到着そして……。 ――危険物――
冒頭から。
学校沿いの公園に着いた時には、あたりは既に真っ赤な夕暮れに包まれていた。こうなるともう家には戻れない。なぜなら密集した住宅街の暗がりは危険だからだ。最悪この避難先に絶望しか残ってなくて、家に帰るにしても、朝が来るまで校内でなんとか安全を確保するしかないだろう。
シャクレゾンビ以降、僕は心臓を襲うあの現象の発生を恐れた。あの激しい痛みが怖くなった。だからそのあと出会った数体のゾンビは全て遠くから安全に撃ち倒した。でもそのせいで残った矢は二本になってしまった。
この状態で闇の中を帰る度胸は僕には無かった。意を決して校門に進む。
校門に入って周囲を探ると、校門の陰に隠れて見えなかったが、さらにもう二人。
(いや、片方の遺体は一人といっていいのだろうか? でも人間……だよね? それすらも僕からみたら疑わしい)
やたらと体の大きい遺体があった。まるでボディビルダーのような逆三角形の体をしている。不思議なのはなにも身につけていない裸だった事だ。パンツも何もはいていない。
(どういうつもりなのだろう、そんなに見せたいのだろうか? ボディビルの大会で優勝した後、病気に感染して誰かにパンツを千切られたのか? なぜ? それってどういう事? いや、そもそも優勝したかはわからないし、どうでもいいけど)
そしてなにより奇妙なのが、両足が綺麗に切断されていた事だった。そばに二本の鍛えすぎた大根のような足が落ちている。それにしても切断面が綺麗すぎる、気持ち悪いという感覚が湧かないくらいだ。僕はふと、宇宙人のキャトルミューティレーションを思い出した。
(それにしても大きい、日本じゃあまり見かけないけど、190センチくらいはありそうな大男だ)
そしてこの遺体で一番ゾッとしたのはボディビルダーの顔が、なぜかニコニコと笑っている事だった。ふしぎすぎる……。
その時――――――、生温かい風が吹いて来て、僕はつい後ろを確認する。
「誰も……いないか……」
そして公園からは見えなかった、次の遺体に近づく。
ボディビルダー風の遺体の近くに、今度は至って平凡なザ・ゾンビと言った遺体があった。制服を着ているわけでもないので、避難してくる途中で変異したのかもしれない。でもこのゾンビを殺した傷跡は何か弓のような痕にも見える、額に黒い穴が開いていた。体にも3か所、同じ傷跡がある。でもあたりに矢は残っていない。その点は不可思議だった。
そして次は公園から見えた3人の遺体を確認する。
男子生徒二人、女子生徒一人。みんな霞ヶ丘の生徒だった。それぞれゾンビになる前に誰かが『処置』したようだ。男女二人の生徒は見覚えがないが、残り一人は知った顔だった。
女生徒は首を喰い千切られて死んでいた。それ以外は特におかしい所は無かった。
男子生徒はすこし奇妙な死に方をしていた。頭の中心に黒い穴があいている。ゾンビに引っ掻かれたような跡もある。(もしかして誰かに撃ち殺された?)
「そう言えば……なにかパラパラと落ちていたような……」
周囲に首を巡らすと、あたりに薬莢と呼ばれる物がちらほら落ちているのを見つけた。ドラマとかでしか見たこと無いから、現実感が無いけど……、たぶん薬莢だと思う。そもそも最近はドラマですらバンバン撃つような物は減った気がする。どうでもいいけど。
(とにかく『誰か』が『誰か』にここで銃を撃ったんだ。でも撃たれたのがこの生徒……なんでだろう?)
そして見覚えのある三人目の男子生徒、
「この和柄のシャツ……」
着ている物と体型から金谷の遺体だと解った。頭に処置の痕跡が見える、首が完全に折れ曲がっている。恐らく即死だったんじゃないだろうか?
「誰かがゾンビになるのを防いだのだ? もしかして生き残りがいる?」
首を折られて死んだ後も金谷はゾンビにはならなかったようだ。
あれだけいじめてきた奴だし、復讐したい気持ちは無かったと言えばウソになる。でもなぜか悲しい。悲しいのは別に自分で殺したかったからじゃない。見知った人間の死を見るのは辛い、ただそれだけだと思う。それにもう、和解も喧嘩も二度と出来ない。モヤモヤとした妙な気もちになった。
「あれ?」
内ポケットに何かキラッと反射した物が見えた。気になったので金谷の遺体をまさぐる。生命の消えた遺体は酷く冷たく感じた。死人の体を探るのに抵抗はあったが、気になったのでとりだしてみる。
「エアガン?」
グリップは木目調でそれ以外は漆黒、中央に弾丸を供給する為の回転するシリンダー、その後ろには弾丸に命を吹き込むハンマースパーが付いている。映画とかでよくみる回転式タイプの拳銃だった。
「なんだろう……本物なきがする……」
手に持ってみるとズシリと重い、そして銃身の根元、シリンダーの隙間から弾丸がみえる。いろいろな意味で重い……。
「う~ん、映画でよく聞く安全装置ってどこだろう……?」
映画の中でお約束のあれだ。やれやれと言った雰囲気で『おいおい……安全装置が外れてないぜ』と言って相手が銃を確認する隙をつく、みたいな映画あるあるだ。なのでどこかにあるはずだ。どこかヘンなところに……。
いきなり弾が飛び出たら困るし……。気が気じゃないけど、しばらくいじくりまわしてみる。
「わからない……コレ……ついてないんじゃ……怖すぎるぅ…………」
人を殺す凶器を触る恐怖に、不思議と泣きたくなる。拳銃を落としそうなくらい手に汗が滲む。もう置いていこうと思った時、ハンマー近くのポッチをいじったら、シリンダーがスライドした。
「おぉ?」
シリンダーの中には6発の銃弾が込められていた。今はまだ……いや、これから先も使う気は無い……はず。念のために弾を抜いてポケットに入れる。リボルバー本体はリュックにしまった。緊張の連続が終わり安堵して呟く。
「それにしても息子に本物の拳銃渡すなんて、ヤクザ怖い……」
ふぅ………………。
「あれ?」
何かモヤモヤとした違和感が心の底から湧いてきた。
(もしかして……金谷がさっきの男子生徒を撃ったのだろうか……? いや、それはおかしい、このリボルバーには6発詰まっている。全弾入っている。最後の弾で男子生徒を撃ち殺したあと、弾を詰めた所を誰かに首を折られた? 誰に? 銃を撃つ前に殺された? そして金谷が死ぬ間際に内ポケットにわざわざリボルバーをしまったのか? そんな状況あるのだろうか?)
「う~ん…………わからない」
緊張感で頭が痛くなってくる。今は考えても仕方ないか、取りあえず安全な所を探さないと。
危険な物だけど、この銃は何かに使えるかも知れない。でも……可能な限り使わないように生きていきたい……。
「もらっていくよ」
金谷の冥福を祈り、そういってその場を立ち去ろうとした時――――――。
「ヒカル……?」
背後から声が聞こえた。




