3 幸子と幸代
「でさぁ、どうしてみんな揃って行かなきゃならないの? オレ達、探偵じゃないんだよ。しかも、こんな朝早くに……」
東海道新幹線、こだま号。名古屋行き。
その窓側席で、「みんなのペット」編集長の堂部が、口をきゅいっと尖らせた。
堂部の隣で、三人掛けの真ん中の席に座る猫田は、涼しい顔だ。
「だって、放っておけないじゃないですか。今日、取材に行く予定だった出前ラーメン好きの猫ちゃんが、飼い主のお嬢さんといっしょに消えてしまったんですよ!」
「そりゃ、そうだけどね。何も全員で行くこたァないよ。取材は、そこの男に任しときゃいいんだ」
通路側の席で鼻提灯を作りながら眠りこける犬山を、締まりなくニヤついた堂部が、指差した。
ふんがっ!
堂部の台詞に呼応するかのように、犬山は、新幹線の車両全体に木魂するほどの巨大な鼾を掻く。
「ほらな。犬山君も、そう云っている」
「……。とにかく、投稿者のお母さんが、警察にも云えないって電話で泣きついてきたんですよ。ここで何とかしなきゃ、ウチの出版社としての看板と獣医の資格が泣くってもんです」
「そうかな……獣医は関係ないと思うけど」
そうなのだ。実はこの堂部、獣医の資格を持っている。
「もうだいぶ前のことだから」と、獣医に関する知識についてはあまり語らない彼。大学卒業後、一度は獣医の仕事に就いたとか就かなかったとか、ちょっとした噂はあるのだが、その辺りについては、同じ編集部で働く犬山と猫田も、詳しくは知らない。
つまり、彼の若い頃のことは、出版社内でも、結構な謎とされている状態なのだった。
堂部は、小さく溜息を吐くと肩をすくめ、たった一瞬の残像だけを残して過ぎ去る窓の景色を眺めることに、専念することにした。
☆
「静岡――間もなく次の停車駅、静岡です」
流れる、車内アナウンス。
抑揚を押し殺したかのような機械のような音声が、窓ガラスを使った紙芝居の世界から堂部を現実の世界へと引き戻した。
猫田もすぐ横でがぁがぁと眠る犬山を起こそうと、その細い指で彼の頬を小突き出した。
しかし、その程度の衝撃では、犬山は頑としてその眠りを破らない。
「……仕方ないわね。えいッ」
猫山は愛らしい掛け声とともに、その華奢な肘を犬山の脳天目掛け、真っ直ぐに振り下ろした。
「……起きるどころか、二度とこの世に戻って来れないかと思ったッス」
ホームから降りるエスカレータに体を預けながら、犬山が頻りと首を振る。
「だって、全然起きてくれなかったんですものッ」
犬山の後ろに立つ猫田が、ぺろりと舌を出す。後から、へらへらと笑いながら、堂部が続いた。
「あ、そうだ! 折角だから、ワサビ漬けでも買ってく? いや、鰻弁当の方がいいかもな」
「そんなヒマ、ありません♡」
「ええーッ、そんなぁ。博美ちゃん、酷いッス。鬼っス!」
堂部の細やかな閃きを、その薔薇の香りがするかのような笑顔で一蹴した猫田は、駅構内のお土産売り場には脇目も振らず、二人の男を引き連れて駅北口のタクシー乗り場へと向かった。
駅の北口からタクシーに乗り込んだ三人。すかさず猫田が、運転手に目的地を告げる。
約三十分後。
タクシーの後部ドアが開き、三人が降り立ったのは、プランターの花に囲まれた、閑静な住宅地だった。
「ここだわ」 田中、と書かれた表札を見て、猫田が云う。
「ごめんくださーい」 犬山が、チャイムを押す。
「誰もいなければいいのに……」 これから起こる騒動を予感したのか、堂部は小声で、祈るように云った。
「はい……」
堂部の願い空しく、パタパタとスリッパの音を鳴らしながら玄関に姿を現したのは、小柄な中年女性だった。
「みんなのペット編集部ですが――」
猫田がそう告げると女性は急に真剣な顔で泣き出し、化粧を涙でぐじゃぐじゃにしながら、こう叫んだ。
「どうかお願いします。警察には云えないんです。娘の幸子と猫の幸代を助けてあげて下さい!」
地球の重力を若干多めに味方につけた感のある体が、三人を目掛けて突っこんで来た。思わずひらりとよけた、堂部と犬山。
ただ一人、猫田だけがその細身の体で、がっしりと女性を受け止めた。
「あのね、田中さん。私どもは、ただの出版社の人間です。探偵じゃありませんから、捜し出すことなんてムリ――」
一瞬、呆気にとられてしまった堂部が、口を開く。
その台詞の途中まで聞いた猫田が、泣きじゃくる田中さんを抱え込みながら、瞳をうるうると潤ませた。
(うっ……)
どうやら――堂部は、この目に弱いらしい。
「――なんてことはないです。私どもが捜します。捜し出しますとも! 何たって、ウチのモットーは『お悩み解決! ペットのご相談、何でもどうぞ』ですからねッ! うわははは」
猫田が、にっかりと笑う。
「じゃあ、田中さん。詳しくお話しください」
諦め顔で、堂部は云った。