持を選んでただろう。だが、今は前からの期待の引力が止まることを許さない。俺は心からの笑顔で前だけを向いて、後ろの誰かに笑いかけながら…。
「行ってくる。」
これで、一歩。