2 出前ラーメンな猫
昼下がり。
昨日の締め切りをどうにか乗り切った「みんなのペット」編集部は、朝からまったりとした雰囲気が流れていた。
投稿葉書をのらりくらりと眺めていた犬山が、クチャクチャとガムを噛みながら、云う。
「編集長、これは傑作っス。『ウチの猫のサチヨは、出前のラーメンばかり欲しがって困ります。しかも、猫舌の本家本元なのに、熱々のラーメンをムシャムシャ食べるんです。これって変じゃないでしょうか?』だって! 充分、変だよね。
これ、明日取材に行ってもいいっスか?」
「うーん、いいんじゃない? 今月は大したネタも無さそうだしな。ところで……オレは味噌味が好きだけど、その猫は何味が好きなんだろう」
「やっぱ、醤油じゃないっスか?」
「いや。案外、塩かも知れんぞ」
まったりどんよりな雰囲気の編集部で、急に盛り上がった会話。
と、いつの間にやら会話は脱線し、今夜二人が繰り出す積もりらしい、飲み屋の話題になる。
そのとき、ドン、と机を叩く音が事務所に木魂した。
妖しい冷たさを伴って青白く光る、猫田の眼鏡レンズ。
「し・ご・と。しましょうか」
堂部と犬山が、同時に席から跳び上がる。
俄かにあくせく仕事をするフリをし始めた犬山を横目に、堂部は小刻みに体を震わせながら、
「オレ、ちょっと外に出てくるわ」
と云い残し、そそくさと部屋を出て行ってしまった。
「編集長、ずるいッスよね」
元々たぷたぷのほっぺたを一段と膨らました犬山が、小声で云う。
それを聞いた猫田が仕事の手を休め、片肘をつきながら、大きな溜息をつく。
「編集長、悪い人ではないですけど、どうしてあんなにテキトウなのかしら? 動物が好きっていう、何ていうか、溢れるほどの感情というか、熱意みたいなものが感じられないですよね……」
「まあ、まあ。あれでも結構、動物好きな人だよ。でなきゃ、この仕事やってないだろうしさ。無類の動物好きが高じてこの会社に入った博美ちゃんからすると、ちょっと不満だろうけどね。まあ、我慢してやってよ」
「ちょっとどころではないです。かなり不満ですッ!」
犬山は、目の前の壁を見上げ、机の上に乱雑に積み散らばった葉書を、仕方なさげに集め出した。
「こんな時代になっても――葉書は届くんだなぁ」
メールやSNS全盛の時代。
そんな時代に葉書など使われないような気もするのだが、意外と葉書は届く。送り主は、年齢層高め――な気もするが。それは、年齢が上がれば上がるほど、相棒としてのペットへの愛情が強くなるからなのか、どうなのか。
もちろんそんな葉書は、大切な読者の皆様から寄せられた、編集部にとっては宝物ともいえるような品のはず。
だが、今の犬山にとってそんなことは、全くお構いなしだった。
トランプマジックよろしく、一度重ね合わせた葉書を扇のように広げ、視線を忙しなく上下に動かして目を通していく。
と、犬山は広げた扇の中から、一枚の葉書を摘み出し、目の前の机の上にぽいと投げた。所謂、ボツ葉書だ。犬山には、ピンとこなかった内容らしい。
犬山は、束になった葉書を相手に、同じ行動を何回か繰り返した。
「ちょっと、犬山さん! 大切な葉書なんですから、もっと丁寧に扱ってくださいよ。ところで……一応お訊きしたいのですが、犬山さんは当然、動物が大好きなんですよね?」
「当然」という部分と「大」という部分を強調して、そんな質問を突如繰り出した、猫田。メール担当の彼女は、パソコンの画面からついと視線を外し、犬山に鋭い眼を向ける。
「いや、どうかな。まあ、普通よりちょっと上って感じかな」
「……。これだから、ウチの編集部はパッとしないんだわ、これだから――」
さらりと云いのけた犬山に、猫田が眉根を吊り上げる。
そしてその直後、「みんなのペット」編集部恒例の彼女の独り言が、ぶつぶつと始まったのだ。
(うわ、やばっ)
雰囲気を察知した犬山が葉書との更なる格闘を始めたとき、事務所の電話が、犬山の窮地を救うかのように、鳴り始めた。
「はい、みんなのペット編集部!」
独り言の始まった猫田を無視するように、明るく元気よく、犬山は電話の受話器をとった。