自問自答 ――窮地――
(マズイ、もしかして佐々木は僕を殺す気だろうか? そうだとしてどうする? 体格ならばぎりぎり僕が勝っている。でも、殴り合いの喧嘩もした事の無い僕があいつに勝てるのか? どのくらい強いのだろう? 格闘技の経験がある? 武器はもっているのか? いや、殺しあいになったとして、僕にあいつが殺せるだろうか? 曲がりなりにも『人間』を殺すことが出来るだろうか? 『人間』を殺していいのだろうか? 僕はもう伯父さんを殺している。病気に感染して我を忘れていたとは言え、殺してしまった。その事実は変わらない。言い訳もしない。罰もいつか必ず受ける。そんな僕なら……既に一人殺した僕なら……同じ? もう一人殺してもいいのか? 例えば金谷のように僕を『いじめていた』そんな理由があれば、復讐や、大義名分があれば殺してもいいのか? 『ナオミを守るため』殺してもいい? そうなのか? 佐々木を殺しても罪は変わらないのか? いや、そんな事は絶対ない! 人殺しはイケナイはずだ! 佐々木は『人間』だ! だけど急に刺されたりしたら誰がナオミを守るんだ? いや、たとえそうだとしても――――)
答えは出ない。
でも僕から先に殴りかかって佐々木を殺すことは多分出来ないだろう。佐々木が襲ってきたとして、最初の一撃をなんとかやり過ごし、そのあと反撃で倒すしかないだろう。そんな『動悸』がないと僕は戦えないだろう。佐々木が襲ってきたから戦ったそんな『理由』がないと戦えないだろう。はっきりいって不利だ。佐々木の最初の一撃を、都合よくアニメやドラマのようにかわせる保障はない。それに最初の一撃で僕が死んだらどうする? 僕は弱い。勝てるとしたら佐々木の不意をついた先制攻撃しかない。
(でももし、『死んでくれねぇかな』そう『口で言っているだけ』で僕を殺す気はないとしたら? ゾンビ達に僕が喰い殺されるのを望んでいるだけだとしたら? それでもやるしかないのか? 弱い僕がナオミを守るためにも、先んじてこっちから仕掛けるべきなのか? そうだ佐々木にいっそ聞いてみようか? 『僕を殺す気なのか?』そう正直に聞いてみたらどうだろう? はぐらかされたら? ウソを吐かれたら? じゃぁどうすれば――――)
やはり答えは出ない。
取りあえずナオミを起こして事情を話そう。そう思ってナオミの居る教室のドアを開ける。ナオミはまだ寝息を立てて寝ていた。
足早に近づきナオミをゆすり起こす。
「ナオミ、ナオミ」
大きな音を立てないように小声で呼びかける。
「う、うん? ヒカル?」
「起きて」
「なに……? どうしたの?」
「逃げよう、ここから」
ナオミはまだぼんやりしている、眉間にシワを寄せ「なにをいっているの?」という表情をしている。
「荷物を持ったらすぐにウチに行こう」
「えっ! ち、ちょっと待って、今もう真っ暗だよ? どうして?」
「ナオミはともかく僕は…………佐々木に殺されるかもしれない、とにかく今はここを出よう」
「え? なんで? どういうこと?」
「あいつ――――――」
と、僕が言いかけた時背後から声がした。
「影山君?」
僕は一瞬、体が空中に飛ぶくらい驚いた。ズキッと心臓が痛む。
(どうする? どうしよう? どうすればいい――――――)
「どうしたの景山君?」
いつも通りの気さくな声に、鳥肌が全身を駆け巡る。
全身を襲う寒気を押さえこみ、振り返る。力が入り思わず睨みつけてしまう。右手に凶暴そうなギザギザしたナイフを持って佐々木が立っていた。殺傷力がありそうな大きめのナイフだ。なにより驚いたのは ナイフに赤黒い血が付いていた事だ。僕がそれを凝視していると、
「あ、これ護身用。っていうか拾ったものだけどね。ごめん、驚かせちゃった?」
と爽やかに笑って腰の後ろにナイフをしまった。
「あ、あれ? なんだろうなんか外で光ってるよ」
佐々木が何かに気づいたように、教室の窓の外を指さして言う。
僕は振り返って窓の外を見てみる。
「? どこ――」
と、言った瞬間「ゴスッ」と言う音とともに激しい衝撃が頭を襲った。視界が歪みぐらつく。
僕は全身の力が抜け、その場に倒れこむ。受け身を取る事も出来ず、したたかに顔を床に打ちつけてしまった。頭の後ろに波打つように重い痛みが広がっていく。
(な、何が! 何が起きた?!)
動けない…………。
「っ! っっ! っ!」
声が出ない。出せない。
駄目だ、意識が――――――――――――。




