第二夜「焔」(Bパート)⑧
〇
――こいつ、不死身か!
首を落とされ尚動く〈カグツチ〉の胴体。
流石に面食らったか、隣に立つミツヒデが驚嘆の声を上げる。
「――アァ? あれで死なんのか? 首を刎ねたんだぞ? あり得んだろうが! どういうつもりであんなバケモノを作ってんだ!」
――あんたのアレも相当なモノだろうが。
と思いつつ、マサトもまた、言葉を失っていた、が……同時に、妙な、違和感を覚えてもいた。
さっきまでの「カグツチ」にはどこか、ある種の「気概」「覚悟」そして「知性」みたいなものが、感じられた。
だが、今の〈首なしカグツチ〉には、それがない。
幽鬼のように、一定の速度で歩を進める姿もどこかプログラムに従うだけの「機械」か、或いは、生理的反応で動く「昆虫」のようで――。
もう複雑な思考は出来ないのか、「首なしカグツチ」が壊れた傀儡人形のような不恰好な動きで歩きながら、手を胸の前で組み合わせる。
胴体、心臓付近に、炎が灯る。
それはさっきまでの、深紅の炎を超え、より高熱であることを表す白、そして蒼白へと、色彩を変えてゆく。
恐らくは、体に残った炎を、凝縮し、増幅し、体内で圧縮させ、そして然る後に――
「自爆する気か!」
……そこまでするか?
……そこまでして、自分を殺そうとするのか?
そう思いながら、咄嗟に、ちさとを、ついで「灰羽孔雀」を探す。
だが、ちさとは先ほどの全力攻撃で力を使い切ってしまったか、息を荒げ、鎧王を杖に辛うじて身を支えていて。
「灰羽孔雀」は、「カグツチ」に受けた攻撃の損傷を回復するのが追い付かずにいて。
「こりゃ……まずいぞ!」
せめて、ちさとだけでも。
最初にそう考える。だが、どうやって――?
「祇代さん」
と、知った声が聞こえた。
柔和な、少し掠れた、老婦人の――嵯峨かのんの声。
「嵯峨、さん?」
そう声に出したマサトに、
「あン? 何か言ったか?」
と、ミツヒデが返す。
姿は見えない、端末も遠くに転がったままだ、けれど声音は間違いなく彼女の物で、どうやら、どこからか彼女が声を届けていると言うことは間違いないらしかった。
幻聴などではない、が、どうもミツヒデの反応を見る限り、その声が聞こえていないらしい。
「……一瞬だけ、口を開けるわ、そこに落としてあげて頂戴」
ソレを最後に、嵯峨かのんからの声は途絶え。
ぴしり、とひとつ音がして、
――空間に、亀裂が走っていた。
そう表現するしかない。
何もない虚空に、斜めに一筋、ガラスを拳で叩いたような裂け目が生じていた。
ぱりん、と安っぽい音を立てて、亀裂は蜘蛛の巣のように広がり、口を開ける。
マサトは、「それ」を見た。
ぽっかりと開いた穴の中に、果てすら見えない、無限に広がる暗黒。宇宙空間が広がっていた。
マサトが「見て」、「認識した」のと同時に、「それ」は凄まじい勢いで、周囲の空気を、焼け焦げた壁や床の破片を吸い込み始めた。
よたよたと歩む「首なしカグツチ」もまた、炎を抱えたまま、亀裂の奥へと引き寄せられてゆく。
そしてそれは――マサトも例外ではなかった。
◯
宇宙空間。と形容したが、それは正確ではなかった。
宇宙空間には、恒星、惑星、数多の星々と、それらが象る星雲、銀河が散らばっている。はずだ。
まだそれらが生まれていないのか。
それとも、既にそれらすべてが滅びさってしまった後なのか。
光を放つものが一切存在しない黒一色の暗闇が、そこに広がっていた。
感覚としては、空中に大型のスクリーンが浮かび、映像を映し出しているようなもの、なのだが……
どのような高性能の映像装置でも、この絶対的な虚無を伝えるコトはできないだろう。
何しろ、この虚無空間は現実に存在し「カグツチ」もマサトをも呑み込まんとしているのだから。
混乱しきった頭で必死に考えるが、「おそらく、あの内部で生存することはできない」ということが何とか判断できるのみで、この場でもっとも優先して考えるべきこと。――この状態でどう立ち回れば、そうならずにすむか――が、まるで思い浮かばない。
ちさとが、必死に手を伸ばしているのが見える。
だが彼女も辛うじて、鎧王で身を支え、堪えているだけで、これ以上うかつに近づけば、彼女も引き寄せる力に捉えられる。
……それは、駄目だ!
頭部を失いバランスを崩していた「首なしカグツチ」が、次いでマサトが引き寄せる力に抗しきれず、爪先が床から離れ、――暗闇に呑まれる、その刹那。
何ものかが、マサトの腕を掴む。
五本の指を備えたそれが掌であることに最初マサトは気が付かなかった。
ちさとともミツヒデとも違う、冷たい金属質な手が、マサトの手を掴み止めていた。
その手には、先に有るべきもの、肘が、二の腕が、肩口がなかった。
それが、ただ長く長く伸びた手首と前腕――それも「カグツチ」の刃尾がそうだったような、無数の細かな金属の部品で構成される、機械仕掛けの義手である。と、理解すると同時に、一気に引き寄せられる。
暗黒の洞の吸収力を振り切って、マサトが冷たい床に身を投げ出され。
遥か彼方で、小さな火花が一つ、弾けて散った。
そちらに顔を向ければ――「首なしカグツチ」が暗闇に呑み込まれ、握り潰されるように拉げ砕けて、躰に蓄積していた炎を放出することもできぬまま、闇に食われて消滅するのが見えた。
(「――さよなら「カグツチ」」)
何故か、どこか物寂しい気分で胸の内で別れを告げると、空間に生じた亀裂は、その向こう側の漆黒の空間ともども、既に消えていた。
最初から、そこには何事もなかったかのように、ただの当たり前の、何もない空間だけがそこにあった。
――あの暗闇も、「カグツチ」も。悪夢の中の出来事だったみたいに。
どうやら、助かったらしい。
ぼんやりそう考えながら横たわったまま呼吸を整えるマサトに、
「あんた、まだ、息してるかなー?」
と、傍に立つ人影から、声をかけられた。
それはちさとともミツヒデとも、もちろん嵯峨かのんとも違う、知らない声と、のんびりとした、どこか感情のこもらない口調だった。
「……んー、良かったー。戦部に、あんたを死なせるなって言われてるんだよー」
じゃららら……
という音がして、一応マサトの命の恩人であることになるそいつは、肩から伸びる右手を大きく振るう。
無数の細かいパーツで構成され、一節一節にブレードを備えて蛇腹状に伸縮する、絡繰仕掛の右腕が、パーツの擦れる音を立てながらごく通常の長さに戻り、肘のところで元の位置に収まった。
マサトの手を掴み、救い出したのはこれによるものか。
地に伏せったマサトの、自分を見上げる視線に気づくと、
「……なにー?」
そいつは一言、そう呟いた。
「……義手がそんなに珍しいのー?」
口元までを覆う、高襟のジャケット。手首を覆い隠すのであろう長袖から僅かに、日に焼けた肌と、彫の深い少女のような可愛らしい顔が覗く。
「あ、いや……」
――怒っているのか、こいつは。
口ごもるマサトに、ぷいと、どこか不機嫌そうに、恥ずかしそうに斜に目線を反らすと、
「……ほら、生き残りたいなら、しっかり自分で立つんだよー」
言って、マサトの肩口を右手で掴み、引っ張って上体を起こさせる。
そこまですると、「これで義務は果たした、貰った分は働いた」と言うように身を引くと、
「……他人に姿を見られるのは、好きじゃないんだよー」
とだけ吐き捨てて、その姿を霞ませる。
今更、その程度では驚くのも億劫になってきたマサトがぼんやりとそれを眺めていると、――それは次元や空間がどうのという形而上の話ではなく、単にとてつもないスピードによって移動していることによるものであるらしく、瞬きひとつの間に数十メートルも駆け去っていて。
そのままそれを数度繰り返すと、彼がどこにいるのかもまるで判らなくなっていた。
「マサトくーん!」
ほっと人心地つこうとしたマサトに、今度は知っている声――ちさとの声が届く。
ついで、胸元に感じる衝撃。
「……マサトくん、マサトくん、マサトくーんっ!」
幾度もそう叫びながら、ちさとが自分の胸の中に飛び込んで来ていて――。
「ちさと……」
「ごめんね!マサトくん!ごめんね!」
自分をかき抱く彼女のからだの温もりと、鼓動のリズムと、ミルクのような香りは確かにマサトにとっても心地よいものではあった。
ふたり、どうにかこの状況を切り抜けたということを実感させてくれるものでもあった。
「ちさと、ちょっと、苦し、」
「ごめんね、ごめんね、ごめんね!」
「だ、だから、息が、息が――!」
だが――両腕で首根っこを抱え込む加減抜きの力が、首骨に悲鳴を上げさせる。
顔面に押し付けられた柔らかな双球の圧力が、呼吸を妨げる。
想えばちさとは随分姿が変わったが、身に着けているものは、依然丈の短い患者衣だけなのである。
今やその患者衣も激しい戦闘の結果あちこち破れほつれていて、……改めて見ればものすごい格好になっている。
なんてことにすら、マサトは薄れそうになる意識の中で今更気付いたものだった。
「――はっ? マサトくん? しっかりして、マサトくーん!」
朦朧状態のマサトにようやく気付いてくれたちさとに身体を揺さぶられながら、
「……大丈夫だよ、ちさと」
と辛うじて返し、上着を脱いで、ちさとの肩から羽織らせる。
ようやくちさとが落ち着いた頃、
「いやいや、お二人ともご苦労さん」
他人ごとのように言いながら、ミツヒデがやってきて。
「あーっ!」
ミツヒデの手の中にある、金属製の筒を認めて、ちさとが声を上げた。
「それ! 勝手に持ち出しちゃいけないんだよ!」
言いながらさっと立ち上がり、武王と鎧王を左右の手に構え、マサトを庇うように、絶対に近づかせないと言う気迫で間に立つ。
「マサトくん、このひとの言葉を、耳に入れちゃ駄目だよ」
どこか、おぞましい害虫の生態を口にするような、彼女らしからぬ、硬い口調。
「このひとは、多分、マサトくんを戦わせたくないなら、それはいいことだ、戦いたくない君は正しいって言うし、その逆だったら、戦わないなんて良くないことだ、恥ずかしい事だって言う。 ――きっとそういう風に言葉を使うんだ」
――ことばは、そんな風に使っちゃいけないんだ。
「あなただね、マサトくんを困らせたのは」
ちさとはそう言って、ミツヒデを睨み付けた。
「……許さないから」
「――ッははは」
作ったような軽薄な声で、ミツヒデが嗤い声を上げる。
「ああ、、そういうことを言う時には。――「わたしは難しいことは判らないけど」とでも上の句をつけとくと、可愛く思われると思いますよ」
「――わたし別に頭悪くないから、やめとく。漢字も読めるし、計算もできるよ」
「上の句なぞ不要。と。おお、こいつは至言ですな」
気安げにそう言うミツヒデの姿に、
「え、なに?知り合い?」
とちさとに尋ねてみるも、
「知らない! わたし知らないよこんなひと!」
と、酷い侮辱を受けたかのように返される。
「……まあ、貴方の大切なマサトくんをいじめるような事をしてしまったのは申し訳ありませんが」
「ふわっとした言葉でごまかさないで! ……いじめ? あなたはわたしの大切なひとを、悪意を持って攻撃してるんだ」
思えば、ちさとは「カグツチ」に対しては、必ず倒すと言う意思の下に戦ってはいたが、怒ってはいなかった。
イワクラ卿やその周囲の者たちにモノのように扱われても、それを悲しみはすれど、彼らを憎んではいなかった。
ミツヒデのありとあらゆる言動が尽くちさとの逆鱗に触れたらしく、――マサトが初めて見る、ちさとの怒りの感情の発露だった。
「わたしは人が笑ってるのを見るのがすきだけど、怒ったり悲しんだりしているひとを嗤う笑顔は別だ!」
鋭い声で言い放ち、ミツヒデに詰め寄る。
今にも鎧王を振り上げ、ミツヒデの脳天に叩き込みそうだ。
灰色の羽が再び舞い、「灰羽孔雀」がミツヒデの前に姿を現す。
「……これは流石に勝ち目がないんで、退散させて頂きたいですな」
マサトも再び意識を切り替える。
この場で、こいつと戦うべきか?
だが、こいつの操る「灰羽孔雀」は戦闘力は低いが 厄介だ。
ちさととて消耗が激しいはず、この場で戦うと言うなら、それなりにリスクがある。
ちさとに戦うように指示を出すか、逡巡する。
と、その間隙をついて、
――おん あしゅらや そわか。
朗々と、そう謳う声が響く。
「――阿修羅破玉弾!」
ついで放たれるのは、激情の発露そのもののごとき怒声と、
地上を薙ぎ払わんばかりの、火焔の砲弾。
「おっとっと!」
先ほどちさとが周囲の空間全ての炎を吸収したおかげでひとまず鎮火していた周囲が、再び火焔地獄と化した。
間近まで延焼しそうになる炎は、ちさとが即座に吸収する。
「ちょっと戦部さん、危ないじゃない!」
そして多量の粉塵と、くすんだ煙のその奥から姿を見せる。
堅牢な鎧甲と、数多の銃砲を背負った、鋼の巨躯。
――これが、戦部ユウスケの戦う姿か。
「そこの腐れ外道。てめェ、嵯峨様が言っていた、明智光秀だな」
彼自身の人となりの詳細はまだ知らぬが、一応こちらに気を使ってくれているものの、相変わらず形容しにくいガラの悪さだ。
顔を覆うフェイスシールドを展開し、素顔を晒している。
わざわざそうする理由も思いつかないが、「面と向かって痛罵してやらねば気が済まない」というところか。
「この恥知らずの主家潰しの裏切り者が! このお山から生きて帰れると思うなァ!」
「は は は は は――!」
――史上最大の叛逆者は、声を上げて獣のように嗤う。
「……そういうモノ言いだったから、あの人はその俺「如き」に足元を掬われたのさァ!」
そしてこれもまた大きく口を開き、殊更相手の神経を逆撫でするように、煽り言葉を重ねる。
「で、あんたもその口かい? 元デストロンの戦部卿よォ! 今は河岸ぃ換えて、正義の味方なんぞやってるのかね!」
「――ッ?」
戦部ユウスケの顔が引きつるのが見えた。
何故それを、と、そう訝しむような表情。
「そっちにいるのは、麗しの犬飼かなめ嬢だな」
続けてミツヒデは、戦部ユウスケの後ろ。
彼が入って来た方へと目を向けて言う。
はたしてそこには、知った貌の少女が、上半身を未だ痛々しく包帯で括ったまま、苦痛に顔を歪めながら立ち、ミツヒデを射殺さんばかりの眼光を注いでいた。
犬飼かなめ。――犬飼先輩?
あの手負いで、ここまで来たのか?
「ああ、あんたは立派だよ、先刻犬と呼んだことに関しては謝罪しよう」
と、妙に殊勝なことを言いながら辺りを見回し、
「……で、姿は見えんが、まだどこかにいらっしゃるみたいだな、南風原殿」
と、重ねて、高らかな声で告げる。
「全員にお目にかかれるとは何たる幸運だ!
――嵯峨かのん!
――戦部ユウスケ!
――風見ハルタ!
――犬飼かなめ!
――チ號参拾!
そしてそして、――祇代マサト!」
何だ?
他の面々はともかく、なぜそこに、自分の名前が並ぶ。
マサトの脳裏に立て続けに疑問符が浮かぶ。
こいつは、何を知っている?
誰か、こいつが何であるのか、知る者はいないのか?
けれど、戦部ユウスケも、犬飼かなめも、南風原と言うらしい義手の青年も、そしてちさとすらも、その答えを持っておらず、判っているのは、――ミツヒデが、この場にいる全員を万遍なく嘲弄しつくすつもりであるらしいこと。
マサトの疑問に対する答えではなく、
「へえ」
という素っ気ない声が、虚空から漏れる。
ふっ……と、何もない空間から、ロングパーカーの、少女のような顔の青年が、再び姿を見せた。
「おまえ、火神帝國か?」
「ああ、そうだよ南風原くん」
応じるミツヒデに、
「……なら、ぼくの敵なんだよー」
そう告げると共に、義手の青年――南風原くんが、「視認可能な速度で動く」のを止める。
「その首、もらうんだよー?」
次に彼が姿を見せるのは、ミツヒデの上空。
ちさとのように、大仰な武器を担いでいるわけではない。
戦部ユウスケのように、大量の火器を引っ下げているわけでもない。
素手。――少なくともそうであるように見える。
武器と化した四肢そのものを振るう、強いて言うなら「カグツチ」に近い。
右手の連結刃ではなく、左手。
鋼鉄色に輝く左腕を振り上げ、疾走の加速と落下の勢いを加え、一直線に叩き下ろす。
「ミツヒデの首が落ちる」
――その場にいた凡そ全員がそう確信するものの……
響き渡る金属音。
最初からそこに居たように、新たに人影が現れていて。
「これはまあ……何ともっ!」
――短くそう叫びながら、南風原くんの一撃を受け止めていた。
「――なっ!」
戦部ユウスケが、驚嘆の声を上げる。
「何者だ、あの野郎――刀で南風原の一撃を止めやがった!」
「おお、先生に刀を抜かせるとはな!」
今度は、感心したようにミツヒデが言う。
新たに現れた人物は――少なくともミツヒデ同様、まともな姿かたちをしていた。
歳で言っても、マサトとそう変わりはなさそうな――細面の、精悍な容姿の青年。
「ああ、助かったよ先生」
「ミツヒデ、……あまりそう煽るなよ」
きちんとネクタイを締めた、整った身なり。
妙に人の良さそうな、落ち着いた風貌。
後頭部で一つに束ねた頭髪。
「そういうこというから、お主は皆に嫌われるんじゃよ」
と、諌めるようにミツヒデに告げた。
そして、手に持った――折れも曲がりもせずその輝きを示す、一振りの刀。
「聞いてた通り、大した腕前だ! 愛を知らない哀しい南風原くん!」
「だから、そういうのを控えろと言うとるじゃろ」
――南風原くんが、奇妙に語尾を伸ばした口調で尋ねる。
「……戦部ー、こいつなんで、ぼくたちのことしってるんだよー」
「俺だって知らん!」
どうも、ミツヒデの言動には、違和感がある。
こっちは向こうの事を知らないのに、向こうはこっちのこと、こっちの事情を一方的に知っていて、見透かしたように口にしてくる。
その違和感が、マサトがミツヒデに対して覚える嫌悪感の一部であった。
「……さて、それではこれにて、退散させて頂く!」
その場にいる全員が、混乱のただ中にいる状態で、一方的にミツヒデが宣言する。
「おい待てェ!逃がさねえと言ってるだろうが!」
戦部ユウスケの火筒の先端がミツヒデを捉え、鉄弾をばら撒くも――
全身を羽毛に解いた「灰羽孔雀」がそれを防ぎ、さらには羽毛の奔流が視界全てを覆うような勢いで拡散し、全員の行動を阻害する。
「一応挨拶くらいしておこうか――俺はミツヒデ、火神帝國の明智光秀。……名前くらい名乗っときなよ、先生も」
「同じく――火神帝國九大騎士の第四騎士・剣将「不穢の剣聖」上泉信綱」
――上泉、信綱?
明智光秀と同様、数百年前の――伝説的な剣の達人である。
彼が名を名乗ったのに、先ほど仕留め損ねた南風原くんが、いち早く反応する。
「――しくじったのは久しぶりだよー」
「ほう」
「上泉とか言ったな。――次は絶対に外さないんだよー」
高襟の服のせいで表情は伺えないが、凍える様な殺気を放ちながら言う彼に。
「……ではまたいずれ、その時は、ゆるりとな」
と返し、上泉信綱も、そしてミツヒデも、灰色の羽毛の雲霞の中で、呑まれるように姿を消した。
○
腰を下ろし、マサトはぼんやりと呼吸を整えていた。
マサトくん、大丈夫?
と繰り返し尋ねてくるちさとに生返事を返しながら、慌ただしく教皇院のスタッフが行き来するのを眺めていた。
何しろ、この施設の中に敵対者が侵入し戦闘が行われることなど、ついぞなかったことらしい。
経緯の検証、被害状況の確認、再発防止の対策。
とにかく多忙らしい戦部ユウスケは遅参を詫びる言葉もそこそこに、手負いの犬飼かなめを担いで行ってしまったし、南風原くんに至ってはいつの間にかふいっといなくなっていた。
ちさとと二人ぽつんと残されて、手持無沙汰のままである。
「おーい、おーい、マサトくん?」
「……ああ、なに?ちさと」
「何って言うか……マサトくんぼんやりしてたから……あ、色々あったし疲れてるよね? 横になって休む? わたしのお膝、枕にする?」
「いや……起きてるよ、そのまま気を失いそうだし」
「じゃあ、お喋りする? 何の話がいい?」
「……何でもいいよ」
と答えると、ちさとは少し考えてから、
「あのね……ねえ、マサトくんは、生まれ変わりって信じる?」
と、問いかけた。
「……よく、わからないな」
もしも死んだら、二度と生まれ変わってなど来たくない。
こんな苦痛を日々味わい続ける人生など、もう御免だ。
常日頃、そう思っているのだが、それを言葉には出来なかった。
こどもにそういうことを聴かせるものではない。という良識らしきものが、マサトにも存在したし。その手の言葉だけは、彼女にだけは言う事が出来なかった。
「わたしは、今度生まれてくるときは、コサージュじゃなくて、本物の魔法つかいがいいなあ……」
隣に座るちさとが、ぽつりとそんな風に呟いた。
「魔法つかいはね、ひとにもよるけど、長く生きられる人は、何百年もいきて、たくさんのひとを幸せにできるんだよ!」
「……コサージュは?」
尋ねたマサトに、
「コサージュは、生きてていい期間が、決められてるから……わたしは、あと一年くらいかな」
ちさとはこともなげに、そう返す。
「……え」
「あ、でもでも、まだ結構あるから、それまで、たくさんマサトくんのお手伝いできると思うよ!」
背筋が凍りつくのを必死に包み隠しながら、マサトは問い返した。
「……だって、君は命を作れるんだろう?」
「……うーん、なんていうか……、髪の毛? 髪の毛なら、切っても伸びてくるでしょう?」
何でもないことのように、料理のレシピの話でもするかのように、彼女はそう語る。
「あれは、わたしの命を少しづつ削って、切り分けて、少しお休みして回復したらもう一度、って、そうやって作ったの。だから、もともとその体が生きられるくらいでしか無いと思うよ。例えば、ふつうの……外のひとにあげたら90年か100年くらいはもつと思うけど、犬とか猫にあげたら、三十年くらい……かな」
ちさとの顔を見返すことすら憚られるように思いながら、
「……じゃあさ、さっきもらった命、返すわけにはいかないのか?」
と申し出ると、
「……わ、わ、そんなの駄目だよ、絶対ダメ。そんなことをしたら、マサトくんはあと十分くらいしか生きられないよ。マサトくんの命は、もうボロボロだったもの」
……だったら、だったら猶更、自分をほんのわずか生き永らえさせるくらいなら、と、そう口に出そうとして、
「だから……だから、うん、そんなの絶対ダメ。 わたしは、マサトくんに生きててほしい! それも、ただ生きてるだけじゃなくて、たくさん美味しいものを食べて、たくさん綺麗なものを見て、優しい人に囲まれて、できるだけ元気で、長く生きてほしい!」
ちさとの眼差しの前に、やっぱりそれだけは、声に出せず。
代わりに、隣に座る造花の少女の掌を取って。
「ちさと、頼みたいんだけど」
と、声をかけた。
「え? なになに? お手伝い?」
と、意気込んだ口調で返される。
「お手伝いって言うか……」
涙が零れてしまわないように、自分自身に嘘を吐きながら、
これは嘘だ、よくないことだと思いながら。
「さっきの、もう一回言ってくれないか?」
「ほっ?」
「……ほら、がんばれ。ってやつ」
それで意図が通じたようで、ちさとは一度「うん」と頷いて、マサトの手を握り返す。
温かい掌が、マサトのそれを、包み込む。
「がんばれ、わたし」
何だかやけに幸せそうに、ちさとはそう囁いた。
「がんばれ、マサトくん」
ひとつ、そう囁くたび、鼓動が、体温が、掌から伝わる。
「がんばれ、わたしたち!」
ちさとの手は、温かい。
きっと、沢山のひとを温められる手だ。
その温もりだけで、柄にもなく。
マサトは――これは偽りでなく――もう一度目が覚めてもいいかという気になった。
●
けれど。
――これより一年後に、この物語は終わる。
祇代マサトは、絶望の中で孤独に死亡する。
戦部ユウスケは、守りたかった物を守れず、汚辱に塗れて命を失う。
南風原ハルタは、辿り着きたかった場所に辿り着けない。
犬飼かなめは、己の名を奪われ、教皇院の戦奴隷に身を落とす。
――ああ、そして、彼女は。
繰り返す。
この先に、愛と勇気の勝利は待ち受けていない。
幸福な結末は用意されていない。
繰り返す。
これは――「すべてを喪う物語」である。
●
魔法少女くおん――イツワリノメサイア――
第二夜「焔―Im fire―」了
次回
第三夜「母―mother―」
「――我が子、祇代マサト」




