そして……。 ――まだ見ぬ未知へ――
朝。鳥のさえずりは聞こえなかったけど、気持ちのいい朝日で目覚めた。澄んだ空気が肺を満たしてくれる。今日も天気が良い。変わらない青い空を見ると、世界が変わってしまったのを信じられなくなる。
何かあった時の為に、明るいうちに出発しようという事になった。目的地は学校の黒板に書いてあった場所だ。最初にその事を話した時、『ヒカルが行くなら一緒に行く』と、即断即決して僕の迷いを消してくれた。
僕を信じてくれたナオミを無事に安全な所まで送り届けなければならない。なんとしても絶対に。たとえ――ナオミとの約束を破る事になろうとも、この命にかえても。
軽めの朝食を二人で食べ、忘れ物が無いか再度確認する。
僕は久しぶりに学校の制服に袖を通す。学校へ向かった時のような厚手の服の方が安全だとはおもう。でも、学校であの謎のメッセージを見つけたからかもしれないが、なんとなく制服を着て行った方がいい気がしていた。
念のために多少の食糧と武器に使えそうな物を少し家に残していく。でももうこの家には帰らない、そんな気もする。
エンジニアブーツを履き、玄関を出て、ガレージに止めたバイクの前に立つ。厳選してなるべくコンパクトにまとめたリュックをフェンダーの上の金具に矢筒ごと縛りつけた。フロントフォークの横に、すぐに抜けるように鉈とバールを固定する。少し世紀末っぽい見た目になってしまったが、しょうがない。ビジュアル面に拘っている場合じゃないのだ。
準備が終わり改めてバイクを見る。
CB400Tホーク。伯父さんが整備してくれた父さんのバイク。『次の目的地まで、安全なところまで連れて行ってくれ』、目を瞑りそう願う。そして独特の形状をしたガソリンタンクを撫でた。
「ヒカル、準備出来た?」
玄関に制服姿でリュックを背負い、ヘルメットを持ったナオミが立っていた。
うん、と頷き僕はヘルメットを被る。
セルスイッチを押してエンジンをかける。
キュルキュルキュルという音が鳴る――――――が。
「……かからない」
(マズイ、機嫌が悪くなったのか……な? そういえば暫くエンジンかけてなかったからなぁ……。)
僕は少し焦りを感じつつ、今度はキックでの始動を試みる。
バイクに跨り、勢いよくキックスターターレバーを蹴り込む。
「…………、」
波打つような音がするが、エンジンは沈黙を保っていた。もう一度セルとキックを試したが、エンジンはうんともすんとも言わなかった。
(この事態は全く想定してなかった。このままかからなかったら……どうしよう。)
「壊れちゃった……の……?」
ナオミが躊躇う様に尋ねた。
「もうちょっとで動きそうなんだけど……待ってて」
そう言って伯父さんから教わっていた、最終手段を試す事にした。
僕はクラッチを握りギアを入れ、道路の方向に人力でバイクを加速させる。ある程度の加速をさせた後、アクセルを少し開けながら勢いよくシートに飛び乗る。と同時にクラッチを離すと、低い唸りを上げた後にエンジンに火が入った。
「よし」
頼む、止まらないでくれ、必死に願いながらアクセルを少し吹かす。懐かしいエンジン音が響き渡る。
ギアをニュートラルに入れ、ナオミを呼ぼうと方を振り返ると、ヘルメットを被ったナオミが、「やったね!」と言って駆け寄ってきた。
「どう乗ればいいの?」
「えっと……肩に手を置くか、腰に……手を回す?」
「なんで私に聞くのよ」
と言って笑いながら僕の後ろに座り、僕の腰に手を回してギュッと抱き締めるように掴まる。
僕は大切な人の温かさを間近に感じて、自然と顔が綻ぶ。
「行こう」
そう言って僕はギアを入れ、アクセルを開けて発進した。
本当は僕はまだ二人乗りは出来ない。でもそんな事はどうでも良かった。たとえ後に罰せられようと、構わない。大事な人がすぐ後ろにいる。大好きな人の命を運ぶ。それだけでよかった。
少しだけ形を変えた風景、でも見慣れた街並みが後ろに流れる。肌に当たる風がとても気持ちいい。
希望が待っている。そんな確信がした。
この先どうなるかは僕にもわからない。この選択が正しかったのかどうかも。でもナオミは生きていてくれた。学校で再会することが出来た。それだけは間違ってなかったと思っている。希望を捨てなくてよかったと思っている。
思いがけず想いを伝えてしまった。僕はもうこの人生に悔いはない。
でも僕は足掻く。この先に何が立ちふさがろうと、死に物狂いで立ち向かう。生き続ける限り。この未知の先に何が待ち受けていようと、希望はあると信じる。そして生き延びて見せる。
この先もずっと、僕は『生きて』ナオミを守り続ける。




