いじめ
今度は、引きこもる前に話が戻ります。
引きこもり前、放課後。
いじめが始まったのは、高校に入学して少し経った頃。ある程度みんな所属するグループが決まりだしたくらいの時期からだ。当然僕はそういうグループには無縁で、それでも構わないと大体いつも一人で過ごしていた。
(目つきが気に入らなかったのか? 面と向かって言われたことないけど……)どうやらジャブのような嫌がらせの連続に、リアクションを返さずにいたのが不味かったらしい。空気の様な存在でいようと無視していたのが、鼻についたようだ。
僕をいじめていた主犯格はヤクザの息子だと噂で聞いた。
『組長の息子らしい』『手下を使っての暴力沙汰』『警察や教師も扱いに困る不良』『触れてはいけない腫れもの』『婦女暴行の常習犯』『組員を使っての隠蔽』
高校入学以前から有名な不良らしかった。
いじめグループのリーダー金谷豊の見た目は、太っていて背も低い。いじめられていたから、そういう訳じゃないが、はっきりいって不細工だ。全く似合っていないロンゲを金髪に染めて、制服の下にはセンスを疑うシャツを着ていた。モデルガンを自慢げに振り回しているのも何度か見たし、一見ただのオタクにしか見えない。外見だけで言ったら僕と同類の『冴えないやつ』という感じだった。
でも不思議と取り巻きがいて、彼女もいて、今も見せびらかすようにいちゃついている。
金谷の取り巻きの二人が僕を殴る。地面に倒れこんでもなお僕を蹴る。一体いつ終わるんだろう――。
金谷は倒れこんだ僕を見下ろし、ニヤニヤしながら音を立ててガムを噛んでいる。
「おいおい、あんま殴りすぎて気絶させんなよ?」
ショートヘアで胸の大きい女生徒を膝に乗せ、後ろから両手を使い握り潰しそうな勢いで胸を揉みながら、金谷が満足そうに言った。
殴られ蹴られしている時、未だに違和感を感じる。『何故この弱そうな男なんかの命令を聞く? 何故いかにも不良で喧嘩上等という感じの男達が従ってる?』と。血を流して痛みを感じながらも疑問に思ってしまう。『父親がヤクザ』その噂が本当なのだろうとは思う。でも――――。
いちゃついていた金谷が唐突に命令を下す。
「おっし、そいつ立たせて両側から抑えつけろ」
両脇を二人に抱えられ、髪を掴まれ、無理やり顔を前に向けさせられる。僕は磔はりつけにされたキリストのようになった。されるがままの無防備状態。嫌な予感が背筋を凍らせる。しかし抵抗する力はもはや残されてはいなかった。
「おらっ」と言って金谷が女生徒のブラウスを引きちぎる。そしてほじくりだすようにしてブラジャーの中から二つの乳房がまろびでた。
「ちょっ! やめてよ! みられちゃったじゃん!」
いやがる彼女を無視してなお、指を喰いこませ胸を揉みしだく。
「いいじゃんかよ、そいつのが勃ったら俺が蹴りくれてやっから」
といって金谷はゲラゲラと笑った。
今の僕にそんな余裕は無い、そしていやな予感が当たった。足はだらりと投げ出されている、ガードのしようも無かった。
もうやめてください……僕はなんとか声を出す。
「ん~? なんかいったぁ?」
やめて下さいお願いしま――。
僕は金谷の振りかぶった蹴りをモロに受けた。
悶絶。とはこの事だと初めて知った。あまりの衝撃に目玉が飛び出しそうなほど見開かれる。顔でダメージを表現するかのように、意識していないのに口も全開になる。天地がひっくり返ったかと思った。呼吸する事が出来ず、うめき声も出せない。痛みを伝える事が出来ない。僕は股間を守るようにその場に崩れ落ち、体を丸めうずくまる。
内臓を引きずり出されて、直接鈍器で殴られたような絶望的なダメージ。この痛みに比べれば、お腹や顔面を何発も殴られるほうがまだマシだった。
金谷が動かなくなった僕に近づき、小突くように背中に蹴りをいれて生存を確認する。そして僕の顔に噛んでいたガムをなすり付けて、壊れたオモチャに飽きたように取り巻きを連れて帰って行った。
僕は立ちあがれず小一時間、地面の上に寝ていた。涙が乾いた時、僕の手の上をアリが歩いているのが見えた。
漸く起き上がり帰ろうとした頃には、あたりはもう暗くとても静かだった。