指輪
「やぁ、待ってたよソー君!!」
そう言って待ち構えていたのは、シルバーブロンドの高い位置で無造作にくくった無駄なほどまでのイケメン。
もちろんその腕の中に俺が飛び込むことはないが、へらへらとした表情で見てくる。ずっと俺のことを見てくる。
「こいつ、誰すか?そもそも、あんたも誰すか?」
馴れ馴れしくソー君なんて呼んでくるし、この男は俺の名前は知っているのだろう。
というか、俺は誰のことも知らないのに(知りたいとも思わないけど)こいつらが一方的に俺のことを知っているというのはちょっと気味が悪い。
「あれミーちゃん、ソー君に名前言ってなかったの?だめだよー、自己紹介はちゃんとしなくちゃぁ。ごめんねソー君。僕はフロラン・クロヴェルだよ。この子は綾瀬 美智香。僕のことはフー君、この子のことはミーちゃんって呼んでね。」
「はぁ…。」
フー君ミーちゃんって…絶対呼ばないけど。
「で、ソー君にここに来てもらったことについてなんだけど、座ってゆっくりお話ししようね。僕はちょっと取ってくるものがあるから…ミーちゃん、ソー君のこと応接室に連れて行ってもらえないかな?」
「わかった。ソー君、こちらだ。」
「それ、絶対やめてください!!」
応接室に案内されるまでにいくつかの部屋の紹介をされたけれども、綾瀬さん、俺はここに何度か来る予定は一切ないです。
何かの組織みたいな言い方をしていたけど、変な宗教団体とかなのかな…。
そんな組織にどこまでかわからないけど個人情報握られてるの、結構怖いな。
俺、無事に帰れるのかな。…泣きそう。
「で、ここが応接室。ロビーからは少し入ったところにあるけど、道は覚えたか?」
「ハイ、ダイジョウブデス。」
はい、全く覚えていません。
案内された応接室とやらは、ふかふかなソファがあったりとかそういうのじゃなくて、すごく無機質な造りになっていた。
外が豪邸だったから勝手に貴族の部屋みたいなのを想像していたけれど、確かにロビーとかも何かが飾ってあるわけでもなかったな…。
ますます怪しい。
綾瀬さんに促されるがまま部屋の中心に用意されたソファに座る。黒皮で覆われていて、少し埃っぽい。目の前には同じソファとガラス張りのローテーブルが用意してあり、机の上には何も置いていない。
本当に、人の手があまり入っていない感じがする。
「紅茶とコーヒー、どちらがいい?」
「えっ?ありがとうございます。…紅茶で。」
綾瀬さんは小さく頷くと部屋を出て行った。部屋が広くて音も何もないだけに、綾瀬さんの足音がすごく大きく聞こえる。思わずついたため息も、普段より大きく聞こえた。
名前も知らない先輩にいきなりこんなところに連れてこられて、俺はこれからどうなるんだろう…。
麻薬のバイヤー?人身売買?もしかして…殺人事件とかそういうのじゃないよな…。
同じ学校で、しかも美少女で、ちょっと油断というか…してたけどもっと警戒心持ったほうがいいかな。
でもまさかこんなことになるとは。事件の被害者とかもこういう気持ちだったのかな、なんて今さらながらに思う。
否、今ならもしかして逃げ出せるんじゃ…?
っとロビーまでの道、どんなだったっけ…。
そんなことを考えていると、足音が部屋に近づいてくるのに気が付いた。
あぁ、逃げ出すことはできなかったな。腹をくくろう。
キィとドアが開く音がしたので、そちらを見やる。
するとそこには、さっきのフロランとやらがいた。
「お待たせしてごめんね。あれ、ミーちゃんは?」
そういいながら僕の目の前のソファに腰掛ける。手には分厚い資料らしき物を持っていた。
「たぶん、お茶を淹れに行ってくれています。」
「おぉ、それは気が利くね。じゃあ先に話を進めさせてもらおっか。まず聞くけど…ソー君さ、昔から肌身離さず持ってるもの、あるでしょ。」
へらへらとした印象のフロランから一変。突き刺すような目つき、確信めいた言い方で俺の胸元を指さした。
思わず制服の上からいつも首にかけている物をぎゅっと掴む。緊張からか冷や汗と唾が止まらない。
静かすぎる部屋のせいで、生唾を飲み込んだ音はフロランにも聞こえていたかもしれない。
「あっ、ごめんごめん。そんなに緊張しないでいいよ。取って食おうと思ってるわけでもないから。でもちょっとだけそれ…見せてもらえないかな?」
「そんな大したものじゃないですけど…。」
フロランの雰囲気が元に戻って、不思議とさっきの緊張感みたいなのが消えてなくなった。
俺は制服の胸元をちょっと緩めると、小さい頃から肌身離さず持っている二つの指輪のネックレスを見せた。
「これは…誰から?」
これは俺がまだ7歳くらいの頃、仲が良かった友達にもらったものだ。
一人で公園で遊んでいたときに出会ってからしばらく、一緒に遊ぶようになった。
彼女はいつも白いワンピースを着ていてどこか…人間じゃないのではないかって思ってしまうほどの儚い雰囲気を持っていて、いつか突然消えてしまうんじゃないかって心配をずっとしていた気がする。
突然いなくなってしまうことは無かったけれど、別れは本当に突然訪れた。
毎日そうしていたように、その時の俺はブランコに座って彼女を待っていた。
そしていつものように彼女は現れたのだけど、その日だけ今にも涙がこぼれそうな、そんな目をしていたのを今でも忘れられない。
そして彼女がいつも指に着けていた二つの指輪を外し、俺に渡したのだ。
一言、「さようなら」だけを残して。
その次の日から一度も、彼女が俺の目の前に現れることはなかった。
「……って感じでもらったものなんですけど、それがどうかしましたか?」
「んー、ちょっとねー。ソー君さ、この指輪を指にはめたことはある?」
「いやこれ女ものの指輪ですし…子供がつけてたものだし俺の指には合わないでしょう。」
今まで指にはめようと思ったこともなかった。
「あれ、でも待って…。これ、子供の女の子が着けてた指輪なんだけどちょっと大きさが――。」
「失礼する。」
俺が指輪の異変に気が付くのと同時に、綾瀬さんが戻ってきた。
彼女が歩くたびにカチャカチャと食器同士が触れる音が聞こえる。
物音って、こんなにも安心するっけ。
ありえない指輪の変化にちょっと気味が悪く感じた今、淹れてもらった紅茶を飲むと少しだけホッとした。
「ありがとうございます。」
「ありがとうミーちゃん。やっぱミーちゃんが淹れる紅茶は絶品だねー。」
「勉強させられたからな、あなたに。」
震える手に気付かないふりをして淹れてもらった一杯を飲み干すと、綾瀬さんはポットのお代わりを注いでくれた。
「さてさて、この君の指にピッタリそうになった指輪なんだけど…ちょっと着けてもらえないかな?」
それ、気付かないふりしてたのに…。
でも指輪の大きさが変わってるなんてそんなのありえない。
どうか気のせいであってほしいと思いながら、俺は指輪をはめてみた。
彼女がはめていたのと同じ右手の人差し指と薬指…それぞれが、ぴったりと俺の指に収まった。