決意
引きこもり前。学校。
自分ひとりの問題だけなら、我慢出来た。でも、今日は幼馴染のナオミが助けてくれた。とうとう誰が僕をいじめているのか、ナオミに知られてしまった。
今まで何度も、僕の怪我を見てナオミは心配し「誰にやられたの?」「どこでやられたの?」と眉間にシワを寄せ心配そうに聞いてきたが、巻き込みたくない僕は教えなかった。
誰かに聞いたのだろうか、フルボッコ中にボブカットの髪を振り乱しながら走って来て止めてくれたのだ。
一瞬ギクッとした表情をした金谷だが、駆けつけたのが女生徒だと見ると、すぐに値踏みするような視線でナオミを観察する。
「ちょっとじゃれてあそんでただけだよ」
金谷はニヤニヤしながらそう言った後、帰って行った。でも楽しみを邪魔され内心「うぜぇ」とでも思っただろう。
鼻血を流す僕を案じるように、悲しい顔でナオミが僕を見ている。
意を決したように真っ直ぐに僕の顔を見てナオミが言った。
「何度も何度も、ここまでやるなんてひどすぎるよ、もう先生に言おう?」
意思の強そうな瞳。ここでナオミの提案を断っても――。提案を受けても――。
『本当は先生には言ったんだよ』『相談もしたんだ』恥ずかしくてナオミには絶対言えない事を心の中で言う。先生には全て話した。でもいじめはなくならなかったし、寧ろ前よりも酷くなった気さえする。先生も注意くらいはしたのかもしれない、でも何も変わらなかった。
このままナオミがいじめを止め続ければ、彼女にもなにかあるかもしれない。ナオミを疎ましく思った金谷が、ナオミにも何かするかも知れない。
僕の事情にナオミを巻き込みたくない。ナオミは誰とでも気さくに出来るし、男女ともに分け隔てなく接している。僕には絶対に真似出来ない。彼女は僕とは正反対なのだ。
この世界はまるで海だ。そしてこの世には三種類の人間がいる。
見通しの良い綺麗な海を危なげなくゴールまで泳ぐ人。
激しい波の中を他人と力を合わせ、協力ゴールを目指して泳いでいく人。
才能も協調性もなく、誰からも必要とされないゴールまで泳ぎきるのも難しい僕みたいな人。
社会に出る前の前哨戦である学校。
僕には社会の縮図である学校すら上手く泳いでいくことは出来ない。この先も多分かわらないだろう。僕はどうせ溺れる。でも溺れた僕すら彼女は救おうとする。自分のリスクも顧みずに。しかし溺れた者を助ける救命ボート(いの手)はいつだって常にいっぱいだ、きっと僕はそこからも零れてしまう。そして漂った先でやっと見つけた浮き輪さえも奪われるのだ。
このままでは二人とも一緒に溺れる。それだけは絶対にイヤだ。何も出来ない情けない僕に出来るのは巻き込まない事。それだけだ。
「大丈夫、あいつら加減してくれてるし」
痛みを堪えながら、出来る限り平静を装って絞り出す。
そんな僕をみて、ナオミは少し寂しげな表情で考えてから、
「……次にこんなことあったら、私から言うからね」
ハッキリとナオミは断言した。うるんだ瞳に絶対の決意を感じる。本当に言うだろうな。昔からナオミは意志が強く、こうと決めたら考えを変える事はまず無かった。
「助けを求めることは、カッコ悪くなんかないんだから」
『カッコ悪いよ』ナオミに助けられている現状に、助けられてしまった事実に。涙をこらえて心で付け加える。
ナオミをこれ以上巻き込みたくない、次の日から僕のひきこもり生活は始まった。
短い学校生活で得られたのは、敗北感と屈辱感、それと痛みに対する耐性だった。
本当にかっこ悪い。