準備
プロローグから話は少し遡ります。
ゾンビ発生前のひきこもり中。
「ヒカル~またAmazomから何か来てるわよ~」
階下から母さんの声がしたので、『ごめんトーヤ、ちょっと離席』とオンラインゲームの相手にメッセージを打つと、『OK、じゃあ飯食ってくるから一時間後な』と返ってきたのでコントローラーを置いて玄関に向かう。
「何時もなに頼んでるの?」
届いた段ボールが置かれた横で母さんが心配そうな表情で聞いてきた。
パソコンのパーツとか……と適当にごまかしながら、届いた箱を持ちそそくさと部屋に戻る。今回注文したのは、刃物が付いた物なので正直に答えられない。
僕がサバイバルに必要なアイテムを、手に入れておこうと思ったのは、後に起こる『事態』に対抗するためじゃなかった。頻繁に地震のニュースを見たし、『富士山噴火』なんてタイトルがついたテレビのオカルト特番や『都市伝説』を扱った番組を見て、そういう災害などの緊急事態を恐れたからだ。テレビで専門家が語る話には現実感の湧かない内容もあるけど、妙に納得できる話をしている人もいて、その手の番組はかかさず予約して見ていた。
「有事に備えなければ」
番組を見て興奮している時はそう思う。
『津波は東京までくるのか!?』『ここまで火山灰が?!』
そんな状況を想像して焦る。
でも正直なところ今の僕の人生で、そんな命を脅かすような危機的状況に世界が追い込まれたら、そんな過酷な環境を頑張って生き続けたいとは思わない。(産んでくれた両親には申し訳ないけど……)
自慢出来るような才能も、生きる目標も信念も僕には何も無いからだ。
『いっそこんな世界壊れればいい』予言や陰謀説などのオカルトを真に受けるのは、停滞した毎日を送る僕の願望なのかもしれない。(そんな事になったら真っ先に死ぬのに)そんな妄想なども含めて全ては暇つぶし。
そんな起こるかもわからない災害に備えての対策も、きっと暇つぶしの一環なのだ。引きこもって憂鬱な気分を紛らわすための。
そりゃ出来れば、大変な事態になった時、少しでも身近な人の役に立ちたい。良いところを見せたい。『すごいね!』って言われたい。誰かに必要とされたい。でもどうせ無理だ。見せ場も無く死ぬだけだ。僕は弱いから。
中学時代に身に付け、磨き上げた僕のコミュ症で、学校でさえ弾かれた弱者が、そんな危機的状況におかれたら、役に立つ技術を持つわけでもない僕は、避難した先でも弾かれ、疎まれ、酷い時は殴られ、悪ければ嬲り殺されるだろう。
弱いうえにコミュ症。それが僕だ。
『この先にまつ人生を万が一生き抜いたとしても、どうせ絶望的な結末しか待っていない』
そんなどうしようもない僕が、未曾有の災害に一人でもなんとか立ち向かうため、必要最低限、持てる範囲で考え付く限りの防災グッズを入手しておいた。ラジオ、シャベル、携帯トイレ、携帯食糧、なるべく使いたくはないけど多少よごれた水でも使える2リットルペットボトル位の浄水器。ニュースでお馴染みのバールのような物、後に恐るべき切れ味を知る事になる刃の裏側に鋸が付いている鉈も手に入れた。他にもライター、ライト、乾電池――等々。
しかし、たぶんこれだけでは、『足りない』だろう。(体力の無い僕が準備したアイテムの全てを持っていく事も出来ないだろうし……)
結局いつも“そう”なった時に気づくのだ。『あれがあったら』と嘆くのだ。でも、そうなったらもう死んでもいいとも思っている。




