引きこもり生活 ―あるバイト―
ひきこもり始めて、一か月ほど。向かいに住む伯父さんと話す機会が増えた。「がんばれがんばれ」が口癖の伯父さんで、正直ちょっと煩わしかった。『今でもがんばってるよ』、いつもそう心の中で返していた。
でも僕の事を本当に心配してくれているようだったので、無碍にも出来なかった。
「家の中ばっかじゃつまんないだろ、なんなら伯父さんの知り合いのとこでちょっとバイトでもしないか?」
伯父さんは不思議と『学校へ行け』、とは一度も言わなかった。いじめが不登校になった原因だと伯父さんは知らない筈なのに、ただ僕のワガママで学校に行かないだけかもしれないのに、不登校の理由を聞いても来なかった。母さんは時々ケガをして帰ってくる僕を見ていたから、たぶん学校で何かあったのは気づいているだろう。心配はしているけど、やはり『学校へ行きなさい』とは言わなかった。
ヒマつぶしのゲームもほしかったし、防災グッズ収集で貯金は底を尽きかけていたので、伯父さんの申し出はありがたかった。バイトは山の中での割とハードな肉体労働で、このあと少し後悔することにはなった。でもいい経験も出来た。
バイトの初日に藪を切り開くための鉈を「気をつけて扱えよ」と渡された時の事。試しにスチール缶くらいの太さの木に、テニスのラケットを振るような感じで、軽く水平に薙いでみた。すると、枝を軽々と斬り裂き、危うく自分の左腕まで斬りつけそうになってしまったのだ。はじめて扱う鉈の切れ味にゾッとした。そのすぐあと斬り裂いた木の断面があまりに綺麗にザックリ切断されているのを見て、さらに肝を冷やした。その日のうちに、『使うことないかもしれないけど』Amazomで鉈を注文したのは言うまでもない。
自分でも驚いたのは汗をかくのが不思議と気持ちよかった事だ。日ごろの運動不足も祟って体力的には辛かった。けど、伯父さんも現場に来てバイトに付き合ってくれたのは、人見知りでコミュ症の僕にとっては精神的に救われた。
「どうだ? 気持ちよくないか?」
休憩中に額の汗を拭きながら伯父さんは言った。
僕は息を切らしながらも、小さくうなずく。気づかなかったけど満足気な顔をしていたのかもしれない。
「体を動かすのは気分がいいよなぁ」
そういって伯父さんはガハハと笑った。