第二話『百合冒険者、対峙する。』
はい、一週間ぶり?二週間ぶりだったかな。如月でございます。この話が起承転結で言う所の転に当たる部分です。つまり次がラストですね。
そこからの二か月はあっという間に経過した。元々寝床にしていた家はそのままに、周辺を整備して小さな畑を耕し、そこにワーヴォルフ達からの勧めで渡された作物の種を蒔いた。更に島内部の探索も無事に進んでおり、今では半分程島の内部も探索できている。更にその探索内で小さく、だがとても澄んだ水が沸いている池を発見した。その池を見つけるや否や、二人は喜び勇んで水浴びをして身も心もすっきりとリフレッシュしたりもした。そして、そんな日々が経過して行ったとある日。
「さ、今日のご飯だ。」
「わぁい!ルゥちゃんお手製のごっはん~!」
「いただきます。」
ルルがこの島で見つけた、特殊な金属の入り混じった岩を加工して作った鍋に入っているのは、この島上空に良く飛来する渡り鳥の一種の肉を使ったスープだ。この石鍋を作ってから、この島内部の調理文化が一気に進化を遂げた。それまでは焚火で焼くか生で食べるかと言う原始的な調理しか出来なかったのだが、この鍋があれば煮込んでよし、炒めてよし、焼いてよし、油も見つける事が出来れば揚げ物も出来るであろうと言う理想の食文化に近づきつつあるのだ。
「いつもありがとうございます、私の分まで作っていただいて。」
協力を申し出たワーヴォルフがそう頭を下げてお礼を口にした。他のワーヴォルフ達は自分たちの住処を守るために戻って貰ったが、その中でも最も嗅覚の鋭いこのワーヴォルフが残ってくれた。
「協力してくれてるんだもの、当たり前でしょ?」
因みにこのワーヴォルフ、名を持っていなかった―正確には人間の言語では存在しない発音だった―ので、二人が名前を付けた。その名を―――
「さ、食べよっか。クロ、『ウェア』。」
ルルの言葉に、クローデット、そしてワーヴォルフ、『ウェア』が頷き、手を合わせた。
「「いただきます。」」
夕食を無事に済ませ、二人はそのまま寝床へ。ウェアは家の中よりも外の方が落ち着くと言う事で家の外へと出て、各々睡眠の体勢に入った。
「ねぇ、ルゥちゃん。」
「どうしたの?」
隣り合わせて置いている、干し草を詰めて作ったベッドに横になりクローデットがルルに話しかけた。
「この島に来てから、もう結構経つよね。」
「そうだね、多分もう二か月くらいかな。」
定期的に様子を見に来てくれる商船が最後に来たのがほんの数日前。そして、船はおよそ一か月毎にやってきて、その船を見た回数二回。と言う事はおよそ二か月は経過している、とルルは脳内で考えていた。
「わたし達、二か月此処にいるけど……思った以上に開拓進んで無い気がするんだ。」
「そう?私は寧ろ順調すぎる位だと思うけどな。」
クローデットは心配そうに、一方のルルは気楽そうに、お互いの気持ちをぶつけた。
「わたしは、もっと簡単に終わるものかと思ってた。」
「……クロ、疲れちゃった?」
クローデットがこんなに弱気な事を言い始めるのは珍しいとルルは少し驚き、優し気な声色で心配する。
「ううん。そうじゃなくて……」
「どうしたの?らしくないよクロ。」
何か不安を抱えている様なクローデットの声に、ルルは起き上がり、クローデットの事を見つめた。
「えっと、言葉で言い表せないんだけど……何か、この島には秘密がある様に感じるの。」
「秘密?」
そう話すクローデットの表情は夜の暗さの所為もあるのか、少々青白く見えた。
「あのね、ウェア達が住んでる場所。この間ルゥちゃんとも行ったよね?」
「うん。」
クローデットがウェア達ワーヴォルフの寝床を見つけ、そして後日二人で改めてそこへ向かった事もあった。しかしその時は別段おかしい事など何もなかったとルルは記憶している。
「あの時ね、植物達が妙に騒がしかったの。何かこの島の内部の、さらに奥の方がどうとかって……複数の声が入り混じりすぎてて、はっきりとは聞き取れなかったんだけど……」
「成程……それが気にかかってるんだ。」
不安そうに話すクローデットに、ルルが近づいてそっと腕を回し抱き寄せた。
「大丈夫、安心して。」
「ルゥちゃん……」
優しいルルの声に、クローデットは少し安心し表情をやわらげた。
「これから先、この島で何があるかは私にも分からないけど。でも、例え何があろうと私はクロを守るよ。だから、安心して良いよ。」
「うん……ルゥちゃん、ありがとう。じゃあ、わたしがルゥちゃんを守るね。」
クローデットがルルの体に腕を回し、静かにそう誓った。
「うん、私の背中は任せた。」
「大丈夫、わたしはルゥちゃんの相棒で、恋人だから。」
すっかり安心しきった途端、クローデットに強烈な眠気が襲い掛かりあっという間に眠ってしまった。
「あらら、まるで子供だね全く……」
ルルは苦笑を零しながらも優しくクローデットを簡易ベッドに寝かせ、眠るクローデットの額に軽く唇を触れさせた。
「お休み、クロ。」
そしてルルも、クローデットに微笑みを向けてから眠りについたのだった。
翌日の朝、異変は突然起こった。
「どうしたのウェア?それに皆も……」
二人が目を覚まし、家の外へと出るとウェアと仲間のワーヴォルフ達が何やら焦燥感に満ちた表情で話し合いをしていた。
「それが……」
「昨日の夜、私達の住処を人間が襲撃してきまして。」
そう聞いた途端、ルルの表情が険しいものになる。
「詳しく教えて。」
「は、はい。」
仲間のワーヴォルフ達は混乱しながらも少しずつ説明を始めた。昨晩、普段通り就寝しようとすると聞き知らぬ足音が聞こえ警戒していた所、巣の目の前で足音が止まりその巣の入り口の岩を壊された事。そしてそこにいた仲間が数匹その人間達に連れ去られてしまった事。更には自分達が人間の言葉を話せる事まで人間に知られてしまったと言う。
「この島に人間が……?私達みたいに調査に来た人間?」
「いや、それは無いと思う。わたし達は国の依頼で来てるけど、その国がわたし達以外の冒険者を雇って此処に派遣したとなれば国はわたし達を信頼していないと言っている様な物。そんな事、陛下がする訳ない。」
クローデットのその発言にはルルも内心で同意していた。もしもそんな事をすれば、クローデットとルルは国に対し不信感を持ち、最悪他国に移る可能性もある。クローデットはともかく、ルルは生まれがこの国――ペルマナント王国――ではない為、余計にそう考えてしまうだろう。だからこそ国王は国内でも最強クラスの力を持つこの二人を敵に回す様な事はしないし、現状する必要も無い。そんな事になれば二人を仕留める為に国の精鋭が潰される可能性もあり、そうなればペルマナント王国が滅んでしまうからだ。
「だとすると、他国……いや、此処はペルマナント領土だ。しかもかなり奥地の方だから他国の侵入はまずあり得ないと見ていい。」
「うん、ドロールやヒノクニが来たのなら確実に戦争になる。それはお互い望む所じゃない筈。」
ドロール、ヒノクニと言うのはこの大陸、シュルヴィー大陸を三つに分けている国の二つだ。東がヒノクニ、西がドロール、北がペルマナント王国となり、この三国のバランスが保たれているから今は束の間の平和が築かれている。そんな時代を壊したいと国は望まないだろうと考え、取り敢えずその思考も切り捨てた。因みにルルの生まれはこの三国の中のヒノクニで、クローデットは生粋のペルマナント人だ。
「そうなると一体……」
「ルゥちゃん、一つだけあるよ。他国じゃなくて、でも自国でもないって可能性が。」
クローデットの言葉を聞いて、ルルも思い出した事があった。この大陸には三つの国がある、そして他の大陸はこの大海洋を越えた遥か遠方にある。しかしその海洋を我がものとしようとする者達がいる。その者達は恐怖を込めてこう呼ばれていた。
「……海賊。」
その海賊達は『海は我々の物だ』と主張し、航海に出る船達を襲って積み荷を略奪し、乗組員を残らず殺害する残虐な連中ばかりだと噂でよく耳にしてきた。だが、クローデットもルルも基本的に大陸内で仕事をこなす事が殆どなので、海賊とは実際にはあった事が無い。
「でも海賊だとすると、ちょっとまずいかも。」
「そうだね、あいつらがここのワーヴォルフ達を見つけたら、珍しさで商品にしちゃう。」
海賊は基本的に海から上がって来る事は無い、が稀に大陸に上がってきて物資を補充する事がある。その時にこの島のワーヴォルフを『人語が理解出来、話せるヴォルフ』として見世物にしたり、売り飛ばしたりするかもしれない。そうなればそのワーヴォルフはこれから先死ぬまでその海賊達にこき使われる事になるだろう。二人としても、それだけは避けたかった。この島のワーヴォルフは自分達に協力してくれる仲間であり、開拓中の島の大切な住民なのだ。
「助けに行くよ。」
「うん。ねぇウェア、その人間達の居場所は分かるの?」
「はい。気配を消すのが得意な仲間が偵察をしてくれて場所の特定は出来ています。それで先程までどうするか話し合ってまして。」
ウェアがそう話すと、再び仲間のワーヴォルフ達は頭を抱え始めた。助けに行きたいのは山々なのだろうが、どうやらワーヴォルフと言うのは戦闘はあまり得意ではない様で、通常のヴォルフよりも少し弱い位だった。そんな強さ程度で助けに行った所で自分達も捕まるか殺されるだけになってしまう。それでは意味がないのでこうして二の足を踏んでしまっているのだ。
「じゃあその場所を教えて。わたし達で行ってくる。」
「で、でも、良いんですか?」
「勿論、私達はもう貴方達を仲間だと思ってるから。仲間は助ける、当然でしょ。」
そう真剣な表情で話すルルに、クローデットも続いた。
「それにわたし達はここの開拓に来たんだから、ちゃんと開拓していく為にまさに海賊行為をする奴らなんて許しておく訳にはいかないよ。」
そう話しながら、ルルはナギナタを。クローデットは杖を手に持ち身体を慣らし始めた。
「良い、クロ。場所を教えて貰ったら出来るだけ最速で、最短距離で向かって急襲をかける。そして混乱した所を……」
「わたしが助ける。大丈夫、いつも通りね。」
お互い頷き合い、ウェア達の方へと振り向いた。
「さぁ、教えて?仲間の居る位置を。」
「へへ、丁度潮の流れが悪くてこの島に着いちまったが中々悪くねぇ島だなここはよ。」
「ですねカシラぁ。」
長く伸びた無精ひげを擦りながら、体格の最も大きい男が下卑た笑い声をあげ、周囲の仲間達もそれに釣られ怪しい笑みを浮かべる。その中央にはぐったりと倒れこみ、両足を太い縄で縛られているワーヴォルフの姿が見えた。
「ただのヴォルフかと思ったらまさか喋るとはなぁ。こりゃ高くつきそうだぜ。」
「まぁ、今は暴れられると面倒なんで眠って貰ってますがね、海に出たらじっくり調教してやりますよ、この鞭と首輪でね。」
カシラと呼ばれる無精ひげの男の隣に座る男が荷物の中から金属製の首輪と、細長く、しかし頑丈そうな革製の鞭を取り出した。
「おいおい、あまり強く叩くなよ?価値が下がっちまう。」
「大丈夫ですよカシラ、俺が今まで鞭捌きをミスした事ありましたか?」
そんな事を話し合いながらゲラゲラと笑う二人。周囲の人間も各々別の事を話しながらも下品な笑いを浮かべている。
「……んぁあ?なぁんか、騒がしいなぁおい。」
「え、そうですか―――」
無精ひげの男が笑いをやめ、真剣な表情になりそう口にした途端に、一吹きの風が吹いた。そしてその風に隣の男は”蹴り飛ばされ”た。
「ぷげぇぇぇぅううぅう!!!?」
情けない声を上げながら男は後方の海へと吹き飛び、そのまま数度水切りをしてから海中にダイビングした。
「ぁんだおめぇは……?」
無精ひげの男がその風に向かって凄みながら睨みつけた。
「あんたらをここから追い出す唯の冒険者だ。覚えとかなくて良いよ。」
その風―――超高速で風を纏いながら走り抜けてきたルル―――がナギナタを構えながらそう啖呵を切り、周囲の海賊を見渡した。
「やっちまえてめぇら!」
「「おぉおおぉぉぉぉ!!!」」
周囲の海賊たちが一斉にルルに襲い掛かる。剣を持っている者、鎖分銅を持っている者、スリングショットを持っている者。様々な海賊が居るが、ルルはまずスリングショットを持ち、少し後方にて狙いを付けている者に目を付けた。
「ちょっとごめんよ!」
剣を持ち、突っ込んできていた海賊を掴み、そのまま回転を掛けて勢いよく投げ飛ばした。
「おぉぉおらぁああぁぁ!!」
「ぎ、ぎぃぃゃあああぁぁあ!!!」
投げ飛ばされた海賊は複数の海賊を巻き込みながらスリングショットを構えていた海賊の一人に直撃し、そのまま二人とも気絶した。巻き込まれた海賊達も気絶と迄はいかないが、衝撃が強かったのか立ち上がれない者もいれば、ふらふらしながらも立ち上がってくる者もいた。
「さて、次いくよ!!」
次に近づいてきていた海賊を、ナギナタの石突を地面に突き刺して軸に使用し、回転しながら体を浮かせてその浮いた右足で海賊の一人を蹴り、その後方にいたスリングショット海賊を巻き込み気絶。更にその反動で逆側の海賊も同様に撃破。そのままクロは空へと飛んだ。
「今だ、撃ちまくれぇ!!」
海賊のカシラの合図と共に残りのスリングショット部隊が思い切りゴムを引き、鋭い形の石を射出。このまま当たればルルの皮膚を裂き大量に出血してしまう可能性もあった。だが、ルルはそれを空中で体を捻り反転。焦らず一つ一つ見てから冷静に近い石から掴んでいった。
「な、なんだあの動きは!!」
「魔法!?いや、でもそんな素振りなかったぞ!!」
「魔法?馬鹿言うんじゃないよ。あんたら相手に使った魔法なんてここに駆けつけてきた時のあの一回きりだ。これは、私自身の身体能力でやってる事だ。」
掴んだ石を地面に落としながらルルが笑顔でそう言った。その姿を見て、海賊の一人が何かを思い出した様に震え始めた。
「その、白銀のナギナタ……化け物じみた身体能力……こ、こいつ、まさかあのS級冒険者最強の……『ルテンのルル』!?」
「へぇ、私も有名になったもんだ。海から上がって来る事が殆ど無い海賊にまで名前を知られてるなんて。」
ルテン、と言うのはルルの生まれ故郷であるヒノクニに伝わる称号で、ナギナタ使いの中で最強の証でもある。実際にその称号をヒノクニから授けられた訳では無いが、戦いの最中に自然とそう呼ばれるようになった。
「か、勝てる訳がない、こ、こんな化け物に……」
「化け物ね……ま、なんでも良いけどさ。じゃあ、あんたらはその化け物に今から消し飛ばされるんだ。光栄に思いな!!」
ルルが海賊の子分達を全員気絶させるのに掛った時間は、およそ1分強。しかも、自然への被害を最小限に留めて置いたのは恐らく相方への配慮であろう。
「さて、じゃあ残るはあんただ。覚悟しなよ?」
「……ふぅ、この俺様が子分共と同じ程度の強さだと思ったか?笑わせるなよ小娘如きが。」
二人が睨み合い、お互いに少しづつ距離を詰めてから同時に走り始めた。
どうでしょうか。全くスローライフ感が無くて作者自身も困惑してます。やはりスローライフを書くのは難しい……